中世の魔女狩りを目撃したい人はウィーンの欧州最高峰の病院AKHの入り口前にくればいい。新型コロナウイルスの感染治療に携わる医師、看護師が通れば、入り口前に待機していた一群の人々が罵声を浴びせている。コロナ感染が拡散しているオーバーエステライヒ州では医師や病院関係者に自衛手段のため唐辛子スプレーを渡したというニュースが報じられたばかりだ。
病院前で病院の落ち度で家族を亡くした家人たちが怒りを発している、というのならば分かるが、そうではないのだ。コロナ感染し、重症化した市民を昼夜を問わず治療している医師や看護師たちに対して怒りを発しているのだ。
中世の魔女狩りの場合、害悪や不幸が起きれば、普通の人を“悪魔が憑依している魔女”として取り押さえ、火あぶりにした。21世紀の魔女狩りに参加する人々は一見、どの町でも見ることができる普通の市民の顔をしているが、医師たちがコロナに感染した人々を治療しているという理由だけで怒りを発しているのだ。少々つじつまが合わない話だから、魔女狩りと言わざるを得ないのだ。
重症患者を救う医師や看護師だけではない。TVに出演してコロナ感染問題を説明するウイルス学者、ワクチンの必要性を説明する疫病学者も魔女狩りの対象になっている。TVで顔が知られているウイルス学者は「家族にも脅迫が届いている」と懸念し、外出するのも危ないと嘆く。
コロナ規制に抗議するデモ集会は以前は連邦首相府前に結集し、規制を施行する政治家にその怒りを爆発させてきたが、オーバーエステライヒ州で病院前でコロナ規制抗議デモが初めて行われて以来、病院や関係者はコロナ規制に抗議する人々の攻撃対象となった。至る所で医師、医療関係者に脅迫メールが届く。警察側は病院の治安を守るために警備を強化せざるを得なくなった。
ウィーンでは4日、コロナ規制反対の抗議デモが行われ、警察側の発表では4万人がデモに参加した。オーストリア全土からデモに参加するために集まってきた。第2の都市グラーツでは1日、3万人規模のデモが行われたばかりだ。万単位のデモ集会はコロナ規制前まではめったに行われたことがない国だが、今では頻繁に行われている。
問題発言は4日のウィーンでのデモ集会で聞かれた。野党の極右「自由党」のダグマー・べラコヴィチ議員がデモ参加者の前で舞台の上に立ち、「病院に溢れている患者はコロナワクチンを接種していない国民ではない。ワクチン未接種者を悪者のように言うのは止めろ。病院のベッドに横たわっている患者の多くはワクチン接種による副作用で苦しむ患者だ」と訴えた。同議員は医師だ。その議員が、「病院にはワクチン接種の副作用で苦しむ患者で溢れている」とフェイク情報を流すのだ。オーストリア医師会のセカレシュ会長は、「まったくのフェイクだ。それを多くの人々の前で語るとは許されないことだ」として、同議員を告訴するという。ちなみに、同国集中治療医学会のハズィべダー会長は、「病院に入院している患者の85%はワクチン未接種者だ」とデータに基づいて述べている。
自由党のヘルベルト・キックル党首が先月15日コロナに感染し、治療のために寄生虫治療薬を飲んでいると伝わると、その薬を買う人々が増え、薬を飲み過ぎで死亡する人も出てきた。医師側は「その薬はコロナの治療薬ではない」とテレビで注意を呼び掛ける有様だった。
オーストリアでは先月22日から4回目となるロックダウン(都市封鎖)が実施中だ。来年2月1日からはワクチン接種が義務となる。そのために政府が現在、専門家、野党関係者を呼び、法案作りに入っている。
新規感染者数はロックダウン前は日に1万5000人を超えたが、今月5日には4000台に減少した。今月12日でロックダウンが終わることを受け、その後のコロナ規制について政府側は州代表を集めて協議している。問題は、新規感染者数は減少したが、病院入院患者数と集中治療室患者数は減少せず、微増していることだ。そのうえ、オミクロン変異株が感染の兆候を見せているから、コロナ感染の状況は油断できない。ウィーンのルドヴィク市長は、「急速な規制解除は好ましくない」として、段階的な解除を考えている。
同じ時期に、同国では欧州保守派の希望の星と言われたクルツ氏が汚職などの容疑もあって政界から引退を表明、クルツ氏から後任に選ばれたシャレンベルク前首相はそれを受け首相ポストを辞任し、6日にネハンマー内相が新首相に任命されるなど、ここ2カ月間で3人の首相が入れ替わった。政界の混乱がコロナ禍で生きている多くの国民を一層憂鬱にさせていることは間違いないだろう。
以上、音楽の都ウィーンで目撃される21世紀の魔女狩り風景だ。魔女狩りに駆り立たされる人々はヨハン・シュトラウスのワルツで踊るのではなく、フェイクニュースに踊らされている。彼らは政治不信だけではなく、人間不信に陥っている。それだけではない。世界で7日時点で526万人以上の命を奪ったコロナウイルスの存在すら疑っている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。