大阪には「揚子江ラーメン」がある。どんぶりの底が見えるような澄んだスープは鶏ガラと豚骨のダシが効いた塩味で、麺は細めのストレート。あっさりさっぱりした味わいで、どんな時に食べても「そう、これこれ」と思わせる。
その「揚子江ラーメン」にはいくつかの支店、のれん分け店がある。それらの店舗を淡々とめぐり、それぞれの店の揚子江ラーメンを食べてみた。するとどうでしょう。お店ごとに細かい違いがあることがわかってきたのだった。
二日酔い気味の昼に食べた揚子江ラーメン
ちょっと前のある日、友達と大阪・梅田で待ち合わせた。「お昼ご飯を一緒に食べよう」と数日前から約束してあったのだが、その日、私は前夜に酒を飲み過ぎたせいで二日酔い状態だった。
「大丈夫?」と友人に心配されつつ、私は「揚子江ラーメンに行くのはどうだろう」と提案し、近くの店舗を目指した。地図アプリを立ち上げて調べてみると「揚子江ラーメン」の支店がいくつか表示されたので、最も近い「揚子江ラーメン 林記」という店に行くことに。
私は一番シンプルなメニューである「揚子江ラーメン」に排骨がトッピングされた「特製排骨麺」を注文した。
済み渡ったスープ。ダシの風味と繊細な塩加減。細くプツプツと歯切れのいい麺。「ああ、たまらん」と、私はこの一杯のおかげで自分が復調していくのを感じた。
で、卓上に置かれたメニューを見ながら、「こんなに色々な料理があるんだなと思った」。
そして「揚子江ラーメン」が好きだと思っていながら、その全貌をまだまだ知らない自分を痛感したのであった。店を出た私は友人に宣言した。「揚子江ラーメンってあちこちにあるよね。俺、片っ端から食べてみるよ!」と。それを聞いた友人は、「へー」と言っただけだったが、私の決意は固かった。
「揚子江ラーメン」とはそもそも何なのか
さっきから繰り返し書いているその「揚子江ラーメン」だが、もともとは1964年に梅田に総本店がオープンし、そこで修行した方がのれん分け店を出したり、フランチャイズの支店が増えたりしていったようである。
しかし、大阪市北区角田町のビルの地下にあった総本店は2020年の4月に閉店してしまった。源流となる店がすでに失われてしまっているのだ。
ちなみに私はかつて週刊誌でラーメン紹介記事を書いていたことがあって、その仕事で「揚子江ラーメン総本店」を取材させていただいたことがある。
穏やかな雰囲気の店主が、「揚子江ラーメン」の前身は「揚子江飯店」という中華料理店であり、そこで提供していた中華スープがベースとなって生まれた味であることを教えてくれた。鶏と豚骨から出るダシの強弱はその時の仕入れによって違うので、そのバランスを見極めるのが大事であるとのことだった。あっさりしたスープにでもよく絡むようにと、麺は細いものを選んだそうだ。
取材をした2015年当時、具材は水菜、もやし、小ネギと薄くスライスされたチャーシューといった構成で、もともとは水菜のかわりに菊菜(「春菊」ともいうが大阪では「菊菜」と呼ばれることが多い)が使われていたらしかった。写真には撮っていなかったが、揚げタマネギ(フライドオニオン)が別皿で提供され、それを加えると香ばしい風味が一気に広がるのも特徴だった。
とにかく、その総本店は今は無くなってしまったのだが、それでもまだ幸いなことに、揚子江ラーメンの支店、のれん分け店は大阪市内にいくつも残っており、そこを訪れれば今でもその独特のラーメンを食べることができる。
まずは「揚子江ラーメン名門 神山店」へ
「揚子江ラーメン」を片っ端から食べ歩くと宣言し、まずやってきたのが「揚子江ラーメン名門 神山店」だった。ちなみに現在、「揚子江ラーメン」には「揚子江ラーメン」と「揚子江ラーメン名門」と「揚子江ラーメン林記」の3つの系統が存在している。
「揚子江ラーメン名門」と「揚子江ラーメン林記」は総本店からのれん分けしてオープンしたお店で、その「揚子江ラーメン名門」の大阪市北区神山町にある支店が「揚子江ラーメン名門 神山店」ということなのである。
カウンター席に座り、すぐにラーメンを注文。
メニューを見てみると、こっちには排骨系の料理は無いようだ。
さあ、「ラーメン」が運ばれてきた。
夢中になって食べてしまった。さっぱりした味わいだから、食べ終わっても胃がもたれるような感じは皆無。もう一杯おかわりしたくなるような感覚なのである。
会計を終え、すぐ近くにある「揚子江ラーメン名門」の前まで行ってみる。
この日は定休日だったのだが、店の外からも見えるようになっている食品サンプルの「ラーメン」の価格が800円。
さっき食べた「揚子江ラーメン名門 神山店」のラーメンは600円だったから、そこからして違う。
同じ「名門」の名を持つ店で、目と鼻の先ぐらいの距離なのにこうも違うのである。めぐり甲斐があるというものだ。
次に「揚子江ラーメン日本橋店」へ
日を改めてやってきたのは大阪市浪速区日本橋にある「揚子江ラーメン日本橋店」だ。2021年5月にオープンしたばかりの新しい店舗である。
ここは入口入ってすぐの場所に食券の販売機があって、先に食券を買う方式。
ラーメンが運ばれてきた。
量は控えめだが、上に乗っているのは菊菜である。私は揚子江ラーメンに菊菜の香りがアクセントをつけてくれる感じが好きなので嬉しい。
麺をすすっていると、店員さんがフライドオニオンとなんと辛子高菜を持ってきてくれた。
フライドオニオンは揚子江ラーメンの定番トッピングだけど、辛子高菜とは!大喜びで両方入れてみたのだが、あっさりスープに高菜がめちゃくちゃ合うので驚いた。
乗っているのが菊菜だったり水菜だったり、トッピングが微妙に違ったり、メニューの幅広さにも差があったり、ひと言で「揚子江ラーメン」と言っても各店に個性があるのがわかってきた。
そのまま「揚子江ラーメン難波店」へ
「揚子江ラーメン日本橋店」で美味しいラーメンを食べた後、そのままの勢いで「揚子江ラーメン難波店」へやってきた。小食の私が2杯立て続けに食べられるのもまた、揚子江ラーメンならではかもしれない。
この「揚子江ラーメン難波店」は2021年5月オープンで、さっき食べた「揚子江ラーメン日本橋店」の数日後に開店している。そう聞くと、中身の似た店が立て続けにオープンしたように思うけど、さっきの「揚子江ラーメン日本橋店」は食券制だったのに対し、こっちは後会計式で、メニューの数も多いようだ。
とはいえ、私の注文は例のごとく「ラーメン」である。
ここも水菜ではなく菊菜が乗っていた。
卓上にはフライドオニオンが置かれていたが、辛子高菜は無かった。いやー、細かな違いがたくさんあるなー!
今度は「揚子江ラーメン名門」へ
またまた日を改め、ちょっと前に来た時は休店日だった大阪市北区堂山町の「揚子江ラーメン名門」へやってきた。
ちなみにこの店、私が以前デイリーポータルZに書いた“「優しい味」って実際どんな味なのか確かめたい”という記事の、大トリを務める「優しい味」としても取り上げさせてもらったことがある。この店舗に来るのはかなり久々だ。
壁に貼られたメニューを見るに、割とその数は少なく、厳選されている印象。
ラーメンを注文してしばし待つ。運ばれてきました。
ここ「揚子江ラーメン名門」のラーメンは他店に比べると少し値段が上なのだが、それも納得の盛りの良さである。
食べ終え、メニューの端の方に「持ち帰りスープ230えん 生メン200えん」と書いてあるのが目に入った。持ち帰りができるならぜひ!と思い、お店の方に聞いてみると、残念ながら「切らしている」とのこと。「また作っておくから今度よろしくお願いしますね!」と言ってもらった。
その次は「揚子江ラーメン大池橋店」へ
次にやって来たのは大阪市生野区中川にある「揚子江ラーメン大池橋店」だ。梅田や難波あたりに集中している系列店が多い中、少し外れた場所にある。大阪メトロ千日前線の北巽駅で下車し、そこから徒歩15分ほど。
店の周辺には「揚子江ラーメン ココ入る!」と目立つ駐車場案内の看板が出ていたり、液晶モニタを使ったデジタルサイネージ的看板も設置されていたりして、気合を感じる。
揚子江ラーメンの中で唯一(だと思う)公式ホームページを持っているのもこの「揚子江ラーメン大池橋店」であり、そこからして他店とは違う感じなのだ。
店の外に設置された券売機で食券を買って入店するシステムになっている。
店内にもメニューが置かれており、それを見てみる。
運ばれて来たラーメンには一面が覆われているぐらい菊菜がたっぷり。
卓上には「フライネギ」とテプラの貼られたフライドオニオンがあって、さらに紅しょうがも用意されている。
メニューには「とんこつラーメン」もあるので、紅しょうがは本来そっちに入れるべくして用意されているのかもしれないが、しかし、あっさりした揚子江ラーメンにもすごく合う。徐々に足していって味を濃くしていけるという楽しみがある。
会計を終え、「お土産用生ラーメン」を渡してもらった。
お守りとして常に財布に入れておきたいショップカードもいただく。
そして今度は「揚子江ラーメン林記 お初天神店」へ
「まだあるの?」と思っている方がいるかもしれないが、まだあるのだ。もう少しだけお付き合いください。
再び梅田方面へ戻り「揚子江ラーメン林記 お初天神店」を訪れた。大阪市北区曾根崎、歓楽街の一角に店舗がある。
この店舗、面白いのが「やきとり りんき」という焼き鳥店も兼ねているところだ。
とはいえ、もちろん「揚子江ラーメン林記 お初天神店」として、美味しいラーメンを食べるために利用してもいい。
運ばれてきたラーメンには水菜が乗っている。
菊菜も好きだけど、シャキシャキした水菜もまた良いなと、だんだんそう思えてきた。もやしの歯ごたえもシャキシャキで、ちょっと柔らかめの麺とのバランスがよかった。
私が入店したのは夜帯の営業が始まったばかりの18時過ぎで店内も静か。きっともっと夜が深まるとだいぶ雰囲気が違うんだろうと思った。
もう一丁「揚子江ラーメン緑橋店」へ
「揚子江ラーメン林記 お初天神店」を食べた足でさらに「揚子江ラーメン緑橋店」へやってきた。大阪市東成区中本にある店舗で、ここも「揚子江ラーメン大池橋店」同様、他の店舗より少し外れた場所と言えるかもしれない。
店内に置かれているメニューも「揚子江ラーメン名門 神山店」や「揚子江ラーメン難波店」で見たものとかなり近い(でもじっくり比べるとちょっと違うのがまた深い)。
もしかしたら「揚子江ラーメン難波店」や、ここ「揚子江ラーメン緑橋店」は、「揚子江ラーメン名門 神山店」の流れを汲む店なのかもしれないぞ。まあ、今はあまり考えないでラーメンを食べよう。
たまたま運がよかったのかもしれないがチャーシューの端っこに当たり、これがすごく美味しかった。
ラーメンのどんぶりを運んでくれたお店の方が「熱いから気をつけてくださいね!」って言ってくれたり、なんだかアットホームな温かみを感じる店で、そこもよかった。
ちなみに私はこの日、昼に「揚子江ラーメン大池橋店」、夜に「揚子江ラーメン林記 お初天神店」と「揚子江ラーメン緑橋店」を続けて、と、一日に合計3杯の「揚子江ラーメン」を食べている。スケジュールの調整ミスでそういうことになったのだが、しかし、考えてもみてください。これ、普通のラーメンチェーンだったら似た味のラーメンを3杯も食べられなくないですか?揚子江ラーメンがいかにさっぱりとした、飽きの来ない味かおわかりいただけるだろう。
もう一息「揚子江ラーメン名門 高殿店」へ
一日に3杯の揚子江ラーメンを食べた翌日の昼、私は大阪市旭区高殿にある「揚子江ラーメン名門 高殿店」へやってきた。繰り返すが、そんじょそこらのラーメンチェーンだったら「今日はもういいわ」って思うであろうところ、揚子江ラーメンだから、食べるのがまた楽しみになっているのである。
こちらはメニューからして一目で独自路線の店とわかる。
しかもなんと取材当日は、店長の手作りメンマが無料でサービスされる日だという。こんな揚子江ラーメンもあるんだなー!
運ばれてきたラーメンには菊菜が乗っている。
麺は少し黄味がかっていて、これまで食べてきた他店のものとは違っている。フライドオニオンは卓上には置かれておらず、希望の場合はお店の方に声をかけるシステム。そんなところにも違いがある。
ところどころに独自のものを感じる「揚子江ラーメン名門 高殿店」だが、店の壁を見上げれば、源流店から受け継いだものと思われるのれんが飾られていた。
最後に「揚子江ラーメン宗右衛門町店」へ
2022年5月現在、揚子江ラーメンが食べられる店は残りあと一つ(だと思う)。「揚子江ラーメン宗右衛門町店」である。この店舗、2021年12月にオープンしたばかりの、今最も新しい店舗なのだ。
店舗は道頓堀の繁華街もほど近い大阪市中央区宗右衛門町にあり、建物のすぐ裏側を道頓堀川が流れている。
宗右衛門町と言えば“大阪を代表する夜の街”というイメージで、キャバクラやホストクラブが立ち並ぶエリアだ。酔客を見込んでか、「揚子江ラーメン宗右衛門町店」の営業時間は18時から深夜までとなっている。開店直後の客は私だけで、広い店内を独り占めした気分に。
メニュー表はこの店独自のもので、麺類以外に丼もの、一品料理も多数。
ラーメンが運ばれてきた。水菜が乗っているところからも「揚子江ラーメン林記」系と思われる。
ただ、メニューの端に「菊菜・水菜(季節により)50円」とあり、「林記系だから水菜だ」とは限らず、季節に応じて旬のものを採用しているのかもしれない。
お会計をお願いすると「500円です」と言われた。メニューには750円と記載されていたので「あれ?」というと「今、サービス中なんです」とのこと。得したついでに、壁に貼ってあったお持ち帰りメニューについて聞いてみる。
すると、「はい、できますよ!」とのこと。ラーメン用のスープを目の前で容器に入れて、生麺と一緒に渡してくれた。
他にも揚子江ラーメンが食べられる場所があるのではないか
さて、こうして私の揚子江ラーメンめぐりは一旦終わったのだが、さらに調べていくと、揚子江ラーメンの本店あるいは系列店で過去に修行をした方が開いた店もいくつかある(あった)ことがわかった。
たとえば、JR新大阪駅からほど近い、大阪市淀川区西中島の「大王」という中華料理店は、店主が揚子江ラーメンで修行をした方で、そのままの味を守ったラーメンを提供しているという。
今回、その店も訪ねてみたのだが、残念ながら現在移転準備中らしく、店は閉まっていた。
残っていた看板にラーメンの写真があって、それを見るにまさに揚子江ラーメンだ。
また、話がいきなり大阪の外に飛ぶが、福井県福井市には「真竜ラーメン」というラーメン店があり、ここも揚子江ラーメンで修行された方が、一目で(一口で)それとわかるラーメンを提供しているそうだ。
「揚子江」という店名を掲げていなくても、あの味を引き継いでいる店が他にもあるかもしれない。そう考えると、まだまだ先が見えなくなってくる。というか、揚子江ラーメンの一つの店舗とっても、食べたことのないメニューが山ほどある。キムチラーメンを出している店も、カレー丼を出している店もあるのだ。ゴールはまだまだ遠い。目まいがするが、なんだか嬉しい。
大阪らしい食べ物というとたこ焼き、イカ焼き、串カツとか、ホルモンとか、色々とあると思うのだが、「揚子江ラーメン」はそこに加わってもいいほど独特のラーメンなんじゃないか。
私はもっと引き続きこの魅力的なラーメンを掘り下げていきたいと思う。
もし大阪に観光に来る方がいたら、スケジュールのどこかに「揚子江ラーメン」を入れて欲しい。あっさり味なので居酒屋で飲んだ後でもいいだろう。きっと大阪のイメージに新しい色合いが加わるはずだ。