中間選挙まで1年を切った米国のバイデン民主党政権が、内外政策での実績づくりに躍起となっている。自ら得意とする外交面では、世界を混乱に陥れたトランプ前政権との違いを浮き彫りにし、アメリカの威信回復ぶりをアピールすべく焦りさえあらわにしている。
「各国首脳との対面でのきわめて生産的な会談を通じ、アメリカン・パワーの真骨頂がいかんなく発揮された」――。バイデン大統領は先月末、ローマで開催された主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)終了後の記者会見でこう胸を張って見せた。
しかし、今年1月の政権発足から最近に至るまでの外交姿勢は、順風満帆とは程遠く、波乱含みのものだった。
拙速だったアフガン撤退とAUKUS
際立ったのが、唐突なアフガニスタンからの米軍完全撤収、米英豪3カ国安保協力の枠組み「オーカス(AUKUS)」創設の二つだ。
まず、アフガン撤収(7~8月)については、ひと月前の6月11~13日、英国・コーンウォールでの主要7カ国首脳会議(G7サミット)に臨んだバイデン大統領は、英仏独伊など各国首脳と親しく会談したものの、席上ではアフガンからの火急の米軍完全撤収方針は何ら示されなかった。その直後の急展開だったため、欧州諸国に大きな波紋と衝撃を広げる結果となった。
このこと自体、大統領が国務、国防両長官ら関係閣僚たちの慎重論を押し切ってまで強行したドタバタ撤退だったことを裏付けている。トランプ前大統領が退任前、国民向けに「4月30日までに撤退完了」の意向を表明していた手前、対面上も急がざるを得なかった。
「オーカス」合意は去る9月15日、3カ国首脳によるビデオ合同記者会見で発表され、その場でバイデン大統領の口から、オーストラリアへの原子力潜水艦売却計画が初めて明らかにされた。ところが、フランスにとっては、これまでオーストラリアとの間で通常型潜水艦共同開発計画の協議を進めてきていただけに、まさに「寝耳に水」だった。ホワイトハウス関係者によると、この米側方針は、サリバン大統領補佐官から駐米フランス大使への電話で初めて伝えられたが、バイデン氏がテレビで発表するのとほぼ同時のタイミングだったという。
事前通告はなかったに等しい、外交儀礼無視の措置だっただけに、一時は米仏関係に暗雲がたちこめた。ここでもホワイトハウス側の拙速のそしりは免れない。
しかし、表面化したこの二つの失態の背景には、政権発足1年目で一つでも多く成果を誇示しておきたいとの焦りが共通してあったことは明らかだ。第46代大統領としての真価が問われる中間選挙まであまり時間的余裕もなく、しかもその展望はけっして楽観を許さ ない情勢だけに、できるだけ早期に、国民向けにリーダーシップ発揮ぶりを印象付けておきたいとの思惑が働いたと見られている。
「政府そっくり移動」でCOP26に参加
その意気込みは、先月末、英国エディンバラで開幕した国連気候変動枠組み条約第26回条約国会議(COP26)への異例ともいえる米政府の取り組み姿勢にも示された。
トランプ前政権が環境問題を軽視、国連気候変動会議に閣僚以下の小規模代表団派遣でお茶を濁したのとは対照的に、今回大統領は、ブリンケン国務長官、イエレン財務長官はじめ「政府がそっくり移動した」(ワシントン・ポスト紙)と評されるほど多数の関係閣僚、各行政機関トップを現地に送り込む力の入れようだった。
COP26ではバイデン氏自らが、世界200カ国と地域から参集した代表団を前に演壇に立ち「人類は気候変動による存亡の危機に直面している。今こそ世界の指導者たちは立ち上がるべきであり、わが国は2050年までに『温室効果ガス実質排出ゼロ』を達成すべく努力を加速させていく」と熱弁を振るって見せた。孤立主義に彩られた前政権との違いを、ここぞとばかりアピールしたい姿勢がありありだった。
内政に目を転じると、バイデン氏は当初「(フランクリン・ルーズベルト政権下の)ニューディール政策以来」と大見えを切ったインフラ投資、子育て支援、気候変動対策などからなる3・5兆ドル(約400兆円)の大型歳出法案の早期成立を期した。しかし、これらの法案をめぐっては、大盤振る舞いもいとわない党内進歩派と、財政赤字拡大を懸念する保守派の深刻な対立を引きずったまま収拾がつかず、結局、最終段階では、歳出規模はインフラ投資を目的とした1兆ドル程度にまでバッサリ削減されてしまった。
もう一つの目玉とされた子育て・教育支援、環境などの2兆ドル近くの大型歳出法案は、党内収拾がつかないまま先送りとなった。
崩れつつある米国民の「信」
一方で、最新の国内総生産(GDP)成長率も年2%と予想を下回ったのに加え、燃料、食料品などの物価上昇が市民生活を脅かし始めており、民主党支持者の間では、政権に対する幻滅感がじりじりと広がり始めている。
去る2日、行われたバージニア州知事選挙で、テリー・マコーリフ元民主党知事が、依然人気度の高いオバマ元大統領の熱心な支援にもかかわらず、新人で実業家のグレン・ヤンキン共和党候補に敗退したことも、そうしたムードの変化の現われにほかならない。ニュージャージー州知事選でも、フィリップ・マーフィー現職民主党知事が、最後はわずか1%差の僅差で辛うじて再選を果たしたものの、予想以上の苦戦を強いられた。
米メディアの多くは、これら大規模州の選挙結果を踏まえ、「有権者とくに無党派層のバイデン離れが始まった」(ニューヨーク・タイムズ紙)との見方を伝えている。
就任以来、50%前半から40%台後半で推移(ギャラップ世論調査)してきた大統領支持率も、最近では42%(NBC調査)と低調のままだ。任期4年を通じ平均40%にも達しなかったトランプ前大統領にはわずかに上回るものの、一時は60%台にも達した同じ民主党のオバマ元大統領には遠く及ばない。米議会では一部の民主党議員の間から「このままでは2024年大統領選で共和党に政権を明け渡しかねない」と、早々と警鐘を鳴らす動きさえみられる。
「出馬」「不出馬」どちらの表明でもマイナス要素が
さらに、バイデン氏は、次期大統領選への出馬問題について、「そのつもりだ(That’s my expectation)」とあいまいに答えてはいるものの、いまだに出馬正式表明やそのための具体的態勢づくには着手していない。トランプ氏が2017年1月、大統領就任とほぼ同時に、ホワイトハウス内に「再選委員会」を立ち上げたのとは好対照だ。
このため、危機感を強める「民主党全国委員会」(DNC)幹部の一人は、政治メディア『ポリティコ』とのインタビューで『優柔不断な姿勢も支持率低迷の一因だ』として、再選に向けての早期の態勢づくり開始を促した。
ただその一方で、もしバイデン氏が出馬を正式に決意した場合、24年秋には82歳と米政治史上前例のない〝超高齢〟を迎えることになり、激戦を戦い抜くだけの健康と体力に不安はぬぐえない。COP26会議では、たまたま討議の最中にバイデン氏がうたた寝する場面がカメラでとらえられ、内外で少なからず話題となった。
しかし現時点で「不出馬」表明した場合、残り3年の任期はとたんに「レームダック」化は避けられず、そのことが自身の決断を遅らせているとの観測もある。
区割りにより劣勢に立たされている中間選挙
何はともあれ当面、バイデン氏にとっては、来年11月の中間選挙が勝負だ。しかし、現議会勢力は下院で民主党220議席、共和党212議席、欠員3議席、上院は民主、共和両党とも共に50議席で、民主党が辛うじて優位にあるものの、伝統的に大統領の信任を問う中間選挙では政権与党が議席数を減らす傾向にある。
加えて今回の場合、全米50州中、30州以上の州議会で多数を占める共和党が、2020年国勢調査の結果を踏まえ各選挙区の区割りを同党に有利に書き換える作業に取り組んでいることを踏まえ、例年以上に多くの候補の当選を見込んでいる。
共和党議員の間では、下院でわずか5議席上積みするだけで、下院議長ポストを奪回できるだけでなく、上院も1議席増で多数を制する位置にあるだけに、早くも楽観ムードさえ漂い始めている。
この点、バイデン政権としては、とくに下院を明け渡すことになれば、今後の野心的な経済浮揚策、地球温暖化対策などを目玉とする予算審議に大きな支障となりかねず、より厳しい状況に直面することは間違いない。
もちろん、今後、コロナワクチン接種の徹底や所得格差是正など意欲的な政策を実現させ、目に見えた景気回復を図ることで、劣勢を挽回させる可能性はまだ残されている。
しかし、このままずるずると支持率を落とし、もし、中間選挙で共和党の逆転を許した場合、「再選出馬断念」のシナリオさえ現実味を増してくることになろう。
いずれにしても、バイデン氏にとって残された時間はあまりない。