先ず、2件の時事通信の外電を紹介する。
①国連人権理事会( United Nations Human Rights Council、UNHRC)は6日、中国新疆ウイグル自治区での人権侵害問題に関する討論開催の是非を問う欧米主導の動議を反対多数で否決した。
②国連人権理事会は7日、ロシアでの人権状況を監視する特別報告者の設置を求める決議案を賛成多数で採択した。
同2件の外電の主体は「国連人権理事会」だ。前者は中国共産党の少数民族ウイグル人弾圧問題に関するものであり、後者はロシアのウクライナでの人権弾圧問題だ。そして前者は反対多数で「否決」され、後者は賛成多数で「採択」された。
次に、もう少し外電の内容を紹介する。
①は中国共産党政権がこれまで必死に否定してきた少数民族ウイグル人への弾圧問題だ。このコラム欄でも度々報じてきた。最近では、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が8月31日に発表した報告書について書いた。報告書「ウイグル人権報告書」はジュネーブの国連人権高等弁務官事務所のミシェル・バチェレ高等弁務官が退任直前に公表したものだ。報告書では新疆ウイグル自治区での人道に関する罪に相当する深刻な人権侵害を記述したものだ。それゆえに、中国側は同高等弁務官に圧力を行使して、報告書の発表を断念させる一方、在ジュネーブ中国外交官は理事国代表に書簡を送り、報告書公表に反対するように圧力をかけてきた経緯がある。それに対し、同高等弁務官は再選を断念する代わりに、「ウイグル人権報告書」を発表したわけだ(同高等弁務官の任期は8月末で終わった)。
国際人権グループは、「中国新疆ウイグル自治区では少なくとも100万人のウイグル人と他のイスラム教徒が再教育キャンプに収容され、固有の宗教、文化、言語を放棄させられ、強制的な同化政策を受けている」と批判してきた。中国共産党政権は、「強制収容所ではなく、職業訓練所、再教育施設だ」と説明するが、現状はウイグル民族の抹殺が進められている。ポンぺオ前米国務長官は中国の少数民族への同化政策を「ジェノサイド」と呼んでいる(「バチェレ氏退官前の最後の戦い」2022年7月27日参考)。
②ロシアのプーチン大統領は2月24日、ロシア軍を主権国家ウクライに侵攻させた。その後の経緯は既に報道済みだが、ロシア軍の戦争犯罪は一つや二つではない。兵隊と民間人の区別なく砲撃するロシア軍の無差別攻撃はよく知られている。ウクライナ南東部の湾岸都市マリウポリ市の廃墟化、首都キーウ近郊のブジャの虐殺が報じられると、欧米諸国は衝撃を受けた。ゼレンスキー大統領はウクライナ東部ハルキウ州イジュムでの虐殺を挙げて、怒りを抑えきれないといった表情で、「戦争犯罪だ」と激しく批判したばかりだ。9月16日のウクライナ側の発表によると、イジュムでは少なくとも440体の遺体が見つかった。ほとんどが軍服などを着ていない民間人だったという。遺体の中には拘束中、虐待された痕跡があったという。
それだけではない。パリに本部を置くユネスコ(国連教育科学文化機関)が6月23日発表したところによると、「戦争が始まって以来、ウクライナで152カ所の文化的遺跡が部分的または完全に破壊された」という。その数はここにきて急増し、ウクライナ国内で既に270余りの宗教施設が破壊された。破壊された建物のうち260棟はキリスト教の教会だが、モスク、シナゴーグ、宗教団体の教育および行政の建物も被害を受けている(「民間人を標的にするロシア軍の『業』」2022年9月18日参考)。
国連人権理事会(理事国47カ国)は上記の2件の議案に対して、①では中国やパキスタン、セネガルなど19カ国が反対。賛成は日本を含め17カ国にとどまった。ブラジルやインド、ウクライナなど11カ国は棄権した。中国と経済的・政治的な結び付きが強いアフリカ諸国はほとんどの国が反対か棄権に回った。そして②では日本を含む17カ国が賛成し、中国やキューバなど6カ国が反対。24カ国が棄権した。その結果、先述したように、①は否決され、②は採択されたわけだ。
以上からどのような結論を下すことができるだろうか。中国の国連外交の勝利だろうか、ロシア外交の孤立か。中国側はいつものように「真実と正義の勝利だ」、「他国の内政干渉は許されない」と声高く叫んでいる一方、ロシア側からは中国外交官のような威勢のいい声は聞かれない。
ロシアはウクライナ戦争以降、国際社会から完全に孤立化してきている。プーチン大統領自身が先月、ウズベキスタンのサマルカンドで開催された上海協力機構首脳会議で感じたことだ。同盟国・中国、インドもロシアに距離を置きだした。トルコのエルドアン大統領もプーチン大統領のウクライナ東部、南部4州の併合には強く反対している。例外は北朝鮮だけだ。金正恩総書記は7日、プーチン大統領の70歳の誕生日に祝電を送り、「卓越した指導力」とプーチン氏を持ち上げている。
まとめる。ロシア外交の孤立化は自業自得だ。弁解の余地がない。問題は中国だ。中国共産党政権が国連内での影響力拡大のために多くの時間と資金を投入してきたことはこのコラム欄でも書いてきた。米国が国連外交を軽視している時も、中国はアフリカなどに積極的に進出し、経済支援などでその繋がりを強固にしてきた。その結果、国連人権理のような事態が生じるわけだ。中国は笑いが止まらないだろう。欧米諸国は国連安保理改革を推進させると共に、中国の国連外交にもっと警戒すべきだ(「国連が中国に乗っ取られる……」2019年2月3日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年10月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。