6日に議員団が訪台したフランスに中国大使が猛抗議したが、その台湾の防空識別圏は5日間で150機の中国軍機に侵入された。同じ日の米系紙ラジオフリーアジアは「中国語のみでチベット仏教研究推進」「ウイグル人の状況は非常に深刻」「自白を得るために毎年数千人の国民を隔離拘禁」「中国の高速鉄道計画で土地を奪われたラオス村民」「中国測量船がインドネシア海域に再突入」と横暴な中国記事で溢れている。
その仏国防省が管轄する軍事学校戦略研究所(IRSEM)は9月20日、「中国の影響力工作 マキャベェリの瞬間」と題する報告書を公表した。報告書は約50人が2年掛けてまとめた650頁に及ぶ大著だ。邦訳で約6500字の「概要」と各報道からその中身を紹介する。読めば前記の暴挙の理由が知れる(青色ボックスは筆者のコメント)。
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序文・・近年、中国は共産党が「面目を失わない国際基準」の形成に執心する。北京の影響力工作は強化されてロシア化し、マキャベェリの君主論の「愛されるよりも恐れられる方が安全」を確信しているという意味で「マキャベェリの瞬間」といえる。本報告は、良性の「パブリック・ディプロマシー」から悪性の「干渉(秘密活動)」まで、影響の全範囲を次の4つの概念でとらえる。
1. 影響力工作を理解する概念は「統一戦線」
内外の敵を排除し、その権威に異議を唱えるグループを管理し、周囲に連合を築くことからなる中国共産党の方針であり、中国に有利な環境を形成することで、戦わずして勝つことを目指す非運動的対立の形態である中国の「政治戦争」の本質を表している。
それは平時でも戦時でも行われる「世論戦」、「心理戦」、「法律戦」で構成される、偽情報、偽造、妨害、信用失墜、外国政府の不安定化、挑発、偽旗作戦、弱体化を目的とした操作などの「積極的な措置」の概念で、社会的結束、有用な馬鹿の採用、フロント組織の構成を含む。
因みに日本の防衛省は、「三戦」即ち「世論戦」、「心理戦」、「法律戦」の要点を幹部学校研究メモで概ね次の様に解説していて、冒頭に記した行動が全て「三戦」と認識できる。
三戦は孫子の「戦わずして勝つ」に源を発し、毛沢東が主唱した瓦解戦の実現に用いられ、軍のみならず国家を挙げて実施される。党中央委員会と中央軍事委員会で03年に採択され、人民解放軍政治工作条例に「輿論戦、心理戦、法律戦を実施し、瓦解工作、反心理・反策反工作、軍事司法および法律服務工作を展開する」と記載された。
三戦の意義は、国内向けには山積する問題から国民の目を逸らすことに、国外向けには中国の能力が実力よりも高いと認識させることにある。三戦には国家元首による戦略的メッセージの発信、新兵器導入の報道、末端部隊による諸活動(例:航空機の異常な接近)などがあり、日本に対しては首相の靖国神社参拝に伴う歴史問題提起や尖閣諸島の領有権主張、防空識別区の設定等に三戦の遂行が窺える。
2.影響力工作の実施組織
党、国家、軍隊、企業が実施する。党中央宣伝部はプロパガンダ部門としてイデオロギーを担当し、メディアなど全てを管理する。党統一戦線工作部は目標を絞って工作を行い、党中央対外連絡部は海外政党との関係を構築する。他に法輪功を根絶すべく法的枠外で活動する世界中の代理人を擁する610弁公室、共産主義青年団、青年への伝達帯、将来の党幹部のための保育園などを含む。
国内では、民間情報機関である国家安全保障部と台湾への宣伝を担当する台湾事務弁公室が影響力ある活動に関与している。人民解放軍内では、戦略的支援部隊とシステム部門が情報分野の能力と任務を担う。この分野の主なアクターは「三戦」の戦略適用に専念する福州市の311基地で、民間企業の隠れ蓑で機能するメディア会社や実は訓練センターである偽ホテルを経営する。
官民の企業運用に影響を与える効果が「誰に、いつ、どの様に」を知るデータ収集は重要だ。インフラや建物や海底ケーブルはこれに有用。プラットフォームのWeChat、Weibo、TikTok、BeidouやHuaweiなどの企業や研究者が、「テクノ・デジタル権威主義」にデータベースなどの新技術を保持する。
610弁公室に関連し、党中央規律検査委員会は10月2日、同室の元責任者で公安次官兼法務長官の傅政華の重大な規律違反容疑を公表した。9月30日に同委員会がWeChatの声明で、同室の元副主任で同じ公安次官の孫力軍を党と公職から追放したばかりだった。
江沢民総書記時代の99年6月10日に党中央機関として設けられて以来、ゲシュタポ役を果たして来た610弁公室は、二人の措置に見る通りここ数年、習近平の権力闘争の舞台化している。18年3月の機構改革で格下げで党中央政法委員会と公安部の指導を受けることになったが、これは偽装で、傳と孫の措置も、既に失脚した周永康との繋がりからだとする見方もある。
3. 海外における影響工作の具体的な手法
ディアスポラ(海外国籍を持つ華人や持たない華僑ら)、メディアと視聴者(プロパガンダや自己検閲の強制)、外交(政治家買収や人質外交)、経済(禁輸や不買運動)、教育(介入や孔子学院)、シンクタンク、文化(独立・平和運動の利用、ハリウッド浸透)、情報操作(五毛などネット工作員による世論操作)など、項目毎にどう浸透し、どう強制するかを詳述している。
4. ケーススタディ
香港と台湾を、党の政治戦争の最前線、工作の前哨基地、訓練場、開発研究所と位置づけている。次いで豪州とニュージーランドに焦点を当て、シンガポール、スウェーデン、カナダの状況と、19年の香港の抗議者を標的にした工作と20年のCovid-19米国起源説の流布工作について述べている。
スウェーデンでは17年に赴任以来、恫喝的な言動を繰り返した中国の戦狼大使桂従友が9月24日に離任した。外務省は彼を40回召喚し国会議員も追放を求めた。中国評は急落、スウェーデン人の8割が中国に否定的になった。エリクソンを有する同国は昨年5Gから華為を排除し、中国の人権侵害も様々批判してきた経緯がある。報告書は北京が同国で戦狼外交を試したとする。
18年に台北で発足したネットメディア「大師鏈」は、大陸での事務所開設や放送権を北京から許された台湾初のメディアだ。同メディアには台湾の元国家安全保障局長楊国強や元台湾軍情局長官の張勘平ら重要人物が勤務する。これをきっかけに総統府は、北京の浸透に対抗する「反浸透法」を19年末から施行した(10月2日のEpoch Times)。
香港の蘋果日報が国安法で抹殺されたが、サウスチャイナモーニングポスト紙は、15年にアリババGに買収された後も論調に変化はなく、筆者も昨年まで香港デモや新型コロナなどを同紙ネット版で追っていた。が、11月にアントGが香港と上海で上場廃止になり、ジャック・マーの音信が一時不通になった辺りから、明らかに中国寄りの論調になったと実感する。何より無料で読めなくなった。
台湾の旺旺集団による中時グループ買収や地下ラジオは拙稿で書いた。かつて民進党寄りだった三立新聞台は08年以降、会長が大陸でのビジネスに意欲を見せてから自己検閲に傾いた。中国国務院台湾事務弁公室は「聯合報」や「中時新聞網」などの台湾メディアが大陸で印刷・発行することを許可しているが、当然、自己検閲が前提だ。
報告書は最後に、17年頃から北京の影響力工作は「ロシア化」し、18年の台湾地方選挙と19年の香港危機、そして20年の新型コロナパンデミックで国際社会がこれに気付いたとする。そして工作には成功も失敗もあるが、習近平登場以来の北京のイメージダウンが最終的に党を弱体化させる可能性があり、「中国自体が影響力工作の最大の敵」と結論付けている。
前拙稿2編と併せて3編目の中国論文の報告になるが、これらを読むまでもなく、マクロンも国際社会も北京の影響力工作には疾うから気付いていると思いたい。