(写真:iStock.com/Pukkascott)
皮肉なことに、私は社会人になってから一度も自分の母国で働いたことがない。大学卒業後に日本で6年働き、それからロンドンに来て3年目になる。どっちも自分の国ではないので、日本とイギリスでの働き方の相違点が客観的に見えていると思う。
実際、違いがたくさんあって、それには「働くこと」への考え方の違いとか、結構根本的なところでの両国文化の違いが現れているように思う。大きく言えば、イギリスと日本は、会社と社員との間の距離感が違うような気がする。
違い1:有給の消化
日本と西洋の働き方で一番異なるのが「ワーク・ライフ・バランス」だとよく指摘される。
たしかに、国際比較すると、日本は労働時間が長い。しかし、私がイギリスで最初に働いた金融業界は、日本のブラック企業の労働環境とそんなに変わらないように思う。イギリスでも優秀な専門職が働く金融業界とコンサル業界は、特に残業が多い。
欧米の男性たちはみんな家庭を大事にしていて、定時に仕事を終えたら家に帰って家族と過ごす、なんて日本では言われてるみたいだけど、私がイギリスに来てすぐ、まだロンドン郊外で親戚の家に泊めてもらっていた時、酒臭いサラリーマンと一緒に乗るのが嫌でできる限り終電を避けていた。酔客の多い終電の様子は、東京の終電と全く変わらなかった。
しかし、「ワーク・ライフ・バランス」で言うと、根本的な違いが一つある。社員が毎晩のように深夜まで働いているイギリスの会社でも、有給休暇は社員にちゃんと取らせてあげることだ。
イギリスで週5日間働く人には、年に最低限28日の有給休暇が与えらている。つまり5週間ちょっと。で、どんなに一所懸命働く人でもみんな有休をとる。冬にガッツリ2週間。夏にガッツリ2週間。その間にもう1週間。一方で、日本人は平均で、有休の半分しか消化しない。
有給をちゃんと取るのはフランスやイタリアも同じで、イギリスだけではない。でも、イギリスのような階層社会で、どの階層の働く人でも有休所得率が高い、ということの背景には、余暇の過ごし方の変化があるように思う。低価格航空会社の普及で、中流階級のイギリス人でも毎夏南フランスやイタリアに行けるようになった。加えて職場の精神衛生・社員のメンタルヘルスが大きな社会的な話題・課題になるなか、大小問わずどの会社も有休の取得を強く促している。
イギリスで働き始めて驚いたのは、みんな年頭から休みの日程を考えていること(もう一度言うけど、イギリス人は休暇――いわゆるholiday――が大好き)。私は今働いている部署のナンバー2だけど、2月中旬にいきなり「綾は、いつ休みをとる?」と聞かれてびっくりした。毎日の仕事で忙しくて全然考えられてなかった。
周りの人たちもほとんど同じ。管理職がチームの夏休みの希望日程を4月あたりに聞いて、みんなが被らないように調整する。
違い2:離職・転職
ロンドンに来る前は、会社を1、2年程度で辞める短期離職・転職の繰り返しは絶対よくない、と思っていた。最初に働いた日本ではそんな感じだった(最近「転職」は増えてきているらしいけど、多分今でも大多数の人はそう考えているんだろう)。でも私が働くスタートアップ業界では、短期離職・転職は特別の理由でもない限り問題視されない。
短期離職は本人に問題があるから、と日本ではなんとなく思われていた。一方で、イギリスの若い世代は、働くというのは「双方向的な関係」だと見ている。会社と社員が合わない場合は、必ずある。そういう時は、早めの離職が会社・社員お互いのためになる。別に誰かが悪いわけではない。
特にスタートアップ業界では、会社と社員の間のケミストリーがさらに大事。「命をかけてここで働きたい」と社員が思えないと、スタートアップの特徴である「比較的安い給料、長時間労働と倒産のリスク」に立ち向かうことができない。だってそれ、かなりの負担だ。
大事なのは次の就職面接の時に、離職した理由を説明すること。面接であっさりと「その会社と自分は性格が合わなかった」「仕事の内容に満足しなかった」とか言えば、問題ない。
違い3:交通費
ロンドンの交通機関が東京よりよっぽど高いのに、ロンドンの会社は交通費を払ってくれない!これは本当に驚いた。
イギリスの福利厚生が日本より全体的に手厚い。残業の時に食事代を出してくれる会社が多いし、パパやママたち向けのベネフィット(サービス)も寛大だ。でも交通費だけは払ってくれない。
先週、友達の家に泊まって猫の面倒を見てあげた。彼女はギリギリロンドン市ほぼ郊外みたいなところに住んでる。ロンドンの中心部までの往復は9ポンド(1300円)もかかる。このあたり地域の最低時給賃金以上だ。定期券もあるけど、月単位で買うと値段が大して変わらない。彼女どうしているんだろう?
若者は特に大変だと思う。ロンドンは家賃はめっちゃ高い。若者ほどロンドンの中心部に住めなくて、会社まで通勤時間が長いところに住むしかない。そうなると、1日の給料が交通費で結構取られちゃう……。コロナで出社勤務は減ったけど、家が狭くて仕事がちゃんとできるスペースを確保できる若者も少ない。在宅勤務は、本当に諸刃(もろは)の剣(つるぎ)だ。
イギリスの会社が交通費を払ってくれない理由を推測すると、社員一人一人の交通費が違うから払っていないのかな。車通勤の人がいれば電車通勤の人もいる。電車の人がお金をもらって、車を使っている人がもらえないのは不公平だと、もともとイギリス社会が判断したのだろう。
根本的な違い
交通費が出ない。みんなちゃんと休みを取得する。こういうことは「表面的」な違いに過ぎないかもしれないが、根本的な違いを垣間見させてくれる。
冒頭で述べたとおり、日本と違って、イギリスの会社と社員の間に距離があるというか、働くってのは契約だからお互いの権利義務が決まっててその範囲でしか会社と個人の関係が形成されない。まるで取引しているようだ。
日本で転職が増えるとともに、もともと会社と社員の間にあった妙な一体感が少しずつ溶けて、イギリスに似始めてくると思う。交通費のことだけはあまり変わってほしくないけど(笑)。