「EOS Kiss」はキヤノンのエントリー向け一眼レフ製品シリーズとして知られる。小型・軽量が特徴であり、低価格でもあるため初心者向けの商品として人気だ。しかし2020年11月発売の「EOS Kiss M2」を最後に、EOS Kissシリーズとしての新作は出ていない。スマホカメラの高性能化が進むなか、これはエントリー向け一眼レフからの撤退を意味するのだろうか。取材も交えながら、キヤノンが見据える今後のカメラ製品の戦略について調べてみた。
EOS Kissシリーズの特徴
EOS Kiss シリーズの特徴を3つあげるとすれば(1)小型、(2)軽量、(3)低価格である。小型で使いまわしがよく、重量面では中級者~上級者向け一眼レフの本体重量(レンズ別)が1kg以上するのに対し、EOS Kissシリーズの本体は400~500g程度しかない。カメラの価格はピンキリであるため全体的な相場はないが、本体だけで20~30万円するものが多い一方、EOS Kissシリーズはレンズ込みで10万円程度である。低価格とはいえ19年に発売された「EOS Kiss X10」のスペックを見ると、センサーサイズはAPS-C・画素数は約2410万画素であり、エントリーモデルとしては十分な性能だ。
EOS KissシリーズはテレビCMでも頻繁に宣伝され、初心者向け一眼レフとしての一定の地位を確立したが、20年11月に発売された「EOS Kiss M2」を最後に新作は出されていない。そのうえ前作の「EOS Kiss M」を含め同製品はミラーレスであり、そもそも一眼レフではないのだ。スマホカメラの高性能化や国内での一眼レフ離れが進むなか、キヤノンがエントリーモデルや一眼レフ製品の販売を縮小するのではないかという憶測も聞かれるようになった。そこでキヤノン広報部へ取材を申し込み、今後のカメラ戦略について同社がどのように考えているのか聞いてみた。
Kissを外したのは世界名称の「EOS R」シリーズに統一するため
「エントリーモデルとして知られるEOS Kissシリーズが更新されないのはなぜか、スマホカメラの高性能化による初心者の一眼レフ離れが背景にあるためか」という質問に対し、キヤノンは、そもそも初心者向け一眼レフ/ミラーレスの需要が減少しているとは考えていないと回答した。プロからエントリーまでを対象としたフルラインアップ戦略をとっているため、初心者向けモデルから撤退を決めたわけではないという。今年3月に発売された「EOS R50」は「EOS Kiss M2」のコンセプトを受け継いだミラーレス一眼であり、5月には小型・軽量、初心者向けを訴求した「EOS R100」も発売されている。製品名にKissを付けなかったのは全世界で統一名称を使うためだそうだ。EOS Kissというブランド名はもともと国内向けにしか展開されておらず、例えば20年発売の一眼レフ「EOS Kiss X10i」の北米名称は「EOS Rebel T8i」である。
一眼レフ&ミラーレスの両輪で攻める
国内市場では一眼レフの需要が軟調に推移している一方、ミラーレスの需要は伸びている。なかでもニコンはいち早くミラーレスへの転換を加速させたメーカーとして知られる。この点について質問してみたところ、キヤノンでもミラーレスの需要が伸びていることは従来から認識しており、「EOS R システム」の拡充を進めているそうだ。EOS R システムはミラーレス一眼で使われるイメージングシステムであり、18年に発売された初号機の「キヤノン EOS R」以降、同システム搭載型のミラーレスが発売されている。新型のRFマウントも従来品と異なるサイズだ。とはいえ一眼レフの需要が依然高い国があるほか、既存の一眼レフユーザーを大事にしたいという考えもあるため、当面は一眼レフとミラーレスの両輪で対応していくそうだ。
「EOS Rシステム」の圧倒的な表現力で勝負、動画やVRなど新たな対応も
iPhoneを筆頭にスマホカメラの高性能化が進み、初心者でも綺麗な画像や動画を撮れるようになっている。こうした状況において、一眼レフ・ミラーレスなどの専用カメラの行く末が気になるところだ。キヤノンにおいてカメラ関連のセグメントであるイメージンググループの売上比率は20%と依然として高い。そこで「スマホのカメラが高性能化している中、コンシューマー向け商品においてどのような戦略をとっていくのか」という質問したところ、次のような回答を得た。
スマホカメラは高性能化しているものの、光学技術・大型センサーによって作られるカメラ画像の情報量・画質は圧倒的に優位であり、キヤノンは今後も、より「きれい」「映える」映像を撮りたいというニーズに対応していくようだ。具体的には、「EOS Rシステム」搭載カメラにおいてフルサイズからエントリーモデルまで提供し、ラインアップ強化を進めるとしている。一眼レフ製品を提供しつつもEOS R システム搭載カメラを拡充させるということはやはり、ミラーレスへのシフトを強化するということなのだろう。同社が言うように今後、初心者から上級者向けまで同システム搭載型のミラーレスが次々に発売されていくものとみられる。
加えて、通常の動画撮影やVR映像撮影に対応した製品も拡大するとのこと。YouTubeやInstagram用動画を片手で簡単に撮れるVlogカメラ「PowerShot V10」を6月に発売するほか、VRレンズもすでに発売されている。
ラインナップ強化
今回の取材を通じて消費者向けカメラ製品におけるキヤノンの戦略が見えてきた。EOS Kissシリーズの新製品は発売されなくなったものの、それはエントリーモデルからの撤退を意味するのではなく、世界で製品名称を統一させる目的にすぎない。そのうえで「EOS Rシステム」搭載カメラのラインナップ強化を進めるとしており、エントリーからプロまで幅広い層を対象にしながらミラーレスへ重点をシフトさせるようだ。キヤノンは各社のなかでも特にフルサイズミラーレスで出遅れたといわれてきたが、今後の巻き返しに期待したい。
(文=山口伸/ライター)