ものの名前を覚える時、雰囲気で覚えがちである。雰囲気とはつまり、ぱっと見の印象だ。
たとえば豆板醤は「漢字3文字の調味料」と覚えている。ものすごくざっくりだ。キティちゃんを「猫」と把握しているのに近い。このような生活を続けていると、恐ろしいことに、だんだんものの区別がつかなくなっていく。
そしてわたしは、麻婆豆腐を作ろうと思い立ったとき、レシピに漢字3文字の材料が複数書いてあるのを見て、たいそう混乱したのである。
編集部よりあらすじ:3文字の漢字の調味料「豆板醤、甜麺醤、豆鼓醤」の違いがわかりづらい。手作りすれば違いを認識できそうだ。連載企画の一回目は豆板醤をつくります。
作ってみれば違いが理解できるのでは?
麻婆豆腐のレシピに
豆板醤、甜麺醤、豆鼓醤
……と書いてあった。
ググれば、それぞれ異なる説明が出てくるんだろう。
ググらなくとも、それぞれちょっとずつ何かが違うのはわかる。
でも違いを説明してほしいと言われた時に答えられる自信がない。まったくさっぱり、1ミリも自信がないのだ。
どうやったら、彼らをもっと理解できるのだろう。
考えて行き着いたのが「(ほぼ1から)自分で作ってみる」だった。
体感として、材料や作り方が違うことを思い知れば、もうきっと大丈夫な気がするのだ。自分に調味料を作る手腕があるのかは未知数だが、仮に失敗したとしても、理解は進むはずだ。
……というわけでまずは
豆板醤。
味については、なんとなく「辛い味噌」だと把握している。
間違いではないと思う。だけど、辛い味噌って他にもいろいろあるじゃないか。豆板醤だけが持つ豆板醤らしさを今こそ受け止めたい。豆板醤のアイデンティティをじっくりと噛み締めるのだ。
で、さっそく材料を見て、へええええ!となった。
「豆板醤とはそらまめからできている辛い味噌」
豆板醤作りのまだ序章だけど、理解がぐいぐいすすんだ。これだけで十分、豆板醤らしさの説明になる気がする。
そしてもうひとつ大事なことを知った。発酵させる必要がある、ということである。
そりゃそうだろうと思う人も多数いるだろう。なんせ味噌だし、醤の仲間である。だが、キティちゃんを「猫」と把握している人の考えだと思ってどうか生温かく見守っていただきたいのである。
ちなみにキティちゃんは、猫ではなく「猫をモチーフに擬人化したキャラクター」で、本名はキティ・ホワイト。出身地はイギリス郊外(という設定)だ。ミミィちゃんという双子の妹がいる。
材料のシンプルさに驚いた。4つしかない。(レシピによっては味噌を入れるのもあるみたいだけど)
作り方もすごーくシンプルである。そらまめをつぶしながら、材料を混ぜあわせ、混ぜ合わせたら容器などに入れ、冷暗所に保管して、1か月〜半年くらい(諸説ある)、発酵がすすむのを待つだけという。
が、待つだけだからこその不安もある。
だってそれってつまり、調理時間が1か月〜半年ということにならないか。その間成功か失敗かはわからない。そもそもわたしに発酵と腐敗の区別はつくのだろうかと、ごく初歩的なことにも震えてしまう。
なんせ、ゆでたそらまめを冷蔵庫ではない場所で、月単位で置きっぱなしにするというのは、普段だったらたいそうな禁忌である。不意にボタンを掛け違えて、謎の生物を生み出してしまいそうだ。
とにかく手は清潔に保っておくのが良さそうだ。そんな気持ちがあふれてしまい、気がついたら、玄関先に置いてあるアルコール消毒液とキッチンとの間を10往復くらいしていた。
旅はまだ始まったばかりである。