プーチン大統領の娘さんの「話」

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バルト3国(ラトビア、エストニア、リトアニア)は7日、ロシア人の入国制限を決め、今月中旬から実施する。対象は欧州域内を自由に行き来できるシェンゲンビザを有するロシア人とべラルーシ国民。人道的な理由がある場合と外交官は例外だ。欧州連合(EU)は8月31日の外相会議でロシア人へのビザ発給の厳格化を決定したが、バルト3国の今回の決定はロシア人のほぼ全面的入国禁止を意味する。バルト3国はロシアに対しては歴史的に不信感が強いこともあって厳しい姿勢を崩していない。同時に、ウクライナ戦争勃発後、バルト3国入りするロシア人が急増してきたこともあって、「治安上の対策」と受け取られている。

プーチン大統領の次女カテリーナさんのことを報じる独週刊誌シュピーゲル8月27日号

当コラム欄で「ゼレンスキー大統領『毎日が月曜日』」(2022年8月17日)の中で書いたが、ロシア大統領の次女カテリーナ・チホノワさん(35)は元著名なバレエダンサーのイーゴリ・ゼレンスキー氏(53)とパートナー関係、偶然にもその名前はウクライナのゼレンスキー大統領と同名だ。独週刊誌シュピーゲル誌によれば、カテリーナさんは2019年までドイツのミュンヘンに20回以上訪問していたことが判明している。目的はミュンヘンに住むゼレンスキー氏と会うためだ。両者の間には1人の子供がいる(カテリーナさんは2013年、ロシアの億万長者キリル・シャマロフ氏と結婚したが、2018年に離婚した)。

彼女は単にプーチン大統領の娘というだけではなく、政府の仕事にも従事している。シュピーゲル誌によると、カテリーナさんがドイツに入国する時、数人のボディーガードが随伴するが、カテリーナさんもボデーガードも入国を事前にドイツ当局に連絡しない。ボディーガードは当然、武器を携帯していたはずだから、大げさに言えば、ドイツの治安にかかわる問題だったはずだ。

参考までに、カテリーナさんはミュンヘンだけではなく、音楽の都ウィーンも訪問していたことが判明している。カテリーナさんは2015年から19年の間、少なくとも4回はウィーンを訪問している。「スパイたちが愛するウィーン」」(2010年7月14日参考)というコラムで書いたが、カテリーナさんもウィーンが好きだったはずだ。ちなみに、彼女はウィーンだけではなく、スキーのメッカ、キッツビュールにも行っている。ミュンヘンでは5星のホテルのスイートを借りるのが通常だったという。

新しいことではないが、金と時間と権力があれば、プーチン氏の娘さんは王国の王女さんのような生活ができるわけだ。このような話がロシアの国民に伝われば大変だ。プーチン大統領が最も嫌う反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏は刑務所に入る前、プーチン氏は大きな邸宅を密かに建築しているという動画を流したが、その直後、同氏は拘束されている。プーチン氏を怒らせたのだ。

ロシア国民が日々の生活で苦労している時、この世の全ての宝物を集めた豪邸を所有していると知られたら、忍耐強いロシア人も怒りが湧いてくるだろう。プーチン氏はバイデン米政権より、ロシア国民の怒りの暴発を恐れているはずだ。

しかし、プーチン氏が2月24日、ウクライナに軍を侵攻させて以来、カテリーナさんはミュンヘンに飛ぶことができなくなった。欧米側の対ロ制裁の結果だ。カテリーナさんの名前も4月から制裁リストに載ってしまった。

プーチン氏は7日、極東ウラジオストクで開催中の第7回東方経済フォーラムの全体会合で演説し、「欧米諸国はロシアに制裁を科して主権を蹂躙し、さまざまな圧力を行使している」と激しく批判する一方、「欧米側の制裁で我が国は何も失っていない」と強調。

プーチン氏はいつものことだが、欧米諸国がなぜロシアに制裁を科しているかについては何も説明していない。「特別軍事行動」という表現に拘るプーチン氏は「ロシア軍がウクライナに侵攻した」から欧米がロシアの制裁を実施しているとは言えないわけだ。

対ロシア制裁について、「効果があり」という意見と、欧米諸国がよりダメージを受けているという見方がある。経済学者でノーベル経済賞受賞者のポール・クルーグマン氏は8月2日付けの米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿で、「欧米側に物価の高騰や経済成長の後退リスクはあるが、現実には制裁効果もみられる」という立場だ。ロシアは欧州向けの天然ガス、原油の輸出が縮小したが、その分、トルコ、中国、インド向けに輸出しているから、ロシアの輸出はあまり変化はない。ただし、輸入で大きな影響が出てきている。欧米側のハイテク工業製品が輸入できないので、自動車や飛行機の部品が手に入らないためロシアの工業生産量は減少し、停止に追い込まれてきているというのだ。

正直に言ってプーチン氏が願っているのは西側諸国の制裁撤回だ。だから、ロシアとドイツ間の天然ガスパイプライン「ノルド・ストリーム1」を完全にストップさせ、エネルギー危機をエスカレートさせるなど、EUの結束を崩すためにあらゆる手段を駆使している。

ところで、米国は別として、欧州がそのプーチン氏の圧力に屈する可能性は皆無ではない。27カ国の加盟国からなるEUでは全会一致が基本だ。例えば、プーチン大統領と友好関係をもつハンガリーのオルバン首相が首脳会談で拒否権を行使し、対ロシア制裁の延長を拒否すれば、制裁は解除せざるを得なくなる。もちろん、ブリュッセルはそれを避けるためにハンガリーに財政的圧力、補助金カットなどの圧力を行使するだろう。

オルバン首相はロシア側からガス供給量のアップを勝ち取っている。また、EUの今年下半期議長国のチェコの首都プラハでは3日、7万人の大規模なデモ集会が開催され、デモ参加者は「ウクライナ支援より国民の生活改善を」と訴えたばかりだ。物価高騰、エネルギー危機でEU国民の忍耐も次第に限界にきている。

プーチン氏は対ロシア制裁の中でもオリガルヒ(新興財閥)の欧州渡航禁止の撤回に力を注いでいる。プーチン氏にとって彼らは軍事資金源だ。オリガルヒ側もプーチン氏に「渡航禁止制裁を撤回させてほしい」と強く要請しているはずだ。その1人はひょっとしたらカテリーナさんかもしれない。カテリーナさんは1986年、プーチン大統領が在ドイツのKGB時代に生まれている。「パパ、私はまたミュンヘンに行きたいのよ」と迫られているシーンが目に浮かぶ。バルト3国のロシア人入国制限にプーチン氏は頭を悩ましているはずだ。バルト3国は欧州全土でロシア人入国制限の強化を要求しているからだ。

歴史は国家的利害の対立、紛争が契機となって動くだけではなく、非常にプライベートな理由から動くことがある。ロシア帝国の復興を夢見るプーチン氏も案外、娘さんの願いに振り回されるかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年9月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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