登山に欠かせないものといえば“地図”と“方位磁石(コンパス)”。その方位磁石が指し示す北(磁北)と本当の北(真北)のズレに関わる大きなニュースとして、国土地理院が今年2月、最新の地磁気の地理的分布を表した「磁気図2020.0年値」を公表したのをご存じだろうか? この磁気図には、方位磁石が指し示す北(磁北)と、本当の北(真北)とのズレの角度(偏角)の値が記載されており、5年ごとに公表されている。今回は8月11日の「山の日」を前に、この偏角とはどのようなものなのか、また、スマホの地図アプリやウェブ地図サービスとどのような関係があるのかを考えてみよう。
方位磁石が指し示す「北」は動いている!?
方位磁石は、地球全体が磁石の性質(地磁気)を持つことを利用して、磁石の針で南北の方角を調べているわけだが、方位磁石の北と本当の北(地図上の北)にはズレがあり、この角度は「偏角」と呼ばれている。磁北が真北より東側を示すときは「東偏」、西側を示すときは「西偏」と呼び、日本では現在、全ての地域で西偏となっている。
地磁気は地球規模で複雑に分布しており、刻々と変化しているため、場所や時間によって変化する。有名な話としては、GSSP(Global Boundary Stratotype Section and Point:国際境界模式層断面とポイント)として日本で初めて認定された千葉県市原市の「チバニアン(地磁気逆転期地層)」は、地磁気のN極とS極が逆転していたころの痕跡が確認できる。
国土地理院は現在、全国12カ所において地磁気の連続観測を行うとともに、全国100カ所に定点観測点として「一等磁気点」の標石を設置して、一部の点で定期的に観測を繰り返している。これらの測定値をもとに、地磁気の変化や地位的な分布を「磁気図」としてまとめて5年ごとに公表している。地磁気の成分は「偏角」「伏角」「全磁力」「水平分力」「鉛直分力」の5種類で表現され、国土地理院が公表する磁気図では、これらの要素それぞれについて日本地図に分布図としてまとめている。
5種類の中で私たちの生活に最も影響が大きいのが、方位磁石を使って地図の北(真北)に合わせるために使用する「偏角」だ。今回公表された「磁気図2020.0年値」によると、日本国内の偏角の分布は図のようになっている。関東、近畿、四国、九州の北部については西向きに約6~8°前後、日本海側は8~9°前後、東北の北部から北海道にかけては9~10°前後の地域が多い。国土地理院によると、全国平均では過去5年間で西向きに約0.3°、過去50年間で西向きに約1.4°増加しているという。
なお、「磁気図2020.0年値」において日本で最も偏角が大きい場所は北海道中頓別町の上頓部で西向きに約11.2°、最小は南鳥島で西向き約0.2°となっている。
紙の地図には「磁北線」、ウェブ地図やアプリには?
登山などにおいて紙の地図と方位磁石を組み合わせて使うときは、紙の地図に磁北の向きに従って南北の線(磁北線)を引く必要がある。国土地理院の紙の地形図などには、地域ごとにそれぞれ異なる磁北が表記されているので、各エリアの偏角に従って磁北線を書き入れることになる。また、昭文社の「山と高原地図」のように、あらかじめ磁北線が入っている場合もある。
紙地図だけでなく、国土地理院が提供するウェブ地図サービス「地理院地図」にも磁北線を表示させる機能がある。上部メニューの[ツール]→[その他]の中にある[磁北線]を選択すると、磁北線とともに偏角の値も表示される。前述したように偏角は場所によって異なるため、磁北線は縮尺を大きくしたときのみ表示されるようになっている。
ただし、地理院地図のように磁北線を表示する機能を持つウェブ地図サービスや地図アプリは少ない。「Google マップ」やiOSの「マップ」アプリ、「Yahoo! MAP」「地図マピオン」などのアプリを見ても、磁北線の表示機能は見当たらない。
というのも、地図アプリの方位表示は、偏角の値を補正済みの真北基準の方位を採用しているのが一般的だからだ。スマホでは地磁気センサーで磁方位を取得した上で、位置情報をもとに測定地点の偏角を求めて、その値を使って補正して真北を求めている。
方位表示に磁北と真北のどちらを採用するかはアプリ次第で、例えばiOSやAndroidの標準コンパスアプリについては、磁北と真北を切り替えられるようになっている。
一方、地図アプリでは地図そのものが真北基準で描かれているため、方位表示も真北基準にしている。地図アプリに磁北線を表示させる意味があるとすれば、それはスマホの地図アプリにアナログの方位磁石を重ねて使うような場合であるが、そのような使い方をする人はあまりいないため、地図アプリには磁北線の表示機能が無いのだと思われる。地理院地図の磁北線表示機能にしても、これはプリントアウトして使うことを想定した機能だと思われる。
なお、登山用のGPS地図アプリ「ジオグラフィカ」には磁北線を表示する機能はないが、地図上に作ったマーカーをタップすると、その地点の方位を示す「磁方位」という機能がある。この値をプレート付きコンパスにセットして磁針とノースマークを合わせることで、スマホを使わずに方位磁石だけでマーカーの地点(目的地)の正しい方向を知ることができる。もちろんこの磁方位の値は、磁北偏差補正済みの数値となる。
「恵方」は真北基準? それとも磁北基準?
このほか地図アプリで方位を示す機能としてユニークなのが、株式会社ONE COMPATHが提供する「地図マピオン」のiOS版に搭載されている「恵方機能」だ。これは地図上の切り替えアイコンをタップし、「恵方(方位)」を選択すると、地図上に二十四方位が表示される機能で、その年の恵方も確認できる。今年の恵方に向けてスマホを持ちながら方向を調整すれば、簡単に恵方を向くことができる。
この恵方機能のコンパスは、ほかの地図アプリと同様に真北基準の方位を採用している。一部では「恵方を決める場合は真北と磁北のどちらを基準にするべきか」という議論もあるようだが、ONE COMPATHに質問したところ、「地図自体が真北基準のため、真北を採用しています」とのこと。
いずれにしても、センサーで計測した磁北を真北に補正する処理は、アプリ側で行なっているのではなく、iOS側の機能として提供されているものだという。そのため、今年2月2日に公表されたばかりの最新の「磁気図2020.0年値」の偏角値が、翌2月3日の節分の時点で恵方機能に反映されていたのかどうか――その更新タイミングまではONE COMPATHでも定かではないとしているが、恵方の方向決めにそこまで厳密にこだわる必要はないのかもしれない。
「ジオグラフィカ」についても、開発者の松本圭司氏によると、磁方位の計算に用いている磁北偏差はOS側から取得しており、OS側で磁北偏差が変更されればアプリ側も自動で値が変わるはずだとしているが、OS側でいつそのような変更が反映されているのかは不明だという(スマホOSにおける磁北偏差の更新タイミングについて情報をお持ちの方は、本記事に対するツイート等で情報をお寄せいただけると幸いだ)。
また、松本氏は「現在地の測位に誤差が生じれば方位角もズレるため、過信は禁物」ともコメントしており、同機能を使うときは、正しく現在地が測位できているかどうか周りの景色を見てチェックするなど、注意しながら使うことをお忘れなく。
磁北と真北の関係を正しく理解し、紙地図とデジタル地図、そしてアナログコンパスやスマホのコンパスアプリを上手に組み合わせたり使い分けたりしながら安全に登山を楽しんでいただきたい。
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