部下へ「さん」付け 次の常識に – 渡邉裕二

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少子高齢化が深刻化する中で、働き方改革と共にシニア層の雇用が大きな課題となっている。

9年前の2013年に高年齢者雇用安定法が改正され、シニア労働者が希望すれば、少なくとも年金受給開始年齢(65歳)までは意欲と能力に応じて働き続けられるようになった。さらに、昨年4月の法改正によって、企業に対して70歳まで就業機会を広げるように「努力義務」を課した。

厚生労働省の資料によると、20年6月時点で70歳以上の高齢者も働ける制度を準備している企業が31.5%に達している。この数字は調査を開始した07年以来で最も高い数字である。これは徐々にではあるが、企業が高齢者の雇用に動き出し始めた証と見るべきだろう。

事実、この流れは昨春の改正高年齢者雇用安定法施行後、目に見える形で出始めている。

例えば、女優の長澤まさみをCMに起用する大手産業機器メーカーの「クボタ」は、今年4月から正社員の定年を60歳から65歳に延長することを明らかにしている。また、シニア雇用で先導的な役割を果たしてきた大手家電量販店の「ノジマ」は、これまで65歳の定年後も80歳まで1年単位で契約を延長する形で雇用してきたが、今後は雇用年齢を完全に撤廃する方向で改善すると発表した。同社では健康に問題がなければ「年齢は問わず働けるように改めていきたい」としている。

同社はメーカーが派遣する社員に頼らずに店舗を直接運営する会社として知られてきた。それだけに「豊富な商品知識や常連客の多いシニア社員は貴重な人的資産」と言うわけだ。

「ビックカメラも今後5年以内を目処に家電メーカーから派遣されている販売員の受け入れをやめることを打ち出しています。現時点では管理職などに就いている30歳前後の自社従業員を段階的に販売員に転換していくとしていますが、この流れはシニア層対策にも繋がっていくのだと思います。来店する顧客への提案力を高めるなど、フロアの垣根を超えた幅広い商品知識に精通した販売員を育成することは量販店にとって重要な取り組みになっています」(流通業関係者)。

また、企業情報システム構築のサービス会社のサイオスグループも20年10月に定年制を廃止している。

定年制を廃止したYKKグループ

そうした中、業界内で注目されているのがアルミ建材メーカーの最大手YKK APを有するファスナー製造のYKKグループだ。同グループは昨年4月に、65歳定年を廃止した。

定年制を廃止したことをYKK APの堀秀充社長にたずねると「オーナー(吉田忠裕・前代表取締役会長兼CEO)が、定年で辞めさせるのはおかしい」と言い出したことがキッカケになったと言うのである。

YKK AP 堀秀充社長/渡邉裕二

「55歳、60歳、65歳と年齢を寿命のように決めつけ過ぎているような気がします。よくよく考えるとおかしな話です、今の時代に…」

とした上で、

「定年してしまうと、大概の人は社会と隔絶されてしまうようなところがあります。その意味でも(これからの会社の果たす役割の一つとして)そのような人たちと社会を繋げていかなければならないと思っています。定年退職後も会社と繋がってさえいれば、自ずと社会とも繋がっていけるわけです。それに、そもそも60歳を過ぎたら地位や役職に固執したり、執着する人なんていませんからね」

と持論を唱える。

現在グループには正社員が4万4000人おり、このうちの800人が5年以内に65歳になる。今後、希望者は引き続き雇用を延長していくのだと言う。

「定年後も週に2回でも3回でもいいから会社に来ていただいて、これまで培ってきた能力を発揮してもらえたら会社にとっても利益が大きい。その能力で若い人たちを支えてもらいたい」

「老後不安」を抱える世代にとっては、希望の持てる取り組みである。このように企業が定年廃止に踏み切り、高齢者を積極的に雇用する動きが出てきた背景には、政府の制度改善が大きな役割を果たしたことも事実だ。が、その一方で問題点も多々ある。

「定年を廃止して喜ぶのは基本的には上の人だけです。その結果として社員の平均年齢が上がることになってしまう。そこは会社としても何とかしていかなければならないので、今後の取り組みとしては管理職の年齢を引き下げることに力を入れていきます。これは急務となっています」

と、堀社長は若手と女性社員の起用を積極的に行っていくことも明言、対策を講じている。それは日常での社内ルールからも垣間見ることが出来る。

「上司には部下を呼び捨てせずに、必ず『さん』付けするようにと言っています。実は、私も入社以来、上司はもちろんですが、オーナーからも呼び捨てにされたことが一度もありませんでした。これは我が社にとって素晴らしい精神だと思っています。いつまでも年功序列などとは言っていられませんからね。

定年制を廃止したらなおさらですが、管理職に若手を登用していくとなると必ず立場が逆転してしまいます。ですから、今の上司たちは部下を呼び捨てせず『さん』付けすることで、今のうちに慣れていくことが重要だと思っているのです」

社内での〝心構え〟とは言え、YKKグループならではの取り組みになっているのかもしれない。

高齢者の賃金をどうしていくか

ところで、総務省統計局のデータによると、日本における65歳以上の高齢者の割合は29.1%(2021年9月)だと言う。率にすると前年比0.3%増だった。これを人口に換算すると約22万人の増の3640万人となる。

「日本の少子高齢化は深刻な状況で、このまま進むと2060年には65歳以上の高齢者の割合が40%にもなってしまいます。そうした中で高齢者の就業者数も増えており、その動きは既に1000万人に迫る勢いだと言われています。社会を支える働き手が減少している一方で、年齢にかかわらず働き続けたい高齢者は増え続けています。例えば、(前述の)ノジマが80歳以上も採用する検討に入った背景にあったのは、実は80歳を超えても働きたいという現場の声だったそうです」(雇用状況に詳しい記者)。

しかし、そこで問題となるのは賃金である。

「雇用期間が延びれば人件費の負担も増す」と指摘する専門家の声も多い。能力のあるシニアをどう処遇していくのか「人手不足が予想される中で、シニアの経験を活かせる人材配置が求められてくる」とも。

ちなみに、YKK APの堀社長はグループの企業理念である「善の巡環」を持ち出し、

「我が社の創業者である吉田忠雄氏の『他人の利益を図らずして自らの繁栄はなし』という精神を受け継いできた。次の世代に渡すときになっても、決して落としてはいけないバトンだと思っています」

一途な企業理念が、働き方の問題でも理想を具現化していくのかもしれない。

渡邉裕二
芸能ジャーナリスト

芸能ジャーナリスト。静岡県御殿場市出身。松山千春の自伝的小説「足寄より」をCDドラマ化し(ユニバーサルミュージック)、その後、映画、舞台化。主な著書に「酒井法子 孤独なうさぎ」(双葉社)など。

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