我が国が誇る大手メーカー同士の”頂上決戦”に「異例」の見出しが躍ったのは、2か月前のことだった。
k-houmu-sensi2005.hatenablog.com
この手の紛争は、長期化すればするほど関係する企業の体力を奪っていく。だからこそさっさと決着をつけてくれ・・・というのが、外野(の日本人)としての思いだったのだが、この年末になって事態はさらに拡大する様相を見せている。
「日本製鉄がハイブリッド車など電動車のモーター材料となる鉄鋼製品で自社の特許権を侵害されたとして、三井物産を東京地裁に提訴したことが23日わかった。日鉄は10月にトヨタ自動車と中国鉄鋼大手、宝山鋼鉄を同じ鉄鋼製品の特許侵害で訴えている。両社の取引に三井物産がかかわっているとみている。」(日本経済新聞2021年12月24日付朝刊・第1面)
特許法を少しでもかじったことのある人なら、日経紙の解説を待つまでもなく、特許権者がする権利を専有する特許発明の「実施」の中に、「譲渡」や「輸出入」が含まれることは当然理解している。
特許法第2条
3 この法律で発明について「実施」とは、次に掲げる行為をいう。
一 物(プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあつては、その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為
二 方法の発明にあつては、その方法の使用をする行為
三 物を生産する方法の発明にあつては、前号に掲げるもののほか、その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
だから、「使われている部品のことなど知らない」という弁解が失笑されるのと同様に、ここで「うちはお客さんの売買を仲介しているだけですから」といった弁解をしたところで、鼻で笑われるのがオチで、実際、商社との取引にかかる契約書でも知的財産権に関する条項はほぼデフォルトで入っている。
だが、これまで、明らかな模倣品輸入事例のような場合を除き、侵害の成否に争いがあるような事件で商社が特許権侵害の「被告」として当事者に引きずり込まれるケースは決して多くなかったように思う。
もちろん、何か事が起これば(特に国内外の商社が輸入している外国企業の製品に知財権侵害の疑いがあるような場合は)、それを取り扱っている商社を窓口にして権利者がクレームを入れる、というのはよくある話なのだが、最終的には(訴訟まで行くにしてもいかないにしても)「当事者間の話」に収れんされ、商社はお役御免、となるのが予定調和的なことの進め方だったはずだ。
商社の契約上のディフェンス力の強さ、巧みさがその背景にあることは否定しない。ただ、それ以上に、「紛争の実質的当事者でない者まで巻き込んでも仕方ない」という実務サイドの現実的な感覚が、紛争を必要以上に拡大させない方向に働いていたところはある。
それを踏み越えた今回の紛争。
もしかすると、本件では、世界最大級の自動車メーカーの「契約力」の強さ*1が、日本有数の大商社ですら逃げられない状況を作っていたのかもしれない。
ただ、この戦線拡大で浮き彫りになったのは、商社が「提訴」される事態まで抵抗しなければいけないくらい、権利者がターゲットにしている中国企業の取引上の重みが増している、という事実であり、そして、グローバルに取引のネットワークを広げれば広げるほど、母国企業との壮絶な打ち合いに巻き込まれるリスクが増す、という、言われてみれば当然、だがそれまでどれだけの人がそれを意識していたのだろうか・・・?という事実である。
これを機に、これまで決して「特許」をそこまで重視していなかったと思われる日本の大手商社が、これを機に知財部門を作って人材大量採用、とかいうことになれば、それはそれで喜ぶ人々もいるのかもしれないが、この紛争が泥沼化すればするほど、また多くのものが失われるのも避けられないわけで、今は一刻も早い紛争の決着を願うばかりである。
*1:これは半分以上皮肉である。