ほやの魚醤、パスタとよく合いました。
大好きな人、苦手な人、食べたことがない人に分かれる三陸が誇る珍味、ほや。私は幸運にも新鮮なほやとの出逢いのおかげで大好き派に属しているのだが、それでもちょっと不安になるニュースが飛び込んできた。
なんと、ほやの魚醤が誕生したのだ。その名も「ほやンプラー」である。ある意味ギャンブラー。製造したのは東北新幹線の車内販売でお馴染み「ほや酔明(すいめい)」の水月堂物産だ。
鮮度と臭みが反比例するほやで魚醤を作るという大冒険。これは詳しく話を聞いてみなくては。
久しぶりに石巻まで行ってきた
ほや酔明の水月堂は、2017年に「東北新幹線で売っているアレ以外のほや珍味を求めて」という記事で取材させていただいた会社である。
あの日から早4年。まさか今度はほやで作った魚醤を完成させていたとは。それにしてもほやで魚醤なんて、よく作ろうと思ったものだ。
–お久しぶりです。早速ですが、今年の5月から販売されている「ほやンプラー」ですが、作り始めたきっかけはなんだったのですか。
阿部:「そもそもは私の発案じゃないんです。震災をきっかけに弊社を含めた石巻の10社が集まって作った『石巻うまいもの株式会社』というのがあり、『石巻金華』ブランドとしてお茶漬けやスープカレーなどを作っています。うちはほやが担当なので、ほや茶漬けやほやスープカレーとかですね。
そこのメンバーから、ほやで魚醤を作ってくれないかと相談されまして。正直あんまり気が進まなかったんですが、押してきた仲間がワークショップで試作してみたら、これが意外とおいしかった。可能性があるならば、石巻でほやの加工品をやっている水月堂としては、世界初となるほや魚醤の商品化に挑戦する責任があるだろうと、その提案を受けて製造試験に入りました」
「開発を始めたのは一昨年(2019年)です。魚醤は低い温度だと発酵が進まないので、高い温度が望ましい。常温だと一年、二年と待たないといけません。伝統的な魚醤はそうやって時間を掛けて作りますが、宮城県が持つ加工施設に協力を仰ぎ、50℃に保てる恒温室で試験を何度もさせていただきました」
–試作の結果が二年後だと、開発は厳しいですもんね。
「この温度だとかなり早く発酵が進みますが、それでも仕込んでから最低2か月は掛かります。味見用はもちろんですが、少量だと菌や栄養成分の検査にも出せないので、毎回何十キロも仕込まないといけません。
そうやって試験を何度も繰り返して、ようやく水月堂の加工場で本格的に作るかと動き出しても、ここには冷蔵庫や冷凍庫ならたくさんありますが、50度を保てる部屋なんて無い訳ですよ」
「さすがに50度は無理ですが、どうにか30度くらいで保てるスペースを作って、定期的にかき混ぜながら発酵具合を確かめつつ、3~4ヵ月の熟成をさせています。
そもそも水月堂物産という会社は、生ガキの出荷をする会社だったんですね。カキを仕入れて次の日には出荷するので商品の回転が速い。そんな会社なので『何か月も待つの!』って、従業員一同が困惑しました。長く待つ商売は怖いですね。たくさん仕込んでも4ヵ月後に売れてくれるかわからないじゃないですか。ウイスキーとかの会社はもっと大変なんでしょうけど。でも我々にとって新しい世界だったので、すごくおもしろいです」
–「温度」と「時間」の管理が、これまでとまったく逆の商品開発ですね。
「開発にはいろいろな方にお知恵をお借りして、味にうるさい仲間に何度も味見をしてもらい、ようやく完成に漕ぎつけた商品だから売れてほしい。ほやで魚醤ができるなら他の素材でも作れる可能性が高いじゃないですか。今は廃棄されている海産物に新しい価値が生まれるかもしれない」
–ほやンプラーを使ったオリジナルの加工品(珍味)とかも作れそうです。
材料はほやと塩だけ
–ほやンプラーの作り方を教えてください。
「日本でも東南アジアでも、そもそも魚醤はたくさん捕れる安い魚の有効活用だった。ほやはわざわざ養殖しているものなので、どうしても高級品になってしまう。だからその分しっかり作ろうと。
材料はほやと塩だけです。ほやはすべて宮城県産で、石巻、女川、志津川から仕入れています。使うほやはちょっと小振りで、市場に流通しづらい中途半端な大きさのもの。そのままだと値段がつきにくいものを、適正な価格で購入させてもらっています」
「そのまま塩漬けにするのではなく、まず外側の殻を剥いて、身の中にあるフンをきれいに取り除き、臭味がなく安全性の高い商品に仕上げる。
ただいくら手間暇をかけても、おいしくないと売れないですよね。角が立つような塩辛さがあってはダメ、ほやが持つ旨味を生かし、料理を引き立たせる魚醤にしあげなければいけない。
しょっつるやナンプラーの塩分濃度は20%以上が多いですが、ほやンプラーは18.5%と低めです。これ以上低いと腐りやすく、高いと塩味に角が立つし発酵に時間も掛かる。何度も試した結果、ベストの数値が18.5%だった」
–ほや魚醤の最適な塩分濃度という、誰も正解がわからない難問の答えがでましたか。 普通の醤油よりちょっと塩分があるくらいなので、量の加減をイメージしやすそうです。
「開発中は頭と舌が狂いそうになりました。しょっぱいので味見を繰り返していると、味がわからなくなるんですよ。3口目くらいでもうわからない。あんまり舐めすぎると血圧も上がっちゃいそうですし」
味のキモは新鮮な肝
「塩分濃度だけじゃなく、旨みがすごくでる肝をどれだけ入れるべきかも難しかったです」
–肝ってほやの刺身を頼むと外されちゃうことも多い、黒っぽい部分ですよね。鮮度が少しでも落ちると絶対に食べられないところ。それを入れると苦くなったりクセが強くなりそうですが。
「ところが原材料を教えずに肝入りと肝無しを味見をしてもらったところ、ほとんどの人が肝入りをおいしいと判断したんです。やはりそうかと。ただ肝つきのほやだけで作ると味がきつくなる。そこで肝ありと肝なしのほやをブレンドしています。
新鮮なほやの身を急速冷凍すれば、ほとんど品質は落ちない。でも冷凍の肝は使えないので、肝つきのほやは生きたほやを捌いたものしか使いません」
–でも春から夏の食べ物なので、秋から冬は生のほやって出回らないですよね。でも仕込みを夏だけにすると生産量が調整しづらい。
「そうなんです。だから冬はほや漁師さんに頼んで、ほやンプラー用として水揚げをしてもらい、生の新鮮な肝つきのほやを入れています。身だけで作った方が簡単かもしれませんが、そこは妥協せずにやるべきだろうと」
※ほやの養殖は3~4年掛かるので、ほや自体は年中生け簀にあるが、産卵などの影響で身が水っぽくなる冬場は出荷していない。
「最後に濾して液体部分を集め、加熱して発酵を止めたものがほやンプラーとなりますが、ほやは発酵が進んでもドロドロには分解されず形が残ったままなので、50キロのほやを仕込んでも魚醤として使えるのは半分の25キロくらい。さすがは動物のなかで唯一セルロース(植物繊維)を作ることができる生物ですよね。将来的には残ったほやでアンチョビが作れるかも」
–そこまでこだわったほやンプラー、一体どんな味なのでしょう。
「どうしても匂いやクセがすごそうって思われるかもしれませんが、ほやの魚醤は皆さんの想像以上に綺麗な味なんですよ。生で食べておいしいほやだけで作るので、嫌な匂いはまったくしません。
知らなければ原材料がほやってわからないかも。言われれば『ほやかな?』と思う程度です」
–実は昨日もう試してみたのですが、匂いを嗅いだ瞬間に安心しました。これは好きな調味料だと。味もすごく旨味と甘味があっておいしかったです。
ほやンプラーは仕上げに垂らすと効果的
–ほやンプラーはどうやって食べればいいんですか。
「加熱しなくても生臭さがないので、例えば炒め物だったら材料を炒めた後にちょっとだけ掛けると旨味が引き立ちます。あるいは市販の冷凍パスタとかピザとか、ちょっと味が足りないなって思うことがよくあるんですけど、そこに1滴垂らすとすごくうまくなる。
自分自身が試作品を試して『こんなに変わるの!』っていう衝撃を受けて、それで製品としてデビューさせようという決断をしたくらいですから」
–醤油のように使うというよりは、仕上げに一味加えるイメージですか。それなら小瓶サイズでもいろいろ使えますね。
「醤油との相性もいいので、刺身を食べるときに醤油にちょっと加えると、魚と醤油の良さが引き立ちます。 めんつゆに入れて蕎麦やうどんを食べても力を出せる。
ほやの魚醤って個性がすごく強いように思われますが、実は補助役として優秀なんです!」
–ほやンプラー、自己中心派の調味料ではないんですね。
「ホヤは人間が舌で感じる五つの味、甘味、塩味、酸味、旨味、苦味のすべてを兼ね備えていますが、そのどれが強調されるかはほやの状況(品質)で変わってくる。鮮度が良ければ旨味と甘味が強いけれど、鮮度が落ちると苦味が強くなります。
新鮮なほやだけで作ったほやンプラーには苦味がほとんどありません。そして発酵によって旨味と甘味がものすごく強くなっている。だからこそ素材の味を引き出してくれる『無添加のうま味調味料』なのです」
–昨日、冷麺にほやの刺身とほやキムチを乗せて、ほやンプラーをちょっと掛けてみたら、すごくおいしかったです。
「ほやが持つ5つの味で一番弱いのが酸味。地元の人は感覚的にそれがわかっているから刺身をポン酢で食べたり、酢の物にしたりします。酸味のある冷麺にほやの組み合わせは、すごく理にかなっていますね!」
「弊社としては、ほやの商品をもっと増やしていきたい。ほやの消費量を高めたい。そこには生産者の皆さんから少しでも多くほやを買わせていただき、消費者の皆さんに提供していきたいという想いが根底にあります。
震災前までホヤを一番出荷していた韓国に輸出できない状況が、原発事故の影響で今も続いていて、今後もずっと変わらないかもしれない。なので国内での消費量を高めることが一番大事です。
新鮮なホヤの旨味っていうのはすごく綺麗な味なので、味噌汁とかに入れても出汁がよくでる。焼いても天婦羅でもおいしい。いろんな食べ方があるので日常の中に取り入れてもらいたい。
でも日本人の多くは、まだほやを一度も食べたことがない。そういう方に対して、まずは手軽なほやの加工品やほやンプラーから試してもらいたい。そうすれば『ほやって意外とクセがなくておいしいんだね』と、良いイメージを持ってもらえるじゃないですか」
–生のほやは産地以外だと当たり外れがどうしてもあるので、とりあえず加工品からっていうのは賛成です。食べたことがある人が少ないからこそ、まだまだ伸びしろはありますね。
※私が募集したアンケートなので、ほや好きの割合が日本の平均値よりも高いと思います。
かき、ほたて、しゃけの酔明も新登場
水月堂物産の新商品は、ほやンプラーだけではない。看板商品のほや酔明と3年前にデビューしたほや酔明のピリ辛に、かき、ほたて、しゃけの酔明という強力な新メンバーが6月から加入したのだ。
「昨年の2月に新型コロナの影響が出始めて、すぐに出荷が激減して、これはまずいなという状況になりました。お土産業界が全く動かないという不安は大きかったのですが、なにせ時間だけはある。売り上げはぜんぜんないけど。
その時間を上手に活用しようと、それまで製造や営業に当てていた力を開発に当てたんですね。その一つがほやンプラーですが、もともとほや酔明の兄弟を作るという計画もあったんですよ。
かき、ほたて、しゃけの新作も、すべて地元宮城県のものを使用しています。ほとんどが石巻、女川産ですね。開発に一年以上を掛けた自信作です!」
–「さけ」じゃなく「しゃけ」というのがいいですね。
「地元の人に馴染みがある呼び方は「さけ」より「しゃけ」だろうと。原材料は養殖の銀鮭で、宮城県は日本一の生産地。刺身で食べておいしいしゃけを使っていますが、脂がすごくて簡単には乾かない。まず茹でて脂を抜き、手作業でほぐして乾燥させています。そうとう肩の凝る仕事ですね。
かきも作るのが大変なんですよ。大きいかきを使うと一粒しか入れられない。それだとチビチビ食べたいおつまみとしておもしろくない。なので味はいいけど小さいかきを選んで仕入れて、ボイルして調味料に漬けて乾燥させて、真空パックして加圧加熱殺菌しています」
「ほたても地元で養殖しているもので、ほたてそのままの味を生かしています。味付けはそれぞれ違いますが、どれもお酒に合うおつまみとして作っているので、噛めば噛むほど口の中に味が広がります。 販売開始からまだ一か月ちょっとですが、すでにリピートの注文をたくさんいただいています。
ほやの酔明は税込み350円ですが、新作は原価がかなり高いので378円。ちゃんと原価計算すると450円なのですが、400円を超えたら手を出しにくいなと思って、グッとこらえてこの値段にしました。宮城の良い素材だけを使っているので、味は間違いなしです!」