大型トラックにつぶされる悲惨な事故を防ぐ「簡単な措置」を規制当局は長年にわたって怠ってきた

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トラックの車体の下に乗用車などが潜り込む「underride(アンダーライド)」という形態の交通事故による死傷者数は、簡易な安全装置をトラックに追加するだけで軽減できるにもかかわらず、規制当局がそれを無視して対策を行ってこなかった実態が、非営利の報道機関・ProPublicaとアメリカのテレビ番組・FRONTLINEの共同取材により明らかにされました。

How Regulators Failed to Act to Prevent Underride Crashes — ProPublica
https://www.propublica.org/article/underride-crashes-nhtsa-dot-iihs-safety-cars-trucks

記事のトップに掲載されている画像は、2017年にアメリカ・テキサス州で発生したアンダーライドの事故の様子を収めた現場写真です。ヒョンデ・エラントラを時速40マイル(時速約64km)で運転していたリカルド・マルコス氏(右)は、帰宅途中の路上で急に脇道から合流してきた大型トラックに追突し、そのまま帰らぬ人となりました。


検死官の報告書によると、この衝突でマルコス氏はあばら骨を骨折し、肝臓と脾臓(ひぞう)が破裂。首も折れ、脳の前頭葉が損傷していたとのこと。地元警察の捜査官は、衝突の責任はトラック側にあるとして運転手を過失致死罪で起訴しましたが、最終的に起訴は取り下げられました。

こうした悲惨な事故は、珍しいものではありません。乗用車やSUVなどが大型トラックの下部に潜り込んでしまうアンダーライドにより、アメリカだけで毎年数百人が命を落としています。

アンダーライドは、トラックの後部や両サイドに「アンダーライドガード」という鉄製のガードを取り付けるだけでリスクを低減できます。しかし、アンダーライドガード取り付けの義務化は遅々として進んでいません。


ProPublicaとFRONTLINEは、1960年代以降にアンダーライド事故について報告した、のべ数千ページにわたる政府文書を入手し、その内容を精査しました。その結果、道路安全当局である運輸省道路交通安全局(NHTSA)は、信頼できる科学的研究の結果を長年無視し、アンダーライドの危険を軽減する簡単な措置を講じてこなかったことがわかりました。

NHTSAが行動を起こせなかった理由のひとつは、この事故でどれだけの犠牲が出ているかを把握していなかったことです。NHTSAは2023年に入り、ようやく正確な実態を把握できていなかったことを公的に認めました。こうしてNHTSAが収集した統計情報によると、2021年にはアンダーライドの事故で400人以上が死亡しているとのこと。専門家らは、実際の死者数がこれよりさらに多い可能性があると指摘しています。

また、規制当局はトラック運送業界からの抵抗にも苦慮していました。例えば、トラック業界は1980年代に、リアバンパー(リアアンダーライドガード)を装備させると1台当たり127ドル(約1万8000円)の費用がかかると試算し、業界のロビイストは「安全対策には法外な費用がかかり、アメリカ経済が永続的なダメージを受ける」と繰り返し主張してきました。


NHTSAの最高幹部を務めた経歴を持つデビッド・フリードマン氏は、「NHTSAは数十年前からアンダーライドによる死亡事故を何とかしようと努力してきましたが、それを果たすことができませんでした。その理由の一端は、産業界が当局の努力を抑制し、骨抜きにし続けていることにあると思います。アンダーライドのような問題に対処する規則を作ろうとすると、NHTSAのスタッフには非常に多くのハードルが立ちはだかるのです」と話しました。

現代の自動車には、細心の注意を払って設計された安全対策がいくつも搭載されています。例えば、運動エネルギーを吸収し、衝撃を軽減させることを目的としたバンパーやクランプルゾーン(クラッシャブルゾーン)、運転手や同乗者を保護するエアバッグなどがこれにあたります。

しかし、典型的なセミトレーラーの下部は路面から約4フィート(約121cm)の高さにあるため、これらの安全技術は無意味なものとなってしまいます。そのため、衝突の衝撃がフロントガラスを直撃し、車の屋根を支える支柱(ピラー)が折れ、トレーラーの下部が運転席や助手席を押しつぶします。多くの場合、エアバッグは作動すらしません。

以下は、アンダーライドガードが装備されている場合(上)と、風防用の板しかない場合(下)を比較した衝突実験の模様です。人が乗っているスペースの損傷がまったく違うことがよくわかります。


アンダーライドガード普及に向けた取り組みがまったく行われてこなかったというわけではありません。1967年に、ハリウッドスターのジェーン・マンスフィールドがアンダーライドで死亡する事故が発生した当時、大型トラックの後部にはアンダーライドガード(当時の名称はリアガード)の装着が義務づけられていたとのこと。

しかし、規制が緩くリアガードの大きさや強度の基準はなかったため、車が追突すると簡単に壊れてしまい、アンダーライドを防ぐ効果はほとんど発揮されませんでした。

以下は、強度が低いアンダーライドガードの効果を検証した際の様子です。


衝突と同時に折れて外れてしまったため、ほとんど意味をなしていません。


一方強固なアンダーライドガードの場合、乗用車の車体がトラックの下に潜り込むのが防止されたおかげで、追突した車の運転席は無事でした。


長年にわたり後部のアンダーライドガードに関する規制に反対してきたアメリカトラック協会(ATA)は、近年に入り規則を支持する方針へと態度を軟化させました。しかし、ATAを含む業界団体は、車体側面に取り付けるアンダーライドガードについては依然として強硬に反対しています。

個人ドライバーと小規模トラック運送会社を代表する団体であるOwner-Operator Independent Drivers Associationの副会長で、自身も元トラック運転手であるというレウィ・ピュー氏は、「実際にトラックを運転した経験者として言わせてもらうと、サイドアンダーライドガードが機能し、命を救うことができる特定のケース、特定の状況が存在するのは確かだと思います。しかし、サイドアンダーライドガードで人命が犠牲になる例もあるでしょう」と、アンダーライドガードの必要性に慎重な見方を示しました。

トラック運転手が、政府の方針や新技術に不信感を抱くのには、理由があります。例えば、1975年にNHTSAは大型トラックとトレーラーにアンチロック・ブレーキを義務付ける規則を設けましたが、新しいブレーキシステムは不具合が多く、故障しやすいことが後に判明し、トラック運転手らは止まるすべを失って道路脇に転落するしかない事態を経験しました。

また、ピュー氏はアンダーライドガードの装着が義務化されれば、そのコストが独立系トラック運転手や小規模事業者に大きな打撃を与えるのではないかと懸念しています。「重要なのは研究することですので、トラック運転手や運送会社をモルモットにしないでください」とピュー氏は話しました。


このような懸念があるため、アンダーライドガードの義務化はコストと救われる命との綱引きになります。NHTSAの計算によると、アメリカの新しいセミトレーラー全車にアンダーライドガードを取り付けると、7億7800万ドル(約1098億円)以上の費用がかかる割に、年間17.2人の死亡が防げるだけだとのこと。

しかし、この推計に納得しない専門家もいます。交通安全保険協会・車両研究センターの研究者であるマット・ブランボロー氏は、「側面のアンダーライドガードが救える命の現実的な数値は年間159人から217人で、NHTSAの調査結果よりもはるかに高い」と指摘した上で「NHTSAはこの問題をもっと真剣に受け止める必要があります」と話しました。

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