米大リーグオールスターでホームラン競争に出場した大谷翔平(時事通信フォト)
MLB挑戦4年目の今季、投打両面で活躍を見せているロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手。特に異次元の力を見せつけているのが、前半戦だけで33本塁打をマークしたバッティングだ。84安打のうち、本塁打が33本、三塁打が4本、二塁打が19本。単打よりも、長打の合計数のほうが多い。いったいなぜ大谷はここまで本塁打を量産できるのか。スポーツライターの大利実氏が、日本人初の3A選手として活躍した根鈴雄次氏に聞いた。
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世界最高峰のMLBで、大谷がここまで打てる理由はどこにあるのか――。
さまざまな有識者が解説しているが、どうしても聞いてみたい人物がいた。日本人野手で初めて3Aでプレーした根鈴雄次氏(47)だ。法政大を卒業後、単身アメリカに渡り、トライアウトを受験。長打力と脚力を武器に、ルーキーリーグから3Aまで一気に登りつめた。
現在は、横浜市都筑区にある「根鈴道場」で、スラッガーの育成に力を注ぐ。今季、ブレイクを果たした杉本裕太郎選手(オリックス・バファローズ)は、根鈴氏の教えを受けて才能を開花させたひとりだ。
今年4月には初の著書『MLBでホームラン王になるための打撃論』(竹書房)を出版。日米の打撃指導の違いを、動画を交えて丁寧に解説している。
根鈴氏の目に、大谷選手のバッティングはどのように映っているのか。体と技の両面から語ってもらった。
デッドリフト225kgを軽々と持ち上げる
「大谷選手の何がすごいって、まずはフィジカルです。オールスターでも、周りの選手にまったく引けを取っていない。日本にいるときから体を作ってきた成果が見えます」
話を聞いたのは、オールスターの翌日。たしかに、屈強なメジャーリーガーの中に混じっても、体格負けしていなかった。むしろ、大谷選手のほうがデカイ。そして、分厚い。
「SNSにトレーニング風景が上がっていましたが、デッドリフトで225kgを軽く持ち上げている。信じられない重さです。ラグビーの日本代表が、『フィジカルで言い訳をしない』と、ハードなトレーニングをやっていましたが、大谷選手にもその気持ちがあると思います。『野球は無差別級の競技』ですからね」
根鈴氏が注目するのが、大谷選手の首回りの太さだ。
「ウエイトを計画的にやっているかどうかは、首回りの太さでわかります。年々、首回りが太くなっている。腕の太さも明らかに変わっています。1年や2年やっただけでは、あの太さにはなりません。フィジカルの重要性を理解し、取り組んでいる証と言えます」
日本の高校生は「練習やりすぎ」
身長は、日本ハム入団時にすでに193cmあった。
「体のフレームは、お父さん、お母さんからの授かりものです。アメリカでは『ギフテッド』という言葉を使いますが、文字通りの“贈り物”。今までの日本の育成を見ると、高身長の選手を育てるノウハウがなかったと感じます。
ひとつの例を挙げれば、高校野球で過度な走り込みをさせて、ヒザを壊してしまう。まだ体ができていない選手にそんなことをさせたら、壊れるのは当たり前。そもそも、野球に必要なのは一瞬で力を発揮する体の使い方であって、持久系はほどほどでいい。
よく言っているんですけど、『メジャーリーガーが、日本の強豪高校の冬トレに参加したら、1週間でぶっ壊れる』と。大谷選手は、体作りをしっかりと考えてくれる花巻東で育ったことが、今の活躍につながっているはずです」
花巻東の佐々木洋監督は、大谷選手の身長がまだ伸びていることを考慮して、過度なトレーニングをさせなかった。全身の柔軟性やバランスを整えることに時間を注いだ。
根鈴氏自身は、小学6年時に170cm・80kgと堂々たる体格を誇っていたという。しかし、典型的な早熟タイプで中学2年時には身長がストップ。プロレスが好きで、強く大きな体に憧れを抱いていたこともあり、ジムでウエイトトレーニングにのめりこんだ。ボディビルダーが愛読する専門誌を読み漁り、プロテインの重要性も知った。
しかし、当時の高校野球は長時間練習が当たり前で、走る量も多い。せっかく作った筋肉が、目に見えて削られていく。「練習の合間にプロテインを飲ませてほしい」と監督に訴えたが、受け入れてもらえなかった。今は練習中の補食が当たり前の時代になった。それでも、「体のことを考えたら、日本の高校生は練習をやりすぎ」という想いがある。
バットを「縦に振る」技術とは?
では、大谷選手の技術面の特徴はどこにあるのか。前半戦で印象に残るホームランを根鈴氏に聞くと、6月27日のタンパベイ・レイズ戦で打った第25号を挙げた。右投手のインコースのカットボールを、左中間に放り込んだ一打だ。
「バットを横に振ったら、おそらくは自打球でしょう。バットを縦に振れる大谷選手の技術だからこその一打です」
横に振る、縦に振るとはどういうことか?
「野球盤のように地面と平行にバットを振るのが横振り。手首を支点に、リストを返すことでヘッドスピードを上げる打ち方です。日本でよく行われている『連続ティー』や『早振り』をやると、このクセが付きやすい。
インパクトの一点でのヘッドスピードを上げるには適していますが、バットの面がすぐに消えてしまう。ピッチャーのレベルが高くなってくると、手元で曲がる変化球が増えてきて、内野ゴロの山になるだけです。アメリカに行けば、150kmを超えるフォーシームでも微妙に動くピッチャーがたくさんいます」
そこで求められるのが、バットを縦に振る技術だ。ものすごくシンプルに言えば、ゴルフのスイングであり、イチロー氏がネクストサークルで見せていたスイングにも近い。
「昔から、『ボールの少し下にバットを入れて、バックスピンで打球を飛ばす』という考えがありますが、難易度の高いバッティングだと思っています。
もっとシンプルに考えたほうがいい。羽子板をイメージしてみてください。羽根を打ち返すとき、子どもであっても、本能的に板を上向きにして返すはずです。バッティングも同じで、バットが上向きの角度でボールを捉えれば、打球に角度が付く。メジャーの考えは、ラインドライブでもスタンドに放り込む。バックスピンをかける意識はありません」
昨今、『フライボール革命』が日本でも知られるようになったが、「フライボールに対する捉え方が日米では違うのではないか」というのが根鈴氏の見解だ。
「日本で『フライ』というと、フワッとした放物線をイメージしますが、アメリカはもっとライナーに近い軌道。言葉で表現するなら『ハイラインドライブ』。大谷選手がボールの下を打ってスピンをかけようとしていたら、あれほどの打球速度は出ないと思います」