※この記事は、ミレニアル世代のビジネスパーソンを主要ターゲットに、政治、経済、金融、テクノロジー、企業戦略、スポーツなど幅広い分野のニュースを日々配信している「Business Insider Japan」からの転載です。
SNSの広告枠やコミュニティを活用したデジタルマーケティングは一般化した感があるが、SNSのデータを活用したマーケティングは日々進化しており、さらなる注目を集めている。すでに特定の分野では、製品の売上とSNSでの言及量に高い相関関係があることが見えてきているという。
そのSNSマーケティングをさらに進化させる仕組みが、電通グループで始まっている。開発と運用を担っているのが、電通でSNSマーケティングを担当する榎本和記氏と、「Tribe Driven Marketing(トライブ ドリブン マーケティング)」を開発した電通デジタルの吉田初氏だ。SNSマーケティングの最前線でチャレンジし続けている両氏の話から、その可能性を紐解いた。
SNSでのバズをコミュニケーションや販売施策に活かすために必要なこと
榎本和記(えのもと・かずのり)氏/電通 データマーケティングセンターPDM推進グロースコンサルティング5部GM。
「プロモーションを真ん中に置いたマーケティング」、電通でデータマーケティングに携わる榎本和記氏は、従来の方法論を、あえてわかりやすくこう表現する。これは、年に数度、大きなプロモーションを打って、それをきっかけに生活者に訴求し、ある程度、継続して製品やサービスを購入してもらうやり方だ。しかし、情報の入手経路が多様化している今、企業からの発信だけでは、ブランドの評価や製品、サービスの評価が決まらないケースが多いのではないだろうか。プロモーションに加えて、生活者が情報源として重要視するもののひとつが、SNSなどで発信されている生の声だ。必然的に、SNSを活用したマーケティングは存在感を増している。
SNSマーケティングとは、どういったものか。榎本氏は「一般的には、バズの数値化がベースにある」と語る。
「個人的な感覚では、5年ほど前から、Twitterでトレンド入りしたい、というクライアント企業さまからの要望が増えた印象です。大手食品メーカーやファストフード店などが、Twitterでトレンド入りするようなネタを投稿し、反応を見るという施策をやっていました。実際、エンタメ系ではTwitterでバズると売上が伸びるといった相関関係もみられます。私が担当しているゲーム業界では、ソーシャルゲーム、据え置きゲームに関わらず、Twitterでの話題量と売上本数が比例するという関係が見えてきました。また、映画やアニメも発話量が多い方がヒットにつながりやすい。テレビも視聴率だけでなく、Twitterでの話題を重視するようになりました」(榎本氏)。
まさに、SNSをマーケティングに利用しない手はないと感じる逸話だが、課題も抱えていたという。それは、再現性の低さだ。
「Twitterでバズらせるといった大きな目標を立てて、話題化してヒットにつなげる。そのためにはバズらせる企画やキーワードが必要です。しかし、バズる理由を分析しようとしても、分からないことが多い。結局、クリエイターの勘と経験値に頼らざるを得ず、属人的で再現することも難しい状況です。もし、誰がどこにどのように反応してバズったのか、そしてその結果フォロワー増加や製品の売上につながったのかを精密に分析できれば、再現性が高まり、ピンポイントの施策が打てるはず。そう考えていました」(榎本氏)。
この課題感を共有したのが、電通デジタルでデータドリブンな課題解決の⽀援をしている吉田初氏だ。
吉田初(よしだ・はじめ)氏/電通デジタル エクスペリエンステクノロジー部門 ソーシャルテック事業部 事業部長 。2009年より大手専業代理店に勤務、2014年にネクステッジ電通(現・電通デジタル)に入社。SEO・オウンドメディア領域を担当し、さまざまな大手大規模サイト(Eコマース、人材、保険、不動産等)のコンサルティングを行う。その後、ソーシャルメディア領域に参画し、ソーシャルリスニング・戦略設計を主としてデータドリブンな課題解決の支援に従事。Tribe Driven Marketingを開発。
「私も常々、これまでのSNSマーケティングがプランナーの職人的な腕に依存していることを課題に思っていました。加えて、バズることが目的になりすぎて、そのバズが誰に対して、どれくらい認知向上や購買、リピートに貢献したかの評価もできていなかった。その原因の一つが、SNSで発言している人たちを具体的に分析できていないことでした」(吉田氏)。
これらの課題に正面から取り組んだのが、榎本氏と吉田氏が携わった、とあるゲーム会社の案件だ。クライアント企業の担当者から、「ゲーム好きを分析しても抽象度が高すぎて、実際の顧客像が見えてこない。マリオが好きな人とファイナルファンタジーが好きな人は、同じカテゴリーでは括れないでしょう」と指摘を受けた。
そこで、Twitterの発言をもとにデータベースを作成し、ユーザーを共通の興味関心やライフスタイルを持った集団、いわゆるトライブに分類。すると、ゲーム好きといってもさまざまな種類があり、好みや方向性の違いが顕著に表れたという。
榎本氏と吉田氏は「このデータベースによる分析は、ほかの製品やサービスに使える。SNSで発言している人の解像度が高まれば、誰が何に反応してバズっているかが見えてくるはず」と考えた。ここから、「Tribe Driven Marketing(トライブ ドリブン マーケティング)」が誕生することとなる。
SNSの数字ではなく中身に注目した「トライブ ドリブン マーケティング」
トライブ ドリブン マーケティングとは、SNS上のユーザーを共通の興味・関心やライフスタイルを持つ集団である「トライブ」に分類し、そのトライブ基点で分析する独自手法だ。これによって、SNSのマーケティング手法を高度化できるという。
「トライブ ドリブン マーケティングでは、主にTwitterのデータを参照し、個々のアカウントの趣味嗜好を分析します。例えば、Twitterの発言から映画やゲームが好きで子育て世代であるといったIDを抽出してラベリングし、トライブを構築します。
そのトライブの属する人の多くが、ある製品に『いいね』をした場合、その製品はエンタメ好きで子育て世代に刺さるものだと分かります。また、どういった製品やサービスに『いいね』をしているかを分析することで、クライアント企業が想定しているターゲットに合致しているのかの判断も可能です。このように生活者に関する解像度を上げれば、ピンポイントで狙ったターゲットに訴求する方法を考えたり、施策化したりできるようになります」(吉田氏)。
トライブ ドリブン マーケティングの強みは、それだけではない。リアルタイムでTwitterの発言を参照しているので、その反応を元に広告やコンテンツの内容をチューニングすることが可能となる。つまり、非常にスピーディーなPDCAを回すことができるわけだ。
また、前述した従来の広告やプロモーションでは、接触時のみの評価に留まり、それ以降のユーザーの動きを捉えることが難しいという課題があった。この課題に対しても、Twitterでの発言を追うことで事後分析が可能となり、効果をより精緻に分析することができるようになる。
「先ほど、バズるためにクリエイターの勘と経験値に頼っていたという話をしましたが、トライブ ドリブン マーケティングはどのトライブにどういったクリエイティブが刺さったかを可視化することで、再現性を上げることができるので、クライアント企業さまにも提案しやすくなります」(榎本氏)。
これまでのSNSマーケティングを進化させ、より個の解像度を高めたトライブ ドリブン マーケティングだが、榎本氏は「従来とは思想と目的が異なる」と語る。
「これまでのSNSマーケティングの指標は数でした。しかし、トライブ ドリブン マーケティングは、その中身に注目しています。つまり、どういう人が何を言ったかに重きを置いている。意外かもしれませんが、これまで、発言者の特性を深く解析できるツールはありませんでした。そこに注目したのが、今回の大きなトピックです」(榎本氏)。
どういう人が何を言ったかに注目する。一見、当たり前にも聞こえるが、そう簡単なことではない。そもそも、トライブを構築するには、その前提となるデータを大量に集める必要がある。また、ある特定、例えばファッションでのトライブを構築するには、当然、その分野に詳しい人間が携わらなければならない。
「だからこそ、電通グループの強みを活かせると考えています。ありとあらゆる業種業態に関する知見を集めるのはもちろんのこと、さまざまなクライアント企業さまとのお付き合いがあり、高い専門性を持った人材が数多くいる。さらに、精度の高いトライブを構築するだけでなく、そこに刺さるクリエイティブまで一気通貫で提供できる体制も持っています」(吉田氏)。
広告施策やコミュニケーションプラン立案でみえてきた成果
電通グループの強みを活かすトライブ ドリブン マーケティングだが、具体的にはどういった価値を提供できるのか。前述した「トライブごとの可視化」における事例について、吉田氏と榎本氏、それぞれが説明してくれた。
「大手VODサービスの利用者でアニメ好きのトライブを構築しました。アニメ好きといっても、王道少年漫画アニメが好きな層もいれば、美少女・恋愛モノが好きな層、アイドル育成モノが好きな層などが存在します。そこで、6つのパターンに細分化したトライブを構築し、それぞれが興味を持ちそうなアニメを配信で案内したところ、従来よりもコメントやリツイートが約3倍に増えました。これは、正しいターゲティングができている証です」(吉田氏)。
「あるゲームの広告施策で、そのゲームに興味を持つトライブを構築し、トライブの声を拾いながらクリエイティブを作成。非常にエッジの立った企画とベーシックな企画の両方を展開したのですが、前者のほうが圧倒的に結果を出すことができました」(榎本氏)。
トライブ ドリブン マーケティングの活用は、広告施策だけに留まらない。コミュニケーションプランの立案でも、一定の成果を出したという。
「ある虫対策に関する商材の案件で、想定ターゲットのゴルフを趣味とする人やフェスに行く若者に需要があるかを調べることになったのですが、Twitterの発話を分析すると、山や草むらで昆虫などの写真を撮る人や子育てへの興味関心の高い方々が虫の被害に対して高い関心を持っていることが分かりました。クライアント企業さまの想定とは大きな乖離があり、最初にゴルフ愛好家やフェスに行く若者をターゲットにしても、Twitterで話題になる可能性は低いとお伝えしました。代わりに、まずは興味関心の高い層へのコミュニケーションからご提案することができました」(吉田氏)。
AIによってさらに進化するトライブ ドリブン マーケティング
現在、Twitterの全量データを活用しているトライブ ドリブン マーケティングでは、TikTokでもトライブの構築や分析を始めている。そして、吉田氏はさらなる進化を見据えて、今後の展望をこのように語る。
Twitterの全量データをはじめとした膨大なSNS上のデータを活用するためにはAIの力が欠かせません。ポイントは二つあり、一つは分析の精度を向上させる為に、ターゲットや課題に沿ったデータを見つけて精査することに使います。もう一つはクリエイティブ施策を検討するために、訴求軸のバリエーションから想定される効果を導くことなどに使います。
トライブのデータをAIで正しく使えば、フォロワー数が多くない企業さまでも手軽にクリエイティブや広告施策にも活用できます。現在はトライブごとのデータ特性などを生成AIに搭載し、解析する仕組みを開発中です」(吉田氏)。
榎本氏は「これからの行動データは、数値と言語が上手くハイブリッドされていく」と予見する。数値とは従来のデジタルマーケティング、言語とはTwitterを始めとしたSNSの発話から読み取れるデータだ。
「電通グループの強みは、その両方を扱えること。デジタルマーケティングの世界は、数字を扱い続けて効率化してきました。これからは、一人ひとりのユーザーが何を思い、どういったことを好むのかが重要になります。それが如実にわかるのが、TwitterなどのSNSから読み取れる言語データ。しかし、言語データの可能性は、まだ突き詰められていません。トライブ ドリブン マーケティングは、その言語データの可能性を突き詰めて、さらなる高度化に貢献できると考えています」(榎本氏)。
GDPR(EU一般データ保護規則)や改正個人情報保護法の施行により、これまでデジタルマーケティングで大きな役割は果たしてきたCookieによる情報取得は、過去のものとなった。その状況において、生活者のことを深く理解し分析できるSNSデータの価値はより高まるはずだ。マーケティングは常に進化を続けてきたが、トライブ ドリブン マーケティングもその歴史のひとつとして振り返られることになるかもしれない。
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