オンラインで言い渡す「死刑」 インドネシア、コロナが変える司法
毎日新聞のこの記事は興味深い。見出しは、死刑判決言い渡しをオンラインでやっているということで、いかにも司法がオンラインで軽くなっている的な印象を伝えているが、それにとどまるものではない。
「裁判所の古い機材や不安定なネット環境でのオンライン裁判は、被告を不利にするとの指摘」不利になるのは被告人というべきだが、この点がこの記事の重要ポイントだ。
インドネシアでは、裁判所が選んだ公判の様子をYouTubeにアップしているようだが、それを見ても通信環境が悪いため、ハウリングしたり、聞こえなかったりする中で審理が進められているらしい。
そのような環境の中では、被告人の言い分が裁判官に「物理的に」伝わらずに悪い結果が出るということもあるという。
グアン・ユエ弁護士は「最も重大な問題は、被告の声のトーン、態度、言葉を選ぶ様子、身ぶり手ぶりがよく分からないことです。オンラインでは裁判官の心に届いていない気がします」と話す。感情や態度が、画面越しでは正しく裁判官に伝わらないとの懸念だ。
もう一つ、オンラインでは公開の意義も揺らいでいるという。要するに、被告人の姿を直接見ないと、自由な意思で発言できているかわからないという。
たアユ・イザ弁護士(28)は憂慮する。「公開の目的は、被告が自由意思で証言していることを確認するためです。オンラインではそれが確認できるとは限りません」。刑務所や拘置所の中では、被告が何らかの圧力を受ける恐れがある。「モニターには主に被告の顔しか映りませんが、横には警察官がいるので被告には圧迫感があるでしょう。弱者は圧力に沈黙します」
記事の後半ではアメリカの状況も伝えられている。
新型コロナの感染が拡大する前からビデオ会議システムで保釈審判をしてきたイリノイ州クック郡では10年、「オンラインで保釈手続きをした人は、対面式よりも保釈金が51%高い」とする研究が公表された。対面によるやり取りがなく、被告に不利な内容のまま手続きが進められることも一因とみられ、これを受けて郡はオンラインによる保釈審判を廃止した。
また、中西部ミズーリ州では昨年、刑事事件の48分間の審理で裁判官が8回にわたり「ミュート(消音)」機能を使って弁護側の主張を遮っていたことが分かった。この裁判官は米メディアに対し「オンラインでも対面でも、法廷にはエチケットがある。弁護人はこれに反して叫んでいたので、ミュートにした」と釈明した。専門家らはミュートが不適切に利用されれば、公正な進行に支障が出ると指摘している。
裁判官が当事者の主張を遮るのにミュートを使うというのはなかなか日本では考えにくいが、意図的か、システム障害か、わからないところで伝わらない状態に陥ることはあり得る。真面目な日本の裁判官ではそんなことはないとは思うが、主任裁判官でも裁判長でもない陪席が聞いていないということは起こりうるし、居眠りしてしまう裁判官はいるので、もし裁判官も個別にアクセスするようなら、ちょっとおサボりということは否定できない。
さらに、ジョージタウン大非常勤教授のジェイソン・タッシェ氏の「刑事事件の場合、貧しくて弁護士を雇えない人や、インターネット環境が整っていない人も多い。オンライン化は、既に社会的に不利な立場にある人たちをむしろ公正な司法へのアクセスから遠ざける側面もあります」という指摘は、日本の民事司法IT化でもしばしば言及されてきた本人訴訟をどうしてくれるという話と通じるものがある。本人訴訟には財政的な手当を持って法律扶助が必要になるが、それはIT化への対応も含めて考える必要が、将来の司法IT化には現実化するのであろう。
なお、IT化は、全員が使わなければならないものとはならないであろうが、標準化すれば、オンライン申立てや書類等のe提出を使わないと事実上不利になるだろう。そして電子的な情報を証拠とする事がますます増えていくであろう今後、そのような環境を使えないことのデメリットは大きくなる一方だ。→このあたりは電子証拠の理論と実務〔第2版〕─収集・保全・立証─を参照してもらいたい。
それを前提にするならば、インドネシアやアメリカの例も含めて、IT化がもたらす新たなアンバランスに訴訟法理論としても十分備えておく必要があるであろう。