トカゲ、筋トレ中。
沖縄には腕立て伏せをするマッチョなトカゲがいるという。どんなトカゲなのだろうか。筋トレ部としては見に行かないわけにはいかないだろうというわけで、夏休みの午後、トカゲを探して山へ入りました。
※2007年8月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。
トカゲ研究の坂爪くん
今回トカゲ探しに付き合ってくれるのは大学生の坂爪くん。彼は卒業研究でトカゲの足の速さを研究しているのだという。世の中にはまだまだ調べるべき事象がたくさんあるのだ。バイクで颯爽と現れた坂爪くんは言葉すくなに僕に虫除けスプレーと軍手を貸してくれた。あと10歳若かったら、そして僕が女性だったらこの時点で惚れていた。
「それじゃ、行きましょうか」
坂爪くんに先導されていよいよ山へと入る。どうでもいいけど彼のつなぎがまた格好いいのだ。たぶん彼にとっては単なる作業着なのだろうけど、僕の一押しのTシャツよりも明らかに格好いい。明らかに着てる人の差だ。そして格好いい男性を素直に格好いいと言えるようになった僕は以前に比べて大人になった(かつてはくやしいので絶対に褒めなかった)。
まあそんなことどうでもいいので、山へ入りましょう。
森、一気に深まる
少し歩くだけで草木は僕たちの背丈のレベルを超えてくる。こちらに暮らす前、僕は沖縄って小さな島だと思っていた。ところが実際に暮らしてみると、町のすぐ近くまで底なしのジャングルが広がっていた。とても奥が深い。
森にはいろいろな生き物が生きている。見たことのない昆虫が群れを成していたり、でかいクモがきれいな巣を張っていたり。そんな周りのものにいちいち感動していると、一瞬の間に前を行く坂爪くんとの距離が開いてしまう。ここではぐれたらたぶん僕は帰られないだろうと思い必死でついていく。
森はどんどん深くなっていく。歩きながら坂爪くんに一番の懸案事項を尋ねてみた。
ハブ、いませんかね
「いると思います」
あ、やっぱり。だけど坂爪くんは特に臆することなくがしがしと進んでいく。かっこいい。反して僕は一歩ごとに腰が引けてゆく。そんな僕を励ますように坂爪くんは言う。「ハブって2回目までは咬まれても血清が効くらしいんですよ、だけど3回目咬まれるとだめっていいます」。
僕は一回咬まれるのも嫌なのに坂爪くんはすでにその先のことを考えているのだ。かっこいい。
いた!
さらに歩みを進めること10分。坂爪くんの足が止まった。ハブか。
「いましたよ、安藤さん。」
ハブですか。
「ほら、あそこ。見えますか。」
ハブなら見たくないですが。恐る恐る坂爪くんの指差す方向へと視線を移すと、そこには見事な緑色をしたトカゲが木にしがみついていた。ハブじゃなかった。これが今回探していた腕立て伏せをするトカゲ、オキナワキノボリトカゲなのだ。なんというか、すごくかわいいぞ。
オキナワキノボリトカゲ
オキナワキノボリトカゲは奄美と沖縄、それと九州の一部にのみ生息する珍しいトカゲだ。全長は20センチ以上ありそうだが、そのほとんどが長い尻尾。人が近づくとらせん状に木を周りながら上へと逃げていく。その様がまたとてもかわいいのだ。
しかしそのかわいさがうけてペットとして捕獲されることも増えているのだという。それ以外にも沖縄にハブ退治のために持ち込まれた外来種マングースが、ハブを食べずにこのトカゲを食べたりするらしい。まずハブ食えよ、とか思うが、僕がマングースだったらやっぱりハブは怖いのでトカゲを狙うだろう。かつては街路樹にもいたこのトカゲだが、徐々に数が減少し、こういう人里はなれた山の中でしか見られなくなってしまった。今では環境庁指定の絶滅危惧種にまで認定されている。ここにも人間の都合で危機にさらされている自然があった。
それでも一度目がトカゲモードに入ると、あちこちの木でじっとしがみついている彼らを見つけることができた。オキナワキノボリトカゲ(特にオス)は縄張りをしっかりと持っているらしく、トカゲの一匹いる木とその周辺には他の固体はいないのだそうな。かっこいい。
僕がトカゲを探してきょろきょろしている間に坂爪くんはすばやく一匹捕獲していた。さすが研究者、やることが大胆だ。
トカゲは捕まえるととても小さく見えた。やはり木に登っている時が一番輝いている。それからこのトカゲは感情の変化等で体の色を変えるのだという。木に登って自分の縄張りを誇示しているときには鮮やかな緑だったのだが、捕まったり他のオスに縄張り争いで負けたりすると黒くなってしまうことがあるのだとか。とてもデリケートだ。
トカゲはもちろんつれて帰ることはせずに逃がした。というか触ろうとうかつに手をだした僕が咬まれ、びっくりして逃がしてしまったのだ。歯はさほど鋭くないようだが、あごの力は意外なほど強く、軍手をしていても咬まれると痛かった。
腕立て伏せはしてくれるのか
おなかいっぱいトカゲを見たのでそのまま満足して帰りそうになってしまったが、今日の目的はこのトカゲが腕立て伏せをする場面を見ることだ。
オキナワキノボリトカゲは敵が近くに迫ると威嚇行動として腕立て伏せをするのではないかと言われている(本当のところはトカゲに聞かないとわからないわけだけれど)。なので捕まえるときのように木の後ろからこっそりと近づくのではなく、堂々とこちらの存在を誇示しながら近寄っていくとまれに腕立て伏せしてくれるのだという。今日はしてくれるだろうか。一匹のトカゲにターゲットを絞り、胸を張って近づいてみた。
僕たちの姿を目の端で捉えたトカゲは一瞬逃げようと構えたように見えた。しかし次の瞬間、木にしっかりとしがみついたままカクカクと動き始めた。
腕立て伏せしているのだ。
うまいタイミングで動画を撮ることができなかったので連続写真の組み合わせになってしまったが、確かにカクカクと動いて腕立て伏せをしているように見えるだろう。これは坂爪くんもそれほど見たことがない貴重な光景なのだという。実際近づいて行ったとき、腕立て伏せをしてくれたのはこの一匹だけだった(あとのは上に向かって逃げてしまった)。
また、会いに行きます
腕立て伏せするトカゲは本当にいた。そしてその様子は威嚇行動とは思えないくらいにキュートだった。僕はすっかりオキナワキノボリトカゲのことを気に入ってしまい一緒に暮らしたいとすら思ってしまったが、一気に小さく見えてしまう捕まった彼らのことを思い出して、やっぱり自然動物は自然の中で見るのが一番美しいのだ、と改めて思った。また彼らに会いに森に行きたいと思う。