リコーダーは押さえる穴のほうを吸っても音が出る ~早稲田建築 『コ』展〜

デイリーポータルZ

早稲田の建築学科には「設計演習A」という名物授業がある。「役に立たない機械」を作りなさいという課題がとくに有名で、いろいろ不思議な課題に対して学生が全力で応えるというものだ。

ぼくはこの展覧会に毎回行っている。今年も行ってきました。

会期はオープンキャンパスの最中だった

会場はここ数年、早稲田大学の大隈講堂の近くだ。今年はオープンキャンパスの日でもあったので、高校生や親たちがいっぱいだった。

この階段を降りたところの右側が会場だ。

展覧会のタイトルは『コ』展。個展と同じ音で面白い。個性や自己のコということのようだ。
https://www.koten2022.com/

ではさっそく見ていこう。

「役に立たない機械」

最初は「役に立たない機械」という課題。役に立たない機械をつくれ、と先生に言われるのだ。出題は中谷礼仁先生。この授業では全部で4人の教授が出題をする。

そしてそういった課題に対する学生たちの回答が、この展覧会の作品になっている。

最初の作品はこちら。 

『ゴットダイス』荻山祥英

サイコロが積んである。これがどのように役に立たないか、ちょっと考えてみてほしい。むずかしいと思う。

 

 

答えは「どの面の合計も同じ数になっている

たとえば左下のサイコロの塊は、どの面も合計が12になっている。その右の塊はどの面の合計も10だ。

ゲームなどで6面のサイコロを4つふってその合計で何かをする、といったことはよくあり、それを 4d6 などと書いたりもする(グーグルで 4d6 で検索するとサイコロが振られます。いま知った)。目の合計は本来 4 から 24 までの間に分布するはずが、上のサイコロだとたとえば10しか出ないので、役に立たない。

全景

これはなかなかすごいと思う。だってこういうふうにサイコロを組み合わせることができる、というのはちっとも明らかでない。たとえば合計が10ならできるのは分かったが、4は絶対できない。これが可能な最小の数はなんだろうか。

『ふりわけ』淺野聖

それぞれのケースには、海苔や卵がそれぞれ入っている。

なるほど、のりたまを材料ごとに振り分けるんだな、というのはタイトルで分かるが機械としての造りがよく分からない。

公式サイトの写真をお借りしました

と思って展覧会のサイトを見たらこの作品があってよく分かった。目の大きさの違う網が底に貼ってあり、重ねてふるうということですね。

なるほど、すばらしい。機械としてとってもよく出来てるけれど、のりだけをごはんにかけてもおいしくないから、結果は役に立っていない。やってみたいなー。

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『シングル・ベル』市原優希

こちらは一見するとただの黒い傘。

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しかし内側はこんな派手なことになっているのだ。 

クリスマスの日に一人でも楽しくやっていける、でもそれが外からは分からない、という傘だ。

この内側を見たらぎょっとする。なにかのための機械(道具)なのだろうとは思うが、それが何かは分からない。まさかクリスマスを一人で過ごすためのものだとは。

 

『此余見』大月航平

こちらは80年分のカレンダーだそうだ。

1年分には12ヶ月のカレンダーが印刷されていて、1日ごとに塗りつぶすことで、これまで生きてきた時間、残された時間が可視化されるとのこと。

頭の中で想像で塗ってみたところ、残り少ないなーと思った。やりたいことやっとこう・・。これ役に立ってるな。 

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「未知の道具」

つづいて「未知の道具」(中谷礼仁出題)という課題。

既存の道具の部品ごとの成り立ちを調べ、その知見をもとにその道具に潜む「未知のかたち」を作れというもの。

『吸い奏楽器スーノダー』神前敦矢

たとえばリコーダーだ。見慣れたリコーダーにまだ見ぬ「未知のかたち」の可能性があるのだろうか?

作者の神前さんはリコーダーの各部の成り立ちを調べた。息を吹き込むと、すぐ隣のラピュームという部分で気流が生まれて音が鳴る。ということは、反対側から吸っても音が鳴るはずだ。

そこで、押さえる穴のほうにストローをつけて付けてみた。それではご紹介しましょう。神前さんです。

これがリコーダーの「未知のかたち」だ

今回は吸うフリだけお願いしたが、実際に吸うと「音は出るけどとっても小さい」とのこと。想像すると楽しい。

この向きだと指づかいが難しくて面白そうだなーと思った。やってみたい。

『身体で測るものさし』佐藤ちひろ

こちらはものさし。指にはめるデバイスで、指と指の間で距離を測る。

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使用例はこんな感じ。主に両手の指の間で測るが、一番左のように二人の指の間で測ってもいい。つまり遠い距離も測れる。

「尺」という単位が指を広げた距離から来ているところからの発想とのこと。これはかっこいいなあ。実用化されたら欲しい。

この課題は実際に作らず設計書を書くだけでもいい。逆にいうと実際につくったリコーダーの神前さんは偉い。

「建築のおみやげ」

つづいては「建築のおみやげ」(出題:中谷礼仁)という課題。実在の建築をもとに、おみやげになるようなものを作る。

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課題の説明文に例が載っているのだが・・

たとえばイタリアの大聖堂を、帽子にする。サイズや機能を変えることで、形そのものの力を考えることができる。

ということなのだが、この帽子をかぶっている子ども、実はぼくの息子なのだ。以前からこの展覧会に来ているので、そのときの風景を先生がプリントに引用されたようだ。先生、この子も中学生になりましたよ。

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『泥舟を蹴る』雛元小春

藤森照信の「空飛ぶ泥舟」という茶室があり、まさにこんな感じで両側から吊られているそうだ。

これをベビーベッドに置き、赤ちゃんが蹴って遊ぶことを想定している。実際に揺らすとガラガラと高い音がしてまさにベビーグッズのようだった。形もかわいいし、よくできてる。

「大学一年生がつくる観察日記」

成熟した知的地球人として、11日以上の観察日記をつけなさい。という課題(中谷礼仁出題)。

継続したテーマ、対象を決めて毎日それを記録する。

『笑顔のつくり方』根本隼輔

この作品では自分の笑顔をテーマにした。

写真に撮られることや笑顔が苦手なので、自撮りをして克服したい。あわせて、自撮りをしている若者たちの心理や楽しさを味わいたいとのこと。

いいテーマだ。ぼくも笑顔の自撮りは苦手だ。でも若者はやっている。それを学ぼうというのだ。

1日目、一番左側の笑顔はやっぱり不自然だ。ふつうの顔のほうがいい。 笑顔度、楽しんでる感、などを点数化してチャートをつけていく。

最終日。「うちらしか勝たん」と書かれた笑顔は自然で、かっこいい。

「人間はやっぱり慣れるという特性があって、自撮り自体に特別な嫌悪感はなくなった」とのこと。すごいな。

自撮りをする人の気持ちについては、

「SNSに自分の写真を上げている人達が色々な工夫をして自分の見た目をよくするのは、加工したとしても写真というものとして事実として自分のよい見た目のものがあるという嬉しさがあるからだと感じた。」とのこと。

何かをする人の気持ちが分からない、で終わらない。すばらしい。

「歩く事・逍遥記」

皆さんが暮らすまちを歩き、観察し、これを記録してもらいます。という課題(矢口哲也出題)。自分のまちを再発見する。

『逍遥記 〜考えてそうで考えてない人〜』神前敦矢

この作品がよかった。いま気づいたが、これ神前さんだ。リコーダーの人。

神前さんは、どんなテーマにしようかなと思ってとりあえず銭湯のベンチに座った。

考えようとしたが、実際には何も考えてない時間が流れた。銭湯の前のベンチとはそういう場所なのではないかと思った。

 

次の日に同じ場所に来たら、おじいさんが座っていた。 

 

4日後に行ったら、 ストレッチをしている人がいた。「あのおじいさんだ」と直感的に気づいた。そんな直感あるんだ。

とくに何が起こるわけでもないが、最後まで読むととてもいい気持ちになる。最後のページには「ほっこりしました」という先生のコメントが書かれていた。

まちの特定の場所を観察しつづけることってない。でも、やれば何か発見があるんだなと思った。

「持ち運べる建築」

地面から切り離して持ち運べる建築を考えなさい、という課題(山崎健太郎出題)。

『アンチアンチ浮浪者設計〜背負うクッション〜』松本維心

タイトルからも分かるが、街にある不自由なベンチに対抗するためのクッションだ。

 

 資料には街での使用例が載っている。

作者の松本さんに実際に使っているところを見せてもらった。ふかふかの背もたれを背負うことで、角でも楽に寄りかかれる。クッションは折ってあるので、伸ばすことでベンチの上に寝るための長さにもできるとのこと。

 

『持ち運べる図書館』松島汐音

こちらは、上着の中のポケット状の部分に本がいくつも入っている。 

 

こんなふうだ。

この中に自分で選んだ本を入れて、たとえば電車に乗る。スマホをみている乗客も、こんなふうに目の前に図書館があれば(実際はこれを着ている自分がいれば)、本を手に取ってくれるのではないか。

素敵なアイデアだ。作者の松島さんによると、実際にこれを着て電車に乗ったが、多くの人は遠巻きに見るだけだったとのこと。いい話である。

百均ブリッジ

百均グッズを用いて橋をつくる課題(山崎健太郎出題)。

どれもよく出来ててアイデアも面白いのだが、名前もシャレが効いてるのばかりだった。

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『割り橋』岩田紗依
『100均ブリッ磁』淺野茶風

割り橋をつないでいるのは洗濯物を干すピンチハンガー用のジョイントだそうだ。箸で正三角形の単位をつくり、組み合わせている。

磁石のほうは「磁石でブックエンドをつなげたのね」くらいに思ってしまうが、実際には磁石の引っぱる力だけだと落ちてしまうそうで、反発する力(斥力)も利用しているそうだ。

試行錯誤した人だけが知る奥深さというものがある。

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『課題を作る』

これはちょっと込み入った課題だ。

実在のお気に入りの作品が A++ (最優秀の評価)をとるような課題を考え、さらにその課題に対する作品を作りなさい。という課題(小阪淳出題)。

たとえばこの人は 「ミニパピこたつ」というパピコのグッズが好きだ。

そこで、そのグッズが作品として A++ を取りそうな課題として、「Papico 愛大賞」というものを考えた。パピコへの愛を表現する作品ならなんでもいいそうだ。

『パピコのふたのガチャガチャ』と作者の小泉満里奈さん

 その課題への提出物として作ったのが、パピコのふたのガチャガチャだ。これは実際に動かすことができる。

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くるくる回すとカプセルが落ちてくる。中に入っているのはパピコを食べるときに切り離す、ふたのほうである。

これだ。

「綺麗にとれた時」 「ちょっと残っていた時」などの各種のふたがある。わかる!という感じだ。パピコ食べたい。

『絵本建築』

建築物についての絵本をつくる。建築を解説したものではないのだが、その建築を体験したくなるようなものを作りなさい。という課題(小阪淳出題)。

この作品が素敵だった。というか、この作品によってこの課題の意味が分かった。

『その内部に秘められき』松島汐音

ロンシャンの礼拝堂についての絵本だ。独特な外観は写真で見たことがあるけれど、中はこんなふうなのか。これは実際に見てみたくなる。

ほんとに絵本として書店にあったらいいんじゃないかなと思った。作るの大変そうだけれど。

 

取材協力:
早稲田大学創造理工学部建築学科
『コ』展(会期は8月7日までで終了)
https://www.koten2022.com/

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対応していただいた展覧会リーダーの辻本雄一朗さん。ありがとうございました。

先生の出題意図を感じる

設計演習Aは建築学科の1年生向けの授業だ。具体的な建築を作る前の準備段階としての方法論を伝える、という意図を感じる。

観察して、身の回りの世界を見直す。それをもとに、既存のものの新しい形を考えたり、表現を考える。汎用的に誰が取り組んでも面白い課題だと思う。難しいけれど。

なお、2年生むけの授業として設計演習B/C というものがあり、そちらの展覧会も同じ場所で今月末に開かれるそうだ。興味あればぜひ。

設計演習BC 『Re』展 2022
2022/8/24-26 @ワセダギャラリー
https://twitter.com/re_enshubc_2022

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