独が感染爆発を防げなかった理由 – 新潮社フォーサイト

BLOGOS

ロックダウンのために人通りが途絶えたミュンヘンの商店街(2021年1月・筆者撮影)

ドイツで新型コロナウイルスの感染爆発が起きている。今年11月上旬以降、新規感染者数が急増し、西欧で最もコロナ禍が深刻な国になった。市民の油断、ワクチン接種率の低さ、ブースター接種の遅延、連邦議会選挙によって生じた権力の空白期間における政府の後手に回った対応が原因だ。

毎日7万人を超える新規感染者

 国の感染症研究機関ロベルト・コッホ研究所(RKI)によると、11月25日には7万6414人という同国で最多の新型コロナワクチン新規感染者が確認された。前週に比べて約2万3000人の増加。最悪の記録が毎日更新されていく。10月1日の新規感染者数は1万934人だった。つまり約2カ月間で約7倍に増えたのだ。

 11月25日の死者数は、357人にのぼった。前週に比べて78%の増加だ。パンデミックが始まってからの累積死者数は10万人を超えた。日本(1万8352人=11月24日時点)の5.4倍である。

 直近1週間の人口10万人あたりの新規感染者数(7日間指数)は11月25日時点で438人と過去最高になった。これはフランス(208人)、イタリア(114人)、スペイン(90人)を大きく上回る数字だ。

 ちなみに私が住むバイエルン州ミュンヘンの7日間指数は、497.6人。東京(0.77人)の646倍だ。デルタ変異株の感染力の強さには、戦慄させられる。

 RKIのローター・ヴィーラ―所長は記者会見で「現在の状態は零時5分すぎだ」と言った。「取り返しのつかない、最悪の事態が起きた」という意味だ。ヴィーラ―所長は、「新規感染者の0.8%は死亡する。つまり5万人が新たに感染すると、その内400人の命が失われる。思い切った措置を取らなければ、我々は悲惨なクリスマスを迎える」と強い言葉で警告した。

「トリアージが必要に」

 ドイツ集中治療・救急医学協会(DIVI)によると、11月25日の時点で同国の集中治療室(ICU)2万2163床の内、89.5%に相当する1万9829床が埋まっており、その内4202床がコロナ重症者の治療に使われている。つまり使用可能なICUのベッドは残り10.5%である。多くの病院では、急患を除いて、コロナ以外の患者の手術を延期せざるを得ない状態に追い込まれている。

 特に旧東ドイツ・ザクセン州の状況は深刻だ。この州では7日間指数が1075人と全国で最悪。重症者の約90%が、ワクチン未接種者だ。ザクセン州ではワクチン接種率が57.8%と全国で最も低い(11月23日時点)。

 ザクセン州のドレスデンではコロナ重症者の急増によりICUの使用率が88.9%、ケムニッツでは95.0%に達している。州全体で空いているICUのベッドの比率は8.8%に落ち込んだ。

 このため同州医師会のエリク・ボーデンディーク会長は、11月22日に「このままの状態が続くと、我が州の病院はトリアージを迫られる可能性があり、そのための準備を始めなくてはならない」というコメントを発表した。トリアージとは戦争や自然災害時に用いられる手法で、医療資源が逼迫した時に、命を救える見込みが高い患者を優先的に治療する。救命の見込みが低い患者は、後回しにされる。去年3月から4月に、イタリアやスペイン、フランスの一部の病院はトリアージを余儀なくされたが、似た状況がドイツにも近づいている。

 このためザクセン州などの病院から約50人の重症者が連邦軍の輸送機やヘリコプターで、北部の病院へ搬送された。ICUのベッドが不足しつつあるバイエルン州の病院からも、イタリアへ重症者が搬送された。去年春にはイタリア北部ベルガモの重症者がドイツへ搬送されたが、今年は逆の状態になっている。医療先進国ドイツにとって異例の事態だ。これらの事実から、この国の医療体制が崩壊の瀬戸際に追い詰められていることがわかる。

ワクチン接種率が西欧で最も低い国の一つ

国民にコロナワクチン接種を呼びかけるドイツ政府のポスター。しかし同国は接種率が西欧で最も低い国の一つだ(筆者撮影)

 ドイツは去年の第1波ではイタリアやフランスなどに比べて死者数を低く抑えることに成功し、「欧州のコロナ対策の優等国」と呼ばれた。その国が、今年はなぜ感染爆発を防げなかったのだろうか。

 その原因はいくつかある。一つは、ワクチン接種の遅れだ。11月24日の時点でドイツの接種率は68.2%。ドイツは接種率が西欧で最も低い国の一つだ。

 イタリア、スペインやフランスは、去年のコロナ第1波で多数の死者を出し、長期のロックダウンが経済に深刻な打撃を与えた。何の備えもなく未知の病原体に襲われたイタリア北部やマドリードでは、病院を中心に急激にウイルスが拡大し、多くの高齢者が次々に命を落とした。イタリア北部のベルガモで遺体の数が火葬場での焼却能力を上回ったため、軍のトラックが長い車列を組んで遺体を他の町に移送する映像は、人々に強い衝撃を与えた。イタリアとスペインで接種率が高い理由は、市民の間でこの恐るべき経験が骨身にしみているからだ。

 ドイツ人たちは去年このような悲劇を経験しなかったので、南欧諸国に比べると切迫感が低かった。今年の夏以降規制が次々に緩められ、ワクチンを2回受けていればクラブ(ディスコ)や映画館ではマスク着用や社会的距離の維持義務も廃止された。レストランやバーは久々に満員になり、一時町にはコロナ前のような活気が戻った。ドイツのウイルス学者たちは今年の夏から、「接種率を80~90%に引き上げなければ、冬に再び新規感染者が急増して危険な状態になる」と警告したが、当時のメルケル政権は対策を強化しなかった。

 これに対し2020年に辛酸をなめたイタリアやフランスは、今年夏から秋にかけて、接種率を引き上げるための厳しい措置を次々に実行した。

 たとえばイタリアのドラギ政権は今年9月に、「全ての就業者に、接種済み、治癒または陰性証明の提示を義務付ける」と発表。10月15日以降、この規則に反する者には出社を禁止し、自宅待機中には給料も支払わないという強硬な措置を取った。ドイツがこの措置を導入したのは11月24日で、イタリアに比べて約1カ月遅れた。パンデミックでは、1カ月の遅れが、大きな違いを生む。

 またフランスのマクロン政権も今年9月15日に全ての介護・医療従事者にワクチン接種を義務付けた。この結果、約3000人が接種を拒否して事実上解雇された。ドイツでは、介護・医療従事者に対する接種義務について議論は行われているものの、本稿を書いている11月26日の時点では義務化されていない。病院関係者らは、医療資源が逼迫している今、接種の義務化により看護師や介護職員の数がさらに減ることを懸念している。さらに政府関係者は、接種を拒否して解雇された従業員が連邦憲法裁判所で違憲訴訟を起こす可能性もあると見ている。

 しかし介護・医療従事者のワクチン接種義務化は、喫緊の課題だ。11月2日には、旧東ドイツ・ブランデンブルク州の介護施設で高齢者11人が新型コロナウイルスに感染して死亡したが、介護職員の約半数がワクチンの接種を受けていなかったことがわかり、政府関係者に強い衝撃を与えた。

ブースター接種も遅れた

 ドイツでは3回目のワクチン(ブースター)の接種開始も遅れている。イスラエルは今年7月に、2回目のワクチンの投与から6カ月を経過した市民に対しブースターの投与を始めた。この結果、11月24日の時点でイスラエルの7日間指数はわずか18人で、ドイツの24分の1に留まっている。

 ドイツ連邦保健省の常設予防接種委員会(STIKO)が、ブースター接種を推奨したのは10月18日。イスラエルより3カ月も遅い。11月22日の時点で人口100人あたりに投与されたブースターの本数はイスラエルが43.6本、英国が22.9本であるのに対し、ドイツでは7.3本と大きく水を開けられている。しかも当初STIKOがブースターを推奨したのは年齢が70歳を超えた市民だけだった。政府は11月になって事態の深刻さに気付き、ブースター投与の対象を、18歳以上の全ての市民に拡大した(2回目の接種から6カ月経過していることが条件)。石橋を叩いて渡るドイツの科学者たちの慎重さが、裏目に出た。STIKOのトーマス・メルテンス委員長は、12月1日にドイツのメディアに対して「イスラエルのデータの分析に時間がかかってしまった。ブースター投与の勧奨が大幅に遅れたのは失敗だった」とミスを認めている。

とりわけ接種率が低い旧東ドイツ

 ドイツには、「ワクチン反対者」または「ワクチン懐疑者」と呼ばれる人々がいる。ネット上に流布される「コロナワクチンは、市民をコントロールしようとする政府の陰謀だ」という妄言を信じている人や、薬草などを使う自然療法を重視するために、あらゆるワクチンの投与を拒む人々、ワクチンの長期的な副作用を懸念する人々、あるいは政府のあらゆるコロナ対策を「市民権を抑圧しようとする試みだ」として拒否する人々だ。私の周辺にも、健康上の理由はないのに、いまだに一度もコロナワクチンを受けていない人が何人かいる。

 RKIが11月22日に発表したアンケート調査によると、回答者のうち約8.6%が「ワクチンを打つつもりはない」または「決めていない」と答えていた。ドイツの人口約8200万人にあてはめると、約700万人である。

 ドイツの接種率を引き下げているのは、旧東ドイツだ。この地域では、旧西ドイツに比べて接種率が大幅に低い。ザクセン州の接種率は全国で最も高いブレーメン市(州と同格)より21.9ポイントも低くなっている。ドレスデン工科大学が今年6月に発表した世論調査によると、ザクセン州では「絶対にワクチンを打たない」と答えた人の比率が12%で、全国平均(5%)を大きく上回っていた。

 なぜ旧東ドイツでは、ワクチン忌避者の比率が高いのだろうか。その背景には、政治的な理由もある。極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持者には連邦政府のコロナ対策に反対する者が多い。彼らは屋内でのマスクの着用やワクチン接種を、「市民の自由を抑制する政府の策略」として拒否する。最近ベルリンの連邦議会議事堂で、AfDの一部の議員たちが議場で義務化されているマスク着用を拒んだために、着席を禁止され、参観者の席に座らされたことがある。

 AfDの支持率は、旧西ドイツよりも旧東ドイツの方が高い。今年9月に行われた連邦議会選挙では、AfDがザクセン州で25.7%、テューリンゲン州で23.7%の得票率を記録し、これらの州で首位に立った。つまり極右政党への支持率と、ワクチン忌避者の比率には相関関係がある。接種率が低いこれらの州では、現在7日間指数が高い傾向にあり、医療資源の逼迫が深刻化している。

タイトルとURLをコピーしました