研究論文でやったらあかんやつきた。
アメリカの新聞社、Boston Globe(ボストン・グローブ)は11月中旬、水素をエネルギー源とするメリットについての査読付き論文の研究費を化石燃料産業の有力団体が負担したうえに、草稿段階で利権者が大きく関与したことに論文で触れていない問題について報じました。同紙が入手した文書によると、政策立案者に対する提案文書の大部分を業界関係者が作成したり、発表前に見直しや変更を提案したりすることが許されていたのだそう。ゆ、癒着ぽくないこれ?
業界団体による恣意的な水素推し
Boston Globeが報じた論文は、マサチューセッツ大学ローウェル校の研究チームによるもので、9月にFrontiers in Energy Researchで発表されました。この論文は異なる種類の水素に関する研究を検証し、マサチューセッツ州の将来的なエネルギーミックスに最も適した水素の取り入れ方を提言しています。
論文の序文には「水素経済は、複数部門にまたがる経済的利益や温室効果ガス排出量削減に加え、災害に強い電力網を提供する可能性に満ちています」と書かれています。
多岐にわたる産業を代表する企業連合であるAssociated Industries of Massachusetts(AIM)がこの研究のスポンサーということは論文に記載されています。しかし、Boston Globeが公文書公開請求で入手した電子メールによると、天然ガス大手のNational Grid(ナショナル・グリッド)のような、同連合に加盟する化石燃料企業のうち、水素のメリットをアピールする研究によって利益を得る企業が、研究費提供や最終稿のレビューを直接依頼されていたことがわかりました。しかも、著者はその事実を知っていたにもかかわらず、論文ではそのことに触れていません。い、隠蔽(いんぺい)ぽくない?
ここ数年、エネルギー政策の転換をめぐる議論で、代替エネルギーとして水素燃料の人気が急上昇中。製造過程で天然ガスなどの化石燃料を使うブルー水素や、再生可能エネルギーを利用するグリーン水素など、いろんな水素があります(ピンクやグレー、イエローなどなどいろとりどりのセカイです)。で、水素だったら既存のパイプラインやインフラをそのまま使って化石燃料の代替にできるじゃんとなれば、必ずやってくるエネルギー転換が心配でしょうがない業界にとっては魅力的。でも、家庭用暖房に利用できるのかどうかなど、水素が抱える多くの問題点については触れていないんですよね。化石燃料産業が出資していない研究結果で、水素は経済的でもなければ、二酸化炭素を排出しない家庭用暖房ソースとして合理的でもないことがバレちゃっています。
利害関係者が論文にアクセス
この研究の共著者のひとりで、マサチューセッツ大学ローウェル校の元ビジネス開発ディレクターであるMary Usovicz氏は、ガス産業で何十年も働いていていました。そしてそのUsovicz氏と毎週顔を合わせるほど親交があるAIMのロビイスト、ロバート・リオ氏は発表前の論文にアクセスを許されていたのです。Boston Globeが入手したある電子メールで、Microsoft Word文書の変更履歴から、草稿の段階で序文の一部と最後の政策立案者に向けた提言にリオ氏の関与が認められました。
ほぼリオ氏が書いたセクションには、「化石燃料の一部を水素で代替すれば、温室効果ガス排出量を削減し、2050年にネットゼロという州の目標達成に貢献できます。また、水素が広く普及すれば、世界的な排出量削減に役立つというのが我々の結論です。コスト面や安全性などの課題は、適正かつ適切な規制によって克服できると考えます」とあります。推しまくっていますね…。
一方、天然ガス大手National Gridの関係者も草稿へのコメントを許可されていました。研究費を提供した同社がAIMと化石燃料利権者団体に所属していた事実は、論文の主執筆者であるChristopher Niezrecki教授も知っていました。Usovicz氏は2021年1月、National GridやEversource(エバーソース)、Enbridge(エンブリッジ)などのエネルギー・パイプライン関連企業から5万ドル約686万)の研究費を得たことをNiezrecki氏に電子メールで伝えています。
テンプレいいわけのオンパレード
論文について、マサチューセッツ大学ローウェル校広報のジョナサン・ストランク氏はEメールでEartherにこう述べました。
マサチューセッツ大学ローウェル校は、マサチューセッツ州におけるグリーン水素の利用について一切見解を持っていませんが、先進的なエネルギーと持続可能性というテーマについて幅広い専門知識を持つ教員を揃えており、産業界とは長い協力関係にあります。当大学のグリーン水素レポートは、その課題や可能性を評価し、工学から経済学まで複数分野の視点を通して、さらなる社会的・科学的議論を行なうためのものです。今回の研究は査読を経ており、当大学の研究方針にも沿っています。マサチューセッツ大学ローウェル校は、研究結果を全面的に支持します。
一方、AIMの代表者はEartherのコメント要請に対して回答しませんでした。
National Gridは、Boston Globeに対し「脱炭素社会のソリューションとして、水素の可能性についてのさらなる知見を得るため、この研究をぜひ支援したいと考えました」と述べました。テンプレ通りの回答ですね。
ずるいほど得をする?
化石燃料産業は、すでに学術機関に資金を提供し、 政策立案者による評価を高める方法を見つけつつあるようです。今回の研究は、産業界の利益や主張が査読を経た研究に入り込めることを物語っています。そして、このような研究を公表することは、業界にとって政策の進展という面でもメリットがあるんです。その証拠に、水素の研究が本格化した昨年、Usovicz氏が州議会議員と会談した後に、水素関連法案が2本下院に提出されました。
水素に関する研究結果を発表しているコーネル大学の生態学教授であるロバート・ハワース氏はBoston Globeにこう話します。
個人的に、学術的に論証しがたいほど偏りがあり、誤解を与える今回の研究をそのまま学術誌に掲載すべきではなかったと考えています。
研究費の資金源は論文の信頼性を左右する重要なチェックポイントなのに、そこに利害関係者をぶっ込むとは、勇気があると言えるかもしれない…。