豚肉が好きである。
子供のころは当たり前のように牛肉が一番おいしいと思っていた。
大学生のころは一周回って鶏肉とか言っていた。本当はうどんの方が好きなのに、そっちの方がかっこいい気がしてそば派を詐称していた時期でもある。もちろん両方おいしいけれど。
でも30手前になった今、本当に豚肉をおいしいと心から思えている。
そんな今だからこそ、噛みしめて味わいたい。
そう、特上のとんかつを。
松竹梅ときたら無難に竹を頼む人生
とんかつ屋さんに一人で行く。そして一番高いかつを頼む。大人になったらやりたいことのうちの2つである。一気に片付けてやるよ。
特上、松竹梅とかランクがつけられているものを頼むことは勇気がいる。値段を見て怯えて震えながら、でも一番下のものを頼んだらお店の人に殴られるんじゃないかと思って真ん中らへんのランクを選ぶ。そういう人生を送ってきた。
でも今日はジブン、最初から一番高いモン食うって決めてるんで。
うまいとんかつがあると聞いて浅草橋にやってきた。お昼どきを外してきたので人は並んでいなかった。
お店に入るとすぐに食券の機械が置いてあった。頼みやすくてありがたいな。
一番高いものを、と思っていたが、そうなると400gの「リブロースかつ定食」になる。400g。食べられる気がしないぞ。
ということで2番目に高い「特ひれかつ定食」を注文した。特上じゃなくて申し訳ない。でも単品でカレールーをつけた。わたしは平気でそういうことをします。
こだわりの塩で食べるという所作
カウンター席に通され、着席すると張り紙が目に入る。
ナマック岩塩独特の硫黄のような香りと肉の脂の相性がいいらしい。見たことのない暗めの色をしている。
たしかに硫黄のような風味が広がる。燻製みたいだ。これだけ舐めてお酒飲む人がいそうだなと思う。これにゆで卵をつけて食べたら気軽に温泉気分に浸れそうでいいな。
ちょうど塩をなめている間にとんかつがきた。ごはんの時間である。
カレー、豚汁。すべてに豚が入っている。 豚三昧だ。サイコー!
「塩で食べる」を実践するとき、なぜか少し恥ずかしい気持ちになるが、公式の勧めなので堂々と食べるぞ。
食べて最初に感じるのがお肉の柔らかさだ。
昨今はすでに煮込んだり低温調理してほろほろの状態の肉を揚げるタイプのとんかつも出てきているらしいが、これは生のまま揚げているっぽい。ほどけるような食感ではなく、ちゃんとある程度の噛み応えはありつつ、それでいてやわらかいのである。
スポーツ選手といった、めちゃくちゃ健康な人の筋肉はおもちみたいに柔らかいと聞いたことがある。きっとそれと一緒なのだろう。この豚は健康そのものだ。健康な豚の肉を、先日健康診断で脂質異常と指摘されたばかりの人間が食っている。ごめんな。
3つの岩塩を比較して、正直ピンクと白の違いはわからなかった。
ナマックは硫黄のような香りがお肉の甘味を引き出しているようで一番お米が進んだ。自宅にほしい。カルディで売ってないかな。
もう間違いないと思った。しっかりとスパイシーなカレーが肉とお米を進ませる。幸せってこのことだと体の奥底から感じる。
ちょうど、もう食べられそうにないかもしれないというところで綺麗に胃に収まった。カレーをつけて正解だったんだ。ちょっと苦しいけど。
年を重ねて揚げ物が食べられなくなる前に、あと30回は食べに来よう。そう誓いながら残りの麦茶を飲み干した。店内には倖田來未が流れている。隣の卓のお兄さんが絞るレモンのさわやかな香りが届く。年の暮れの寒い日、15時のことである。