イーロン・マスク氏が紆余曲折の末Twitterを手に入れてから6カ月。ようやく同氏の計画が見えてきた。
物議を醸す大富豪が思い描くのは、Twitter 2.0をWeChatのようなスーパーアプリに変えることだ。友人との会話から日用品の買い物まで何でもできる。とはいえ例外もある。その唯一の例外が広告の閲覧だ。これまで同様、マスク氏にとって広告主の優先順位は高くないらしい。
要するに、4月中旬に開催されたポッシブル(Possible)のカンファレンスで、マスク氏が非公式に話したように、「最も重要なのはTwitterから言論の自由が失われないことであり、その結果、広告収益が損なわれるのであれば、それは致し方ない」のだ。
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肝心なのは、マスク氏の優先順位リストで、広告主の順位が低いことだ。もしリストに載っていれば、の話だが。
DAUは増加も広告主は距離を置く
Twitterは、主義主張に関係なく、誰でも自由に話すことができるオープンフォーラムであるべき――マスク氏はそう考えている。また、オープンフォーラムには、支持しないまでも、極右勢力のコメントや不適切なコンテンツ、女性差別の投稿をはじめ、さまざまな意見が含まれる。要するに、こうしたアカウントは今でもTwitterで投稿が可能だ。とはいえ、今後、広告営業の対象にはならないだろう。そもそも広告主は自社のコンテンツの周りにこうした投稿があるのを嫌がるものだ。
「トライ&エラーを繰り返している最中で、重要な収益源から背を向けるとは驚きだ」。そう話すのはオプティマイン・ソフトウェア(OptiMine Software)のCEOマット・ボーダ氏だ。「それに、マスク氏が強化を続けているのは、ブランドセーフティを損ない、これまで同様、大手広告主が嫌がるような内容だ」。
2022年10月28日のマスク氏買収以来、周知のとおり、Twitter本社の状況は混とんとしているものの、同社のデイリーアクティブユーザー数(DAU)には若干の増加が見られる。
収益の数字から、Twitterの2022年第1四半期は、収益化可能なDAU(mDAU)が平均2億2900万人であることがわかる。マスク氏の買収計画が報じられたのは、同四半期のあとだ。しかしながら、モバイルアプリ分析を専門とするアップトピア(Apptopia)によれば、2022年10月以来、この「青い鳥」のプラットフォームはDAUの平値が2億4680万人で、毎月130万人の新規ユーザーが増加しているという。そうなると、ユーザーが今すぐ一斉にTwitterをやめたところで、それに変わるプラットフォームがないのは明らかだ。
それに、オーディエンスがどこにいこうと、たいてい広告主はオーディエンスの動きに連動するものだ。とはいえ、マスク氏がTwitterを正式に買収して以来、混乱(ヘイトスピーチの増加情報、永久凍結されたユーザーの復活、ほぼ毎日聞かれるブランドの安全性に関する懸念)が続いていることを考えると、広告主はTwitterから距離を置かざるを得ない状況にある。Twitter本社に問い合わせたところで、限られた人数のスタッフしか残っていないので、対応が遅くても我慢するしかない。もし対応があれば、の話だが。
Twitterは常に2番手のプラットフォーム
マスク氏の注意は、TwitterのサブスクリプションサービスTwitter Blueであれ、クリエイターの収益化(どちらかというと、収益化の欠如)であれ、Twitterのほかの部分に向いている。マスク氏のTwitter取得から6カ月を全般的に見ると、マーケターにとってそれほど多くは変化していない。
市場調査会社パスマティクス(Pathmatics)のデータによれば、大混乱が続いた結果、Twitterに使用される広告費は、2022年10月の1億5660万ドル(約211億円)から2023年4月には(4月27日現在)7690万ドル(約104億円)へと激減している。さらに具体的な数字を見ると、2022年10月16日から22日の1週間(イーロン・マスク前)のTwitter広告主上位20社(たとえば、大手消費財メーカーのモンデリーズ・インターナショナル[Mondelez International]やコカ・コーラ・[The Coca-Cola Company]、マイクロソフト[Microsoft]など)は、マスク氏による買収以降、週単位で広告費を減らし続けている。パスマティクスによれば、2022年10月のマスク氏買収直前の1週間と比較すると、2023年3月最終週は広告費が87.5%の減少を見せた。
なお、2023年の広告主上位20社は、極薄タブレットのリマーカブル(reMarkable)、醸造会社アンハイザー・ブッシュ(Anheuser-Busch)、酒造メーカーのレミー・コアントロー(Remy Cointreau)のようなブランドが占めている。また、上位20社の現在の平均支出額は2022年10月より51%ほど低い状況だ。
Twitterは常に2番手のプラットフォームとして考えられてきた。つまり、広告予算が潤沢であれば試しに活用するにはちょうどよいが、予算が厳しくなると、プラットフォームのなかでいち早く削減されやすいオプションである。そもそもマーケターが広告予算を注ぎ込みたいと思うのは、最高の費用対効果が期待できるプラットフォームなのだ。
広告収益は28%の減少予測
Twitterはこれまで広告主にさまざまな提案をしてきた(たとえばスーパーボウル2023のアクティベーションなど。詳細はこちら)。しかしながら、今後、すべての広告主がTwitterに戻ってくるとは限らない。
たとえば、調査会社インサイダー・インテリジェンス(Insider Intelligence)の首席アナリスト、ジャスミン・エンバーグ氏によると、同社では、Twitterの広告収益が今年2023年は約28%減少すると予測している。
インサイダー・インテリジェンスの予測では、今年2023年、世界の総デジタル広告費のうち、Twitterが占めるのはわずか約0.5%であり、来年はさらに0.4%へと下がるという。それに比べて、メタ(Meta)およびTikTokはそれぞれ2023年の総デジタル広告費の20.1%と2.2%、また、2024年は20.1%と2.6%を占めるという。Twitterと同じく2番手のプラットフォームであるPinterestとSnapchatは、両年とも総デジタル広告費のそれぞれ0.5%と0.6%になるとみられる。
「Twitterの広告収益はこれまで大半が大手ブランドのものであり、大手ブランドは小規模な広告主と比べると、はるかにリスク回避に走る」とインサイダー・インテリジェンスのエンバーグ氏は話す。「依然として一部の大手広告主は広告費を出しているが、イーロン・マスク前とは規模が違う。それに、マスク氏がTwitterの最大の問題なのは間違いないが、問題はそれだけではない」。
広告主の信頼を取り戻そうとする動きも
買収から6カ月が過ぎ、マスク氏はいろいろと発言しているが、広告主のために業績を改善できるかどうかはまだ定かではないとエンバーグ氏は話す。また、Twitterの私物化により、今後の動向が以前よりもさらに見えにくくなる。
しかしながら、米DIGIDAYが複数の情報源に取材したところ、Twitterに残った広告主はCPMの15%から30%減額というメリットを享受しているという。
さらに、Twitter 2.0が好調を見せるなか、Twitterは広告主の信頼を取り戻そうとエージェンシーとの関係改善に取り組み始めた。これまで担当者はエージェンシーと四半期ごと、もしくは問題が生じた場合に連絡を取っていた。
現在は月1回会合が開かれている。エージェンシーのアセンブリー・グローバル(Assembly Global)でSNSおよびコンテンツのグループディレクターを務めるアシュリー・ハンメル氏の場合は少なくともそうだ。同氏は、製品やブランドの安全性に関する最新情報を毎月ニュースレターでも受け取っており、変更や最新情報が発表されるメールも受信しているので、リアルタイムで情報が得られるという。
「Twitterはイーロン・マスク前よりもかなり変わってきた。現在、担当者はとても積極的に最新情報を提供してくれている。それに比べて以前は、製品やブランドの安全性に関する情報はこれほど頻繁にもらえなかった」とハンメル氏。
Twitterの進化
マスク氏はすでに舞台裏で、11月のTwitterの進化に向けた布石を打ち始めている。ニューヨーク・タイムズ紙(The New York Times)の報道によると、同社は米財務省金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)に登録申請をすませ、決済サービス実現に近づいている。
それ以降、裁判書類から、Twitterは「X Corpに吸収合併された」ことや、「もはや存在していない」ことが明らかになった。また本件は、4月のカンファレンス、ポッシブル(Pssible)にマスク氏が登壇したあとにも確認されている。この登壇では、Twitterのリブランディングがユーザーに明らかにされており、5月18日に実施予定のサービス利用規約およびプライバシーポリシーに関する最新情報も伝えられた。
とはいえ、これはマスク氏の単なる思いつきではない。Xは、マスク氏がX.comのドメインを入手して以来(その後、PayPal創業へ)、同氏の目標だった。自称「Chief Twit」の目には、ようやくアイデア実現の好機が到来したと映っている。
インサイダー・インテリジェンスはこれまでも、米国人は自分のデジタルアクティビティの一部を1つのアプリにまとめる考え方を受け入れやすいのではないかと考えてきた。つまり、スーパーアプリは創り出す価値があるということだ。しかし、エンバーグ氏が見たところ、アクティビティをまとめるアプリとしてTwitterが圧倒的に推される兆しはないようだ。
「そもそもSNSは人から信用されていないし、Twitterも信用されていない。イーロン・マスクも信用されていない。これは広告主やユーザーにしても同じだ」とエンバーグ氏。個人情報や支払情報をTwitter(というよりX Corp)に委ねようと思う個人や企業を増やすには、信用度を高める必要がある。そうしなければ、スーパーアプリ足るさまざまな機能を使えるようにはならない。もちろん、こうした大胆なアイデアが受け入れられるようになるには時間がかかることは言うまでもない。
さらに、Twitterをそれほど信用していない広告主を説得して、米国でまだ実績のないプラットフォームに乗り換えてもらうのはマスク氏にとってなかなか厄介だとエンバーグ氏は話す。「イーロン・マスクという人物を信用できればいい、という話ではない。このプラットフォームにはそれなりの価値があると広告主が思えるかどうかなのだ」。
「スーパーアプリ」化は可能か
つまりTwitterが、少なくともX Corp再構築というテーマをマーケターに切り出したのだ。ハンメル氏いわく、Twitter担当者と交わした話は、ちょうどFacebookがメタにリブランディングしたときの感覚と似ていたという。ただし、Twitterという社名はX Corpに変わったものの、プラットフォームの名称は今後もTwitterとして残ることになる。
「これからTwitterが、傘下のショート動画アプリVineの再導入など、新たなプラットフォームやサービスの拡大を模索するのは、これから進む道として意味があると私は思う」とハンメル氏は話す。
しかしながら、大きな問題もある。アジアで成功したスーパーアプリを米国でそのまま使うのは難しいという点だ。アジアのオーディエンスは日々のアクティビティをあれもこれもすべて万能アプリに保存しているが、米国のオーディエンスはまだそのような状態にはない。今でもプラットフォーム各社がソーシャルコマースを効果的に稼働させようとして苦労しているのは、そこに理由がある。
コミュニケーションエージェンシーのハッチグループ(Hatch Group)でソーシャル担当責任者を務めるジャック・ムーア氏は、「Twitterがスーパーアプリになるのは可能だ。ただし、その『スーパー』はあくまでも、さまざまな機能を提供し、生活のほぼすべての要素をカバーするという意味だ。競合アプリを総なめにして、米国のユーザーが誰でも『アプリと言えば、これ』と名指しするようなスーパーアプリになるのは、生半可なことではない。不可能だといってもいいくらいだ」と話す。「イーロン・マスクには、そうしたアプリを構築する能力が間違いなくあるし、その決意も揺るぎないものだと思う。ただ、消費者は果たして本当にそういうアプリを欲しがっているのだろうか。私が疑問に思うのはその点だ」。
[原文:Six months into Elon Musk’s Twitter takeover — here’s what we know so far about his plan]
Krystal Scanlon(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)