「影の首相」二階氏を排除するのかが争点だったが…
二階俊博幹事長を斬るのか斬らないのか。
秋に行われる自民党総裁選は、菅義偉か岸田文雄かを選ぶ選挙ではない。
記者会見する自民党の二階俊博幹事長(右)。左は野田聖子幹事長代行=2021年7月20日、東京・永田町の同党本部 – 時事通信フォト
総裁選史上初めて、菅首相を支えると見せて自らの権勢を果てしなく拡大している「影の首相」を信任するのか排除するのかが争点になるはずだった。
岸田が出馬記者会見で、
「総裁を除く党役員は1期1年、連続3期までとし、権力の集中と、惰性を防いでいきたい」
と、執行部の刷新を掲げたのがその証左である。
安倍と菅を抱え込んで歴代最長、5年近くにわたって幹事長ポストに座り続け、「最高権力者」といわれる二階に対して、公然と「オレが首相になったら即刻クビだ」と宣言したのだ。
政界きってのイケメンでダンディだが、「超つまらない男」「安倍晋三の刺身のツマ」と揶揄(やゆ)される男が、ここまで腹をくくって二階にケンカを売ったことに、自民党内だけではなく永田村全体に衝撃が走った。
当然ながら二階は不快感を露わにした。だが、岸田は8月27日に自民党本部へ敢然と乗り込み、立候補することを二階に直に伝えに行ったのである。
わずか10分程度だった。岸田によれば、「二階氏から激励を頂いた」そうだが、そんなことはあるまい。
総裁選は菅義偉との争いではなく、菅を裏で操る二階との戦争になる。総裁選をそういう構図にしてしまえば、党内にくすぶる反二階派議員たちの賛同を得られる。そう岸田と、彼の後に蠢(うごめ)く安倍や麻生たちが考えたことは想像に難くない。
「二階幹事長を交代させる」菅首相の思惑は
菅支持派は岸田の剣幕にやや怯んだようだ。
朝日新聞(8月28日付)は、「政権幹部の一人は『1対1だと岸田氏が勝つ可能性がある。だったらもう1人立った方がいい』と話し、『反菅』票の分散に期待を寄せる」と報じている。
だが、この動きを見ていた菅首相が動いた。「二階俊博幹事長を交代させる」というのである。
朝日新聞朝刊(8月31日付)は一面トップで「二階幹事長、交代へ衆院選10月17日浮上」と打った。
「安倍前政権時代から歴代最長の約5年にわたって幹事長ポストに就く二階氏には党内で反発が根強い。自民党総裁選に立候補表明した岸田文雄前政調会長も、二階氏の続投に否定的な見解を示しており、首相の人事には総裁選の争点をつぶす狙いもあるとみられる」(朝日新聞8月31日付)
“裏切り”を受け入れた二階幹事長の本当の狙い
二階が菅の“裏切り”をすんなり受け入れたのはなぜか。党内の反二階の動きが広がっていることに危機感を募らせたのであろうが、週刊現代(9月4日号)は違う見方をしている。
「菅を自分にとって都合のいい操り人形として、総理の座に据えたのは二階だ。しかし、いまや玩具は壊れた。用済みとなったガラクタはさっさと片付け、別の人形に取り換えなければ、幹事長たる自分の身も危うい。
(次はどいつだ)
実のところ、二階はすでに決断している」
二階にとって、菅首相などはどうにでもなるが、次の衆院選に惨敗すれば幹事長に留まるどころか、議員引退を余儀なくされる。そうなれば後継にと目論んでいる三男に地盤も看板もカネも引き継げなくなるかもしれないのだ。
老獪(ろうかい)な二階が、菅のひと言で権力の座を諦めるとは思えない。安倍に対する対抗心は燃え盛っているはずだ。
※写真はイメージです – iStock.com/oasis2me
現代は、二階が菅を捨てて次に選ぶのは、「国民の支持率は高いが、相対的に党にとってはどうでもよい人間」だと見ている。
それは石破茂元幹事長だというのである。
石破氏を担いで首相にすれば一石二鳥と考えたか
たしかに、石破は総裁選には出ないといいながら、岸田が出ると、「白紙だ」といい方を変えている。
サンデー毎日(9月12日号)で石破はインタビューに答えて、
「森友、加計、桜を見る会について党内からの追及や質疑はほとんどなかった。自浄作用が全く働かない自民党になってしまった、と国民は受け止めている。おかしいことをおかしいと言えない空気ごと変えなければならない」
と、はっきり安倍批判をしている。
二階にとって、菅を捨てたその手で、安倍の嫌がる石破を担いで首相にすれば一石二鳥。政局の達人・二階が最後の賭けに出たと見てもいいのかもしれない。
産経新聞は朝日同様「二階幹事長交代へ」と報じているが、読売新聞は二面で、「首相、二階氏交代検討」と含みを持たせた内容になっている。
二階を斬ると動いたのは菅首相の焦りである。
総裁選に出馬すると意欲を持っていた下村博文政調会長に、「出馬するなら会長を降りろ」と迫り、辞退に追い込んだのも同じ理由からであろう。文藝春秋で出馬宣言をした高市早苗元総務相も出馬すると意気込んでいるが、安倍も含めて周囲は冷ややかなようである。
危険水域の菅政権をなぜここまで支持するのか
コロナ対策に失敗して感染拡大を阻止できず、ワクチン接種も進まない中で、東京五輪開催を強行した菅首相に、国民の批判は高まるばかりだ。
各メディアの世論調査では、支持率が危険水域の30%を大きく割り込んでいる。菅が人気浮上の決め手と期待した東京五輪も、多くの世論から「失敗だった」と烙印(らくいん)を押されてしまった。
国民全員に行き渡るワクチンの確保も進まず、コロナ患者で病床は埋まり、全国で10万人以上といわれるコロナ中等症患者が入院できず自宅療養を強いられている。
これほど無能・無策な菅首相が再選されるはずは万に一つもない。長く続きすぎた“安倍政権ボケ”で正常な判断ができなくなっている自民党でも、それくらいの常識は持っているはずだと、私を含めた多くの国民が考えていた。
だが、菅首相はためらうことなく総裁選に出馬すると宣言し、二階幹事長はいち早く菅の再選支持を表明した。
いくら世の中の常識は永田町の非常識ではあっても、菅首相にはリーダーシップどころか正常な判断力さえ疑わしく、国民に現状を説明する言葉さえ持っていないことは明らかである。
早くも戦後最低という評価が定まりつつある菅首相の首に鈴をつける人間が、なぜ出てこないのか。
それは首相以上に権力を持つといわれる官房長官の権限とカネと情報があったからである。