少し早いが2022年を回顧する

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2022年は、中国から世界に広がった新型コロナウイルスとの戦いに打ち克つ希望の年と期待された。ところが、ロシアによるウクライナ侵略という本物の戦争で世界経済は破綻し、惨憺たる年の暮れを迎えている。

世界にとっての最大の懸念が中国で、地球温暖化への対処が最重要の課題といいながら、軍事や資源確保の備えもないのに、無能な政治家たちがロシアを追い詰めて力の均衡を崩した結果だ。だいたい、エネルギーと食料の輸出国であるロシア相手に経済制裁をしたら、経済性を仕掛けた国のほうがダメージが大きいのに、頭が悪かったとしか言いようがない。ロシアでなく先進国の方で政権交代が相次いでいるのも当然の報いである。

日本では、安倍元首相の残した安定した政権基盤を岸田首相がほどほどの模様替えをして順風満帆かと見えたが、元首相の暗殺の混乱のなか、日本復活を世界に感じさせた安倍レガシーを浪費してしまい希望は失せた。

岸田首相にしても安倍派にしても、安倍さんのバックアップがあってこその存在だったのだから仕方ない。

平成年間に世界最悪の数字しか出せなかった日本経済は、虫のいいMMT理論が流行って「国債を無制限に発行しても財政は破綻しないから、減税して財政支出を増やせ」と、無責任な政治家がいう始末。これを実践したリズ・トラス英首相が煉獄の火に焼かれて45日で退陣したから、少し懲りて目が覚めたとすれば幸いだ。

私はマクロ経済政策は、マラソンでいえば、ペース配分とか作戦でしかなく、成長の本当の原動力は走力の向上にあたる産業や人材の育成とか、インフラ整備だとしてきた。だが、石油危機以降の日本は「魔法のマクロ経済学」を探し求めて失敗を繰り返している。

戦後、〝ノートリアスMITI(悪名高い通商産業省)〟が、産業政策で経済成長を実現したが、田中内閣はそれが続くと信じて、国民負担率が低いまま福祉水準を西欧並みにした。大平内閣は、一般消費税とグリーンカードの導入を図ったが、世論の反対で頓挫した。

鈴木内閣は行革すれば財源が得られると呪文を唱えたが、そんなうまい話などあるはずない。中曽根内閣がバブルを起こして好景気を演出したとき、私は資産バブルは維持不可能といったが、超少数派だった。

バブル崩壊後は、不良債権の処理と地道な経済成長策を提案したが、どちらも不人気で無為無策に時間は過ぎた。公共事業は資産として残ると闇雲に推進されたが、教育は資産にならず、過疎地の道路が資産であるはずはない。問われるべきは、財政支出の額より質だ。有益な投資ならいくらしてもいいのが基本だ。

平成年間、経済成長に有益な政策が採られたのは、堺屋太一が経済企画庁長官だった小渕・森内閣の時期でIT戦略も進められたが短期で終わった。小泉内閣の規制緩和は、道路公団と郵政というマイナーな分野が主眼で、医療や農業は「特区」での試行で誤魔化したし、低成長下での規制緩和は、格差を深刻化させた。民主党政権は、目標は悪くなかったが、財源もプロセスも提示しなかった。アベノミクスは、第六章で論じたとおりだ。

コロナ渦では、消費意欲もないのに人気取りのバラマキを繰り返して傷口を広げた。だが、対外資産はあるし、人的資源も本気で頑張ればまだ捨てたものでもない。日本は奈良時代に唐の文明を受け入れ、大航海時代には豊臣秀吉が世界に先駆けて近世国家の枠組みをつくり、黒船来航で目を覚まして明治維新を実現し、戦後体制もGHQによる押しつけながらも最新モデルに買い換えたようなもので、古い車のままよりはよく走った。

世襲の生ぬるい政治家に支配されたいまの日本の政治は、バカ殿たちの事なかれ主義で世界から後れをとって、黒船襲来で大慌てした江戸幕府の再現だ。しかし、とことん追い詰められたら、思い切った決断を実行に移せる政治が現れることこそ、日本人の伝統である。坂本龍馬が「日本を今一度せんたくいたし申候.」といったような気概を持った政治家がいまこそ現れてほしいと願う。

※「日本の政治「解体新書」: 世襲・反日・宗教・利権、与野党のアキレス腱」(小学館新書)の後書き加筆より

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