先日、惜しまれながら亡くなった漫画家の藤子不二雄A先生。A先生の代表作のひとつとして、多くの人の記憶に残っているのが『笑ゥせぇるすまん』だろう。
平成初期にアニメが放送され、子供からオトナまで多くの人にトラウマを与えたあの『笑ゥせぇるすまん』がなんとYouTubeで無料公開されており、大人気になっているのだ。
放送から30年以上経っても色褪せないブラックな世界観。むしろオトナになったいま見ると、他人事とは思えない話ばかりで、子供のころ以上に怖いのである……!
・バブル期に放送されたオトナ向けアニメ
1989年から1992年にかけてTBSのオトナ向け番組『ギミア・ぶれいく』の中でワンコーナーとして放送されていた『笑ゥせぇるすまん』。たしか、放送時間は夜10時頃だったと思う。
「この世は老いも若きも、男も女も心の寂しい人ばかり……。そんな皆さんの心のスキマをお埋めいたします。いえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます……」
そんな一言から始まる『笑ゥせぇるすまん』。10分間の1話完結で、謎のセールスマン「喪黒福造」が顧客の心のスキマを埋める願いを叶えるのだが、喪黒との約束を破るととんでもない結末に……というブラックユーモアとなっている。
子供の頃は「なんでこんな夜遅くに藤子不二雄先生のアニメを放送しているんだろう?」と不思議に思っていた。喪黒福造の「ドォォォォン!!!」という言葉がひどく怖かったのを覚えている。
ひみつ道具でのび太を助け、ときには叱ってくれるドラえもんが優しいロボットだとしたら、「ココロのスキマ♡ お埋めします」と名刺を差し出す喪黒福造は悪魔の取引を迫る闇の商人である。
・勧善懲悪ではない怖さ
放送当時は子供だったが、大人になった今見ると、あらためてその容赦のないブラックさに驚かされる。そして、社会に揉まれた今だからこそ、登場人物たちの「心のスキマ」が他人事には思えないのだ。
子供の頃は「約束を破った悪い人が破滅する話」だと思っていたが、実際は勧善懲悪でもなんでもない。描かれていたのは、寂しさや欲望から人生が破綻する恐怖である。
恐ろしいのは、喪黒福造と出会って「ドォォォォン!!!」されるのは小狡い人間だけではない、ということである。それまでせっせと汗水たらして地味に生きてきたのに、喪黒福造と出会い、1度甘い汁を吸ってしまったばっかりに転落の道をたどる人が多いのだ。
「これだけ頑張ってきたんだから、少しのズルくらい許されるだろう……」そんな魔が差す瞬間から、人生のほころびが生まれる。まさに「ココロのスキマ」に入り込まれた、としか言いようがない。
その他人事ではない「一寸先は闇」の描写こそが怖さなのではないかと思う。
そして、子供むけのアニメと同じく藤子タッチで大人の世界が描かれているというギャップがまた、ゾワっとくる恐怖感を煽る。
オススメ回は、浦島太郎を元にした第18話『夢のあと』の理不尽なまでの鬱展開、幸せとはなにかを考えさせられる第82話『ホームレスのすすめ』、社長たちが赤ちゃん返りする姿がブキミな第104話『社長幼稚園』。
そして『笑ゥせぇるすまん』にしては珍しくコミカルな第16話『チ漢さん』あたりである。
・コメントや背景にも注目
また、背景の細かさにも注目。バブル期当時の空気感や、新宿や六本木の歓楽街、流行がしっかりと描かれているのだ。
ちなみに、YouTubeのコメント欄も、その後の展開を暗示するような背景画の書き込みや、物語の元ネタとなった小説や映画などを考察したものが多く、まるで文学作品の批評欄のようである。
しかし、バブルという浮かれた世の中の真っ只中にいながら、都会に生きる人々のココロの寂しさや、虚しさをドライに見つめていた藤子不二雄A先生の眼差したるやおそるべし。
『笑ゥせぇるすまん』は人間誰しもが持つ欲や弱さをグロテスクなまでに描写した傑作だと思う。藤子不二雄A先生のご冥福をお祈りします。