自動車用ネットワークの標準化(7)10Gbps超の「IEEE 802.3cy」は自動車メーカーの提案からスタート【ネット新技術】

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 前回は、IEEE 802.3chとして、10Gbpsまでの銅配線ベースのEthernetの規格を紹介した。IEEEでは、これに続いて「10Gbps超の車載向け銅配線ベースEthernet」についての検討もスタートしている。今回は、このIEEE 802.3cyについて紹介する

トヨタら6社による初回Study Groupでのプレゼン

 Study Groupの開始は2019年5月。当初は”IEEE P802.3 10G+”なんて名称がつけられたこのStudy Group、初回のミーティングでトヨタ・ヒュンダイ・BMW・PSA・Audi・GMの共同で出された“OEM Consolidated greater than 10Gb/s Ethernet topologies”というスライドによれば、現時点でバックボーン/ディスプレイとカメラという用途がすでに考えられるとした上で、将来的には(用途はともかくとして)こういうニーズもある、とされた。

バックボーン/ディスプレイ ちなみに環境温度は-40℃~95℃で、乗員のエリアに配されるとする。コネクタはUnsealed、相対的に短距離とされる

カメラ こちらは車の一番隅(具体的にはフロント/リアバンパーの裏などもあり得る)で、環境温度は-40℃~105℃。コネクタはSealed、相対的に長距離とされる

環境温度などについての言及はなし。まだそこまで用途が見えてないから、ということもあるだろう

 ちなみに、この発表そのものはGMのNatalie Wienckowsk氏だが、提案メンバーは先の6社に加えてFordの名前も挙がっており、要するに自動車メーカーからIEEEへの提案という格好だ。

 この提案を受けて、2019年7月以降のミーティングでは、いろいろと実現可能性についての説明が出てくる。例えばHuaweiのEvan Sun氏による”Two Types of STP Automotive Cable Support 10G+“によれば、銀ないし錫メッキのシールド線を使えば、10mまでの距離で25Gbpsまでには対応できるとし、PAM4ないしPAM5変調を使えば更にいい結果になるとしている。

 また、2019年11月のミーティングではMarvellのGeorge Zimmerman氏の”Technical Feasibility – PHYs beyond 10G“で、PHYのうちEcho Cancellationに関しては25Gbpsは実現可能だし、50/100Gbpsに関しても可能性はある、としている。

冒頭で”これはBaseline Proposalではない”と強く主張しているのは、あくまでPHYに要求される特性の一部しか評価してないためであろう

 もっとも、同じ11月のミーティングで行われたADIのGitesh Bhagwat氏による”PoDL Feasibility for B10GAUTO Systems“では、技術的に不可能ではないとしつつも、最後に下図のようなスライドで締めている。ターゲットとする速度も距離も、そのほかのパラメータも一切決まっていない状況で実現可能性を論じるのには限界がある、という率直な感想が吐露されていて面白い。

PoDLはPower over Data Line、つまり1対のUTP上で通信に加えて電源供給まで行う方式の話である

2020年5月、標準化に向けタスクフォースが発足

 ただ、少なくともStudy Groupのレベルでは実現を妨げるような深刻な障害というか問題はない、というのが一致した見解だったようだ。2020年1月のミーティングでPARやCSD、Objectiveのドラフトが公開され、このままIEEE 802のWorking Groupに提案され、5月21日にいずれも承認、IEEE P802.3cyとして標準化作業が開始されることになった(4カ月も空いたのは、本来開催予定だった3月のミーティングがCOVID-19のために流れたからである)。ちなみに正式(?)名称は”IEEE P802.3cy Greater than 10 Gb/s Electrical Automotive Ethernet Task Force”となっている。

Objective(1/2)。25Gbpsだけでなく50/100Gbpsまで視野に入れてきた

最大到達距離は11m。途中に2つのInline connectorを挟むことも明示された

Laningによる提案が承認され、論点が定まっていく

 さて、Task Forceはスタートしたものの、最初の2回くらいはあまり進展がないというか、さすがに100Gbpsまで視野に入れるとなるとどうしたものか、という感じで議論そのものが起きてない格好だった。ここに一石を投じたのが、2020年8月のミーティングにおけるGeorge Zimmerman氏の”Laning for a Multi-Speed Standard“である。そもそも25Gbpsはともかく100Gbpsともなるとどう実現するのか見当もつかないとしたうえで、Laning(Lane化)を採用し、50Gbpsは25Gbps×2 Lane、100Gbpsは25Gbps×4 Laneとすれば実現可能性が見えてくる、と説いた。

もっともこれは、相対的には簡単ではあるが、そもそもがIEEE 802.3chの10GBASE-T1を下敷きにしており、その10GBASE-T1が未だに製品が存在しないというあたり、商用化に当たっての先は相当遠そうではある(それでも100Gbpsよりはマシだが)

 もちろん今度は、Lane化に伴う問題もいろいろと出てくる。だが、そうした問題があっても100Gbpsを1レーンで実現するよりは楽、という判断である。この提案はプレゼンテーション後に採択が行われ、賛成多数(75%以上)ということで承認された(“Motions and Straw Polls”のMotion #3)。これにより、やっとP802.3cyは進むべき道が定まった格好になる。

Multi-lane specificationがLane化に伴って湧いてきた問題であって、Per-lane specificationの方はLane化してもしなくても対応すべき問題である

 そのP802.3cy、2020年11月のミーティングでは再びGeorge Zimmerman氏により“A Straw-man Proposal Approach to a PHY Specification”にてPHY Specificationに関する提案が出てくるのだが、基本的なアイディアは「IEEE 802.3chのSパラメータを2.5にしよう」というものである。Sパラメータというのは前回の記事で説明したScaling parameterのこと。10GBASE-T1を1、5GBASE-T1を0.5、2.5GBASE-Tを0.25としたうえで、タイミングなどを全てSで表現するようにしたわけだ。

 要するに、方式自体は2.5GBASE-T1~10GBASE-T1と同じく変調はPAM-4、エンコードは64B/65Bとなる仕組みである。ただ冷静に考えると、25Gbpsですら2.5GBASE-T1の10倍速(つまりTiming parameterが全部1/10になる)わけで、さすがにこれは厳しい。もっとも、これは提案者であるZimmerman氏も百も承知で、これをそのまま提案するのではなく、たたき台としてまずはSを2.5にしたモデルを利用しよう、ということである。

いやそれ無茶では? と流石に思わなくもないのだが、将来の技術では可能になると思ったのだろうか?

 ここから、さまざまな検討や作業が始まってゆく。2021年3月にはMicro Reflectionに関するProposal、2021年6月にはLink Segment IL(Insertion Loss)に関するProposalReturn Lossに関するProposalが出て、どちらも承認されている。大きな変化は2021年9月のミーティングでMarvellのRagnar Jonsson氏らの”Proposed Text for PAM4 Modulation“である。この提案はRS-FECを変更し、これに伴い1000BASE-T1ベースの文言を全部刷新すべきだ、というものである。

当然PCSのI/Fも最高速度が25Gbpsになるのだから、25GMIIになるべきである。LはInterleave depthの値。2.5GBASE-T1が1だったので、何もしないと25GbpsではLが10になってしまうのを、1に引き戻すというもの。もっともこの値はまだ紆余曲折が

 この提案に対するStraw pollは全員賛成で、以後はIEEE 802.3chから離れての仕様策定作業が進んでゆく。

 2021年11月のミーティングではHuaweiのTingting ZHANG氏らによる”Thoughts on the FEC for 802.3cy”というプレゼンテーションがあり、FECをどうするか検討した結果の結論及び提案がこちら。

L=10が復活。もっともこれはRS-FECを変えない場合の話で、RS-FECをどうするか次第ではある。

 最大60nsに及ぶBurst Errorをカバーする際にRS(360,326)を再利用するとL=10は避けられないため、Lの値を小さくするためにRS-FECを別のもの(例えば(720,651)とか)に変更することを提案している。もっとも具体的にどうすべきかまでは、まだ検討しきれていない。これに一応の結論が付いたのは2022年1月のミーティングだ。

 MarvellのRagnar Jonsson氏らによる”FEC and Interleaving Proposal“で、RS-FEC(936,846)とL=1,2,4,8が提案され、これは賛成75%以上で可決されることになった。

2023年9月ごろに標準化完了見込みも、製品の登場は2030年代か

 2022年3月のミーティングでDraft 1.0がリリースされ、以後はこのDraftをベースに議論が進むことになる。2022年はまだ電話会議(7月のモントリオールのみHybrid)ベースながら、3月から10月まで毎月ミーティングが開催されるという、従来の進み方(2カ月ごとのミーティングが通例)の倍の速度で作業が進んでゆき、その7月のミーティングではDraft 2.0がリリースされる。

 まだこの時点でも多少の手直し、例えばHuaweiのSujan Pandey氏による”Scrambler Alternative for 25GBASE-T1“のような提案(25GBASE-T1はともかく50GBASE-T2/100GBASE-T4ではSNRの限界なのにクロストークの影響がかなり大きくなり、33bitのScramblingでは十分ではないケースがあるとして、58bit Scramblingを利用することを提案)はあるものの、基本的にはDraftの細かな修正を行う程度の作業がメインであり、2022年11月にDraft 3.0がリリース。今年4月のミーティングでDraft 3.3がリリースされ、5月にSponsor ballotで採択された。この後はSA Ballotを経て、今年の9月ごろに標準化が完了する見込みとなっている。

 規格そのものは、そんなわけで異様に迅速に標準化が完了しそう(Task Force形成から2年半)なIEEE P802.3cyだが、市場に製品が出てくるのは2030年台、下手ををするとその後半になりそうだ。

 前回の記事の最後にも書いたが、まだ2.5GBASE-T1の製品が市場にほとんどない段階であり、10GBASE-T1の実用化は早くて2020年台後半、下手をすると2030年にずれ込みそうである。となれば、今回の25GBASE-T1はさらにその後になると思われるからだ。

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