バイデン政権は「核態勢見直し」で曖昧戦略の継続を(アーカイブ記事)

アゴラ 言論プラットフォーム

米国の「核態勢見直し(NPR)」に関する2021年11月23日記事の再掲載は、今般のロシアによるウクライナ侵略で、プーチンが「展開次第では、核兵器使用も辞さない」との威嚇と思える「核戦力の特別警戒態勢」をショイグ国防相に命じるという、狂気じみた行動に出たからに他ならない。

記事は専ら中国を念頭に置いて書いたのだが、バイデン政権のNPRにおいても、「核先制不使用」政策に転換されることなく、「核先制使用」と「大規模報復」の両方があり得ると敵国が警戒する「曖昧戦略」を取り続けることが必要不可欠だ、とした結論は、今回のウクライナ事態にも当てはまる。

ウクライナ国民には真に気の毒なことだが、この事態が、バイデン政権がNPRを出す前に出来したことは天の配剤かも知れぬ。バイデン大統領には、ぜひその方向で指導力を発揮して欲しい。

8月の拙稿「中国核軍拡に背を向け核軍縮に向う? バイデンの米国」で筆者は、中国が新疆ウイグルや内モンゴルなどに多数のICBM用地下サイロを建設中であり、完成後の核戦力がロシアを上回り、米国の5割に迫るとされる一方で、米国の元国防長官らが日本の政党に、米国が「核先制不使用」の立場を公表しても反対しないことを求める公開書簡を送ったことを書いた。

バイデン大統領 United States government official Twitter より

この「核先制不使用」には米国が作業中の「核態勢見直し」(NPR:Nuclear posture Review)が関係する。英フィナンシャルタイムズが10月29日、「バイデン政権が『核兵器の先制不使用』政策を検討していることを懸念する日英豪などの同盟国が、同政策を断念するようバイデン政権に働き掛けている」と報じ、各紙がこれを取り上げた。

朝鮮日報は1日、米国の「核の先制不使用」政策に同盟国が反対する理由を、「米国がこの原則を採択した場合、国際社会における安全保障環境に大きな影響を及ぼす恐れがある。ロシア、中国、北朝鮮などが核兵器あるいは圧倒的な在来兵器を使って周辺国に圧力を加えるとか、あるいは実際の武力使用に乗り出した場合、これを効果的に抑止する方法がなくなるからだ」と書いた。

他方、8日の東京新聞社説は、バイデン政権がNPRで「核兵器の先制不使用を打ち出すことを目指している」ことに「日本政府はこれを阻んではならない」と主張、「誤認や計器の誤作動によって核ミサイルが発射され、核戦争に発展する危険性は常にある。それに至らぬまでも、放射能漏れなどの核兵器事故は起きている。核は保有するだけでも危険なのだ」と相変わらず目先のゼロリスク論を述べた。筆者にはこの社説が亡国論に思える。

NPRは、新大統領が米国の核兵器政策のあり方についてのビジョンを示し、米国の核兵器の構成や軍備管理、その他の関連事項の変更に関する優先順位を明示するものだ。そこでは米国の安全保障政策において核兵器がどのような役割を果たすべきかという包括的問題についての戦略、方策、戦力構成などの考え方がレビューされる。よって、その内容は同盟国日本に多大な影響を与える。

クリントン政権の国防長官が93年、ソ連崩壊による冷戦終結で国際的な安全保障状況が大きく変化したことを受けて自国核政策の包括的評価を行ったのを嚆矢とする。後来、就任1年目にNPRを行う恒例になり、02年のブッシュ、10年のオバマ、18年のトランプの各政権で行われた。バイデン政権による5回目は、21年7月に開始され22年初に完成を見込むが、過去4回の約1年と比べ半分のスケジュールだ。

この短さを、「先制不使用の表明」を望む側は、核戦力の規模や核使用の際の政策について国防総省が大きな変更を検討していないことを意味すると懸念し、オバマ政権の副大統領だったバイデンの「核兵器への依存度の低減を減らしたい」、「先制不使用の核政策を支持する」考えと矛盾するとして批判する(10月4日のUCS:The Union of Concerned Scientists「憂慮する科学者同盟」記事)。

NPRは、クリントンとブッシュの時は大部分が機密扱いだったが、オバマは「機密領域であるがゆえに、何が語られなかったか、という大きな疑問を残したくない」として意図的に機密扱いしなかった。トランプNPRも機密扱いでなく、バイデン政権もそれに倣うと予想されている(前掲UCS記事)。

オバマは「核なき世界」の歴史的演説で09年にノーベル平和賞を受賞したが、演説だけでノーベル平和賞を受けたことがむしろ「歴史的」だ、と思うのは筆者だけではあるまい。事実、オバマNPRでの大きな変化の検討が報じられたが、蓋を開けてみれば変更を望む側には期待外れで、機密にしなかったのが仇になった。

18年2月にマティス国防長官の下で行われたトランプNPRを、我が国が高く評価する下記の外務大臣談話が外務省サイトに載っている。

  • 今回のNPRは、前回のNPRが公表された2010年以降、北朝鮮による核・ミサイル開発の進展等、安全保障環境が急速に悪化していることを受け、米国による抑止力の実効性の確保と我が国を含む同盟国に対する拡大抑止へのコミットメントを明確にしています。我が国は、このような厳しい安全保障認識を共有するとともに、米国のこのような方針を示した今回のNPRを高く評価します。
  • 我が国としては、今後とも、日米拡大抑止協議等を通じ、核抑止を含む拡大抑止について緊密に協議を行い、日米同盟の抑止力を強化していく考えです。

対照的にUCSは、米国が18年のNPRで「NPT締約国であって核不拡散義務を遵守している非核兵器国に対して、核兵器を使用したり、使用すると脅したりしない」としながら、「トランプのNPRがより『使い易い』新型の潜水艦発射型核兵器を求めるなど、NPRは米国の核戦力の具体的な変更につながる」とし、潜水艦発射核ミサイル「W76-2」を20年1月に配備した例を挙げて批判的だ。が、筆者は非核兵器国に対する前段の言及と、抑止力の強化が目的の後段が矛盾するとは思わない。

またUCSは「敵国は米国が何をしているかに基づいて自らの核政策と態勢を決定しており、何を期待すべきかを理解するための一つの手段としてNPRを利用している」とし、「その結果、緊張が緩和されたり、高まったりして、最終的には軍拡競争の可能性が大きくなったり小さくなったり、さらには完全な紛争に発展することもある」と述べる。

目下のところNPTが認める保有国中で核の先制不使用政策を表明しているのは中国だけだが、南シナ海での常設仲裁裁判所の判決すら、「紙くず」と言って恥じないこの国を誰が信じるだろうか。UCSが主張する様な、核軍縮や先制不使用宣言をすれば敵国もそれに倣う、などという論はナイーブに過ぎ、狡猾な北京を利するだけだ。

バイデンは19年の大統領候補者アンケートに次のように回答した。

(米国は)新たな核兵器を必要としない。自分の政権は、核兵器への依存と過剰な支出を減らしつつ、強力で信頼できる抑止力を維持するために努力する。米国の核兵器の唯一の目的は、米国とその同盟国に対する核攻撃を抑止し、必要であれば報復することだ。

ミリー統合参謀本部議長は3日、中国の最近の軍事的進歩について「我々は世界が目撃した地政学的パワーの最大の変化の1つを目撃している」、「明らかに地域的に我々に挑戦しており、彼らの願望は世界的に米国に挑戦することだ」と述べた。つまりCNNのフォーラムで大学生がバイデンに問うたように、中国の極超音速ミサイル開発に、今や米国は「軍事的に追いつく」必要のある立場になったのだ。

この様な現況の下、バイデン政権が「強力で信頼できる抑止力を維持」し、「必要であれば報復する」というのであれば、「核先制使用」と「大規模報復」の両方があり得ると敵国が警戒する「曖昧戦略」を取り続けることが必要不可欠だ。バイデンNPRがその方向でなされることを望む。

トランプが破棄するまで米露を縛ったINF条約を尻目に、北京がせっせと増強した中距離核戦力はグアムや沖縄や日本本土に向けられている。岸田総理には来る訪米時、バイデンNPRに「曖昧戦略」を残すよう要望すると共に、NATOの独伊のような「核シェアリング」の「密約」を交わすぐらいの気概を我が国の防衛に対して見せてもらいたい。

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