大阪大学発のスタートアップ「株式会社MaiND Lab(マインドラボ)」が本格始動した。提供するのは、ユーザーの脳内イメージを可視化できるアプリ「FaiCE(フェイス)」(iOS、Android)。脳科学、心理学、AIを駆使して作り出したこのアプリは、パッケージデザインの開発やアバターの作成などあらゆる分野に応用できる力を秘めている。
脳内イメージの可視化するアプリ「FaiCE」
MaiND Labは、2021年5月に設立。代表取締役の内藤智之氏は、深層学習、認知心理学、脳科学、視覚認識に関する心理学的メカニズムと神経回路網の研究に従事し、大阪大学大学院で専任講師を務める。
FaiCEは内藤氏が研究する脳内における感性情報処理をベースに開発したアプリだ。ベースになっているのは、心の中のイメージ(心的テンプレート)を可視化する独自技術。脳科学と心理学の人工知能を組み合わせた独自アルゴリズムによって視覚から得られる完成情報をデータ化するというもので、特許も出願済みだ。
「人間の脳内には『かっこいい車』『かわいい猫』『好みの顔』など、イメージを具体的に画像として持っている。この脳内のイメージを人工知能を用いて可視化したのがFaiCEのベースとなる技術。具体的には、車の画像や人の顔といった対象物の画像数万枚を人工知能『GAN(Generative Adversarial Network)』に学習させ、独自のベクトル空間を生成。独自のアルゴリズムに基づき、ユーザーの感性ベクトルを計算することで、人工知能が画像を生成する」(内藤氏)と説明する。
これにより、今まで言葉で伝えることが難しかった「かっこいい」「かわいい」「美しい」といった感性の部分を可視化することが可能。FaiCEは、30枚の画像に点数をつけていくと、脳内にある自分が思い描く顔を可視化できる。
30枚の画像に点数をつけていくと、脳内にある自分が思い描く顔を可視化できる
現時点では、思い描く顔の可視化が主な用途だが、FaiCEの可能性は広い。「以前出会った人の顔を画像として導き出したり、キャラクター作成時に多くの人が好みそうなキャラクターを生み出したりといったことにも活用できる。さらに画像生成だけではなく、絵画の好みを把握しておくことで、ルーブル美術館のおすすめの場所だけを案内したり、ユーザーグループのデータを活用することで人気のあるパッケージデザインを選んだりといったことにも使えるなど、マーケティングにも応用可能だ。FaiCEでは、若い世代を中心に遊んでもらう感覚で、楽しみながら、この仕組みを広く知ってもらいたい」(内藤氏)と話す。
すでに、インテリアメーカーや電機メーカーといった一般企業との共同研究にも着手しているとのこと。「さまざまな分野で共同開発できるパートナーを募集している。ニーズがあると感じる企業がいたら、ぜひ一緒に新しい研究を進めていきたい」(内藤氏)と意気込む。
大阪大学発のスタートアップとして、起業後約1年でアプリの開発、パートナーとの共同研究までこぎつけたMaiND Labだが、その大きな後押しとなっているのが、「Spirete(スピリート)」だ。Spireteは、ベンチャーキャピタルが出資する手前のシード期のスタートアップや、企業内でなかなか立ち上がらない新規事業などを救うことを目的としたスタートアップスタジオ。大学における研究シーズの事業化にもトライしている。
「Co-founder&代表取締役を務める中島(中島徹氏)をはじめ、5名のコアメンバーと専門知識を持つフェロー&アドバイザー、パートナーを数多く抱え、早いステージのスタートアップに深く関わりあいながら、事業を進めている。アイデアの壁打ちから事業プランの作成、資金調達の支援まで併走することで、スタートアップの立ち上げを支援することが目的」とSpirete Co-founder&Senior Directorの渡邊康治氏は、Spireteの位置付けを説明する。
MaiND Labとは、内藤氏と産学連携による取り組みの一環として知り合い、ディスカッションを重ねながら、アプリ開発までこぎつけた。「MaiND LabはSpirete内でも人気のプロジェクトで参加したい人が多い(笑)。現在は約10名のメンバーで事業を進めているが、アドバイザーはほぼプロボノ(無償)で参加している」(渡邊氏)とのこと。SpireteとしてもMaiND Labの立ち上げは、第1弾プロジェクトになるという。
「Spireteの方とプロジェクトを始動する前にも、いくつかの企業の方からお声がけいただいたが、なかなかうまくいかなかった。研究者と企業が求めるものに距離があると感じていて、この距離を埋めるのは難しいと思っていたところにSpireteに入っていただき、どういったプロセスを経てビジネスが生まれ、何が必要なのかをたくさん勉強させていただいた。おそらく多くの大学がシーズのアイデアを持っているが、社会に出すときに戸惑っていると思う。起業のプロセスを具体的に支援してくれる人がいないと日本の大学の基礎研究や知見は世に出ない。今回ご一緒させていただいて、価値ある取り組みだと身を持って感じた」(内藤氏)と経験談を明かす。
「MaiND Labは、当初は研究者中心だったので、ものづくりの部分が進みづらかった。そこに私たちのパートナーであるエンジニアやマーケティングの専門スタッフを加えることで、アプリ開発を加速させた」(渡邊氏)と、チーム構成からサポートする。
現在でも2〜3カ月に一度はミートアップを開催し、積極的にスタートアップとの関係作りを進めているとのこと。Spirete Communication Managerの豊田麻未氏は「スタートアップを支援する会社は数多くあるが、異業種の人材を投入していけるのはSpireteならでは。メインメンバーでなくても、意見だけ聞きたいという形で入ってもらえるなど、柔軟に対応することで、中のメンバーだけでは、届かない部分を外部の人材で補って事業ビジョンを広げていきたい」とSpireteの役割を話した。