「超低温で長期保存した臓器」を解凍して移植する動物実験に成功、移植用臓器の長期保存が可能になれば大勢の命が救われる可能性も

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臓器移植において障害となるのはドナーの有無だけではなく、「ドナーから臓器を摘出してから移植までの時間」にも制限があります。そのため、せっかくドナーが見つかっても患者が入院している病院までの距離が遠すぎて移植できなかったり、死後の臓器提供を表明していたドナーの臓器が誰にも移植できず、無駄になってしまうこともあるとのこと。こうした問題を解決する「超低温で保存した臓器の移植」に、マウスを用いた動物実験ではあるものの、世界で初めて成功したことが学術誌のNature Communicationsで報告されました。

Vitrification and nanowarming enable long-term organ cryopreservation and life-sustaining kidney transplantation in a rat model | Nature Communications
https://www.nature.com/articles/s41467-023-38824-8


Researchers perform first successful transplant of functional cryopreserved rat kidney | University of Minnesota
https://twin-cities.umn.edu/news-events/first-successful-transplant-functional-cryopreserved-rat-kidney

Scientists successfully unfroze rat organs and transplanted them
https://www.statnews.com/2023/06/21/cryogenic-organ-preservation-transplants/

世界各地で大勢の患者がドナーからの臓器提供を待っていますが、利用可能な臓器の数は移植を待っている患者の数に比べて不足しており、提供を受けられないままの人も大勢います。臓器移植を阻んでいるのはドナー不足だけではなく、「臓器のサプライチェーン」も移植の上でのハードルになっているとのこと。

患者に移植される臓器は死亡したり脳死判定を受けたりしたドナーから摘出されますが、摘出後の臓器はいつまでも保存しておけるわけではありません。日本臓器移植ネットワークによると、臓器摘出から血流再開までの許容時間(虚血許容時間)は心臓で4時間、肺で8時間、肝臓や小腸で12時間、すい臓や腎臓で24時間とのことで、臓器移植は時間との戦いともいえます。

ドナーから摘出された臓器を移植手術が行われる病院へ運ぶ際、渋滞や予定外の遅延が発生すれば臓器が使えなくなってしまう可能性もあります。そのため、輸送に航空機やヘリコプターなどが用いられることもありますが、医療用臓器の緊急航空輸送は危険を伴うものであり、臓器輸送中の死亡リスクは通常の商用便の1000倍に達するという(PDFファイル)推定もあります。

また、ドナーが死亡したことが確認されてから急いで移植手術を行う場合、患者や医療チームが適切な心身の準備をできるとは限りません。元看護師でありアメリカの臓器調達組織・LifeSourceの最高執行責任者(COO)を務めるジュリー・ケミンク氏は、「移植手術はすべてが緊急です」「私たちは時間に追われていると感じています。まるで48時間で結婚式を計画するようなものです」と述べています。移植のために提供された腎臓の約20%が、時間内に患者へ届けられないせいで使用できないそうです。


臓器移植にまつわる問題を解決するひとつの手段が、「臓器を冷凍して長期間保存できるようにすること」です。以前から、凍結保護物質を用いて細胞の氷晶結成を阻害しつつ臓器を高速冷却し、ガラスのような状態を維持する「ガラス化」という手法は存在していましたが、氷やひび割れによる損傷を起こさずに臓器を解凍し、移植に利用する方法は見つかっていませんでした。

そこでミネソタ大学の研究チームは、ガラス化の際に注入される凍結保護液に含まれる酸化鉄ナノ粒子を電磁波で活性化し、ガラス化した臓器全体を均一に解凍する「ナノウォーミング」と呼ばれるプロセスを開発しました。臓器全体に分散したナノ粒子を標的にすることで臓器全体を均一に温めることが可能であり、使用された酸化鉄ナノ粒子は温めた後に洗い流すことができるそうです。

このプロセスの有効性を調べるため、研究チームはラットの腎臓を100日間にわたりガラス化した状態で低温保存し、ナノウォーミングプロセスで再加熱して別のラットに移植する実験を行いました。5匹のラットに移植された腎臓は、時間こそかかったものの次第に機能を取り戻していき、30日以内で完全に機能が回復したと研究チームは報告しています。

解凍後に移植された腎臓は、新鮮な腎臓を移植した際は数分で始まる尿の生成に45分かかったほか、術後数日間は老廃物であるクレアチニンを除去するのが遅かったとのこと。論文の共著者でミネソタ大学の外科医であるエリック・フィンガー氏は、「移植した腎臓は機能しましたが、完全ではありませんでした。最初の2~3週間は機能が完全ではなかったものの、3週間後には回復しました。1カ月後には、新鮮な臓器の移植とまったく見分けがつかないほど完全に機能しました」と述べました。


今回の研究はあくまでラットを用いた動物実験であり、ラットが手術後どれほど長生きしたのかも測定されませんでした。また、今回の実験では健康なラットが用いられていたため、ドナーと患者が健康上の問題を抱えている現実のシナリオとは合致していない点も指摘されています。

また、動物実験から人間を対象にした臨床試験までは長い道のりで、「そのままでも移植可能な臓器をガラス化してもよいのか」「患者は快く協力してくれるのか」「医師が移植手術をためらわないか」など、さまざまなハードルを越える必要があります。それでも、今回の研究結果は非常に有望であり、研究チームは今後6カ月でラットより大きいブタを対象にした動物実験を行う予定だとのこと。

もし、ドナーから摘出した臓器を長期間保存することが可能になれば、遠隔地に住んでいる患者が移植を受ける十分な時間的猶予を得ることができる上に、時間的な制約で移植できない臓器も減らすことができます。アメリカ政府と契約して国内の移植システムを監督している非営利団体・Organ Sharingの最高医療責任者を務めるデヴィッド・クラッセン氏は、「影響は絶大なものになるでしょう。臓器移植の方程式から時間を取り除けば、事態は突然劇的に変化します」と述べました。


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