D&Iとメディアビジネス、 日経xwoman が目指すものとは?

DIGIDAY

D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)は、もはやすべてのビジネスにおいて切り離せない要素となっている。だが、日本のパブリッシャー業界ではまだ、そういった理解が浸透しているとは言い難い。

そのもっともわかりやすい例が、この3月に話題になったテレビ朝日「報道ステーション」のWeb用CMだ。報道番組のプロモーションとして、あえてジェンダー問題に言及した内容だったが、あたかもそれが「解決済みのこと」のように描かれていたため、はげしく炎上した。ちなみに、同時期に発表された、世界経済フォーラム(WEF)の「ジェンダーギャップ指数2021」において、日本は120位。主要7カ国(G7)のなかで最低だった。つまり、ジェンダー問題はいま、特に日本という地域において、現在進行系であるだけでなく、かなり深刻な状況といえるのだ。

「D&Iの真髄のところが共有されないままに用いられ、そのために炎上があとを絶たない」と、 株式会社日経BP「日経xwoman(クロスウーマン)」編集委員
の羽生祥子氏は指摘する。同氏は、働く女性向けの日経xwomanを創刊し、国や自治体との公務活動でも、少子化対策大綱、子育て、次世代教育などの問題に取り組む人物だ。「(かつては人気が高かったパブリッシング業界だが)人材獲得戦争が激しさを増す今、D&Iのための企業目的や理念、そのプロセスを打ち出していくことは必須だ」。

DIGIDAY[日本版]が3月25日にザ・リッツ・カールトン東京で開催した、パブリッシャーエグゼクティブのためのイベント「DIGIDAY PUBLISHING SUMMIT 2021」。本記事では、そのイベントで羽生氏が登壇したセッション「D&Iとパブリッシャービジネス、コロナ後の展望:日経xwomanの目指すものとは?」の内容をサマリーにしてお届けする。

「D&Iのための企業目的や理念は必須」と語る羽生氏

「マイノリティの力」が共通項

2005年に現日経BP社へ入社した羽生氏。以降8年間は、紙の雑誌『日経マネー』の編集を担当していた。2012年に同誌の副編集長に就任したのも束の間、翌年には「サイドビジネスではないデジタルメディアを」という社命のもと、30代から40代の共働き・子育て世代をターゲットにした「日経DUAL(デュアル)」を立ち上げている。

その後、2019年には、20代から30代の多様化世代をターゲットにした「日経doors(ドアーズ)」、40代から50代の新大人世代をターゲットにした「日経ARIA(アリア)」を同時に創刊。さらに2021年4月、「DUAL」「doors」「ARIA」の通称『三姉妹』を横断する、いわばポータルサイト的存在「日経xwoman」も立ち上げた。

「DUAL」の創刊以降、羽生氏のキャリアは、一見「創刊屋」的な印象を与える。だが、決して無軌道に、これらのサイトを立ち上げてきたわけではないという。語弊があるかもしれないが、あえてわかり易く表現すると、それぞれ「共働き夫婦」「婚活女子」「キャリア女性」向けのメディアだ。この三姉妹の共通項として挙げられるのは、それらの「創刊のエネルギーはいつも、マイノリティの力だった」ことだと羽生氏は語る。

「昨今、D&Iという言葉が注目を浴びている。だが、真髄のところが共有されないままに用いられ、そのために炎上があとを絶たない」と、羽生氏。「だが、我々の場合、言葉狩りや警官になるのではなく、マイノリティの力がイノベーションになると考えた。D&Iは、みんなの力になる。さらに大切な姿勢は売り上げに繋がるように工夫し、ビジネスとして継続させるということだ」。

「DUAL」「doors」「ARIA」の通称『三姉妹』(『日経xwoman』創刊時のプレゼン資料から)

ビジネスメイクは、加速度に着目

たしかに、マイノリティはブルーオーシャンになり得る可能性は高い。だが、それだけに、その存在を見つけ出すことも難しいといえるだろう。そんななか、羽生氏が「DUAL」創刊時の2013年に注目したのが、総務省労働力調査の男女就業率データだという。

1986年から蓄積されているそのデータを見ると、2018年までに、15歳から64歳までの男性の就業人数は、9万人しか増えていない。一方、同年代の女性は、41万人も増えているのだ。伸び率だけを見れば、その差は約5倍となる。

「マイノリティがダイバーシティに変わる瞬間を見たいと思ったら、データにおける『加速度』に着目すべきだ」と、羽生氏は指摘する。「2010年頃の女性就業率データを見る限り、就業人数の絶対数はまだまだ男性に追いつける感じではなかった。だが、加速度、いわば伸び率で見れば、近い将来、5倍くらいになることは予見できる勢いがあった。そこに、需要と供給のギャップが生まれ、ビジネスの伸びしろを感じとった」。

女性のライフスタイルの変化

そこから羽生氏は、女性のライフスタイルの変化を予見したという。戦後数十年、女性の働き方における労働力の推移をグラフにすると、M字カーブを描いていた。つまり、女性は就職しても、結婚で一度退社し、産後に再び就職することが一般的だったのだ。同じ教育を受けて、同じ入社試験を受けているのに、なぜ女性だけが、このような不利益を被らなくてはいけないのか?

「日本のこの状況は、世界各国で悪名高かった。『世界経済フォーラム』からは3度も、日本は名指しで指摘されてきた」と、羽生氏は説明する。「それが近年、女性の労働力推移の曲線は富士山型へと変化している。結婚・出産しても女性は働き続けるようになったのだ」。そこで創刊したのが「DUAL」だ。

「DUAL」が共働き夫婦の女性にセグメントを切ったことで、大きな武器をひとつ手に入れることができた。それは、世帯年収だ。専業主婦世帯であれば、働き手である夫の年収、仮に800万円がそのまま世帯年収になる。だが、共働き世帯であればその800万に妻の年収、仮に500万を足せば、全部で1300万円が世帯年収になるのだ。集められた読者の世帯年収が、そこまで高額になれば、広告主も食指が動く。そうした、ロジックを踏まえ、2019年。羽生氏は「doors」「ARIA」を立ち上げた。

しかし、デジタルメディアは数年も運営すると、流入に偏りが出始める。オーディエンスが固定化され、新しいエネルギーが得られにくくなるのだ。そこでxwomanチームは、三姉妹メディアでアンバサダーのキャンペーンを開始した。それぞれのメディアを体現する女性たち、一媒体につき100人、合計300人を厳選し、自ら発信してもらうブログ・フォーラム「Terrace(テラス)」を始動させた。

三姉妹メディアの横串となる「Terrace」(『日経xwoman』創刊時のプレゼン資料から)

顧客IDが長期的なエネルギー

そのように、マイノリティがダイバーシティへ変換する瞬間の力を集結させた三姉妹メディアは、次に規模のさらなる拡大を目指す。今年4月、ポータルサイト的存在の「日経xwoman」に一本化されたのだ。「『ARIA』世代、『doors』世代とキャラクターが定着していたため、それぞれのブランドを残しつつ、メディアとしてはxwomanに統合した」と、羽生氏はいう。「もはや『働く女子』などと大雑把な言葉ではくくれないほど、多様化が進んでいる」。

そこで必要となるのが、世代ごとの多様なユーザーのニーズに合うビジネスメイクだ。このとき、アンバサダーキャンペーンなどを経て獲得された顧客IDが、長期的なエネルギーとなる効力を発揮する。

たとえば、40代から50代の『ARIA』ユーザーは、30%以上が管理職で、40%以上が世帯年収1000万円を超える(2019年創刊調査時点)。自分のためのお金や時間、決定力(地位)を兼ね備えた女性たちが集結しているという。また、20代から30代の『doors』ユーザーは、キャリアとライフのせめぎ合いのなかを生きている。安物買いを避け、投資も意識的に行うというデータも取れているという。これら数々の情報をもとに、次のビジネスメイクへ進むことができるという。

B2C × B2B という手法に期待

今現在、SDGsという言葉は流行っていても、ジェンダー平等をビジネスに体現する日本企業は少ない。また、今年3月の「世界経済フォーラム」で発表された日本のジェンダーギャップ指数は、156カ国中120位と依然として低い。そんななか、平等の理念をいかに実践に移すことができるのか。

羽生氏は、B2CのコミュニケーションにB2Bのクリエイティビティを掛け合わせたビジネスメイクを掲げる。「昨年、日経BPと日本経済新聞社共同で立ち上げた『日経ウーマンエンパワメント』プロジェクトもB2Bの観点から始めた」と羽生氏はいう。

たとえば、プロジェクト活動のひとつである、職業のステレオタイプをなくす「アンステレオタイプアクション」。このキャンペーンの広告に、世界的コミック『ピーナッツ(Peanuts)』に登場するキャラクター、ルーシーを起用した。生意気ながらも憎めないこの女の子は、大統領になるという夢を持っていて、そこにジェンダーのテーマが表現されている。そして、このキャンペーンでは、ハッシュタグによるSNSでの拡散が呼びかけられた。クリエイティブな広告制作というB2B的手法と、SNSにおけるハッシュタグでの拡散というB2C的な手法の合わせ技だ。そこに「大きな反響を得た」と羽生氏はいう。

「単に平等を押し付けるのではなく、クリエイティビティとSNSを掛け合わせた手法を駆使することで、ビジネスメイクを行っていくことが必要だ」と、羽生氏は語る。「企業の発信したいという欲望と、コンシューマの欲望が出会う場をつくりたい」。

Written by 小玉明依、長田真
Photo by 渡部幸和(人物)、Shutterstock(TOP画像)

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