プーチン氏を説得できぬ安倍外交 – PRESIDENT Online

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ロシアのプーチン大統領を説得できる政治家はいないのだろうか。国内では27回の首脳会談を重ねた安倍晋三元首相を特使に推す声がある。ジャーナリストの鮫島浩さんは「むしろ安倍氏は今回のウクライナ危機を受け、日本国内に米国の核兵器を配備する『核共有』の検討を提案している。安倍氏にはプーチン氏を説得しようという気はないようだ」という――。

2019年9月5日、東方経済フォーラムにて – 写真=AFP/時事通信フォト

本来なら「欧米対ロシア」の仲介役は日本がやれるはず

核兵器保有を公認され、国連安保理で拒否権を持つ軍事大国ロシアが、国際法を自ら破ってウクライナに侵攻した。ゼレンスキー政権を転覆させ、ウクライナが欧米軍事同盟のNATOに加盟するのを軍事力でなりふり構わず阻止する構えだ。

ウクライナは「欧米vsロシア」の主戦場と化し、ウクライナに暮らす多くの人々の命が犠牲になっている。欧米主導の国際社会はロシアの暴走で国際秩序が崩れゆく現実を前に立ちすくんでいる。ロシアとウクライナの双方と関係が深いイスラエルやトルコが仲介の動きをみせるが、いまのところ成果を生み出せていない。

いま最優先すべきは、即時停戦を実現させて和平交渉の舞台を設置し、ウクライナの人々の命を守ることである。そのためにはウクライナだけでなく欧米とロシアの直接対話が不可欠だ。米国と覇権争いを続ける中国がただちに仲介役を買って出る気配はない。国連はロシアの拒否権行使を前になすすべがない状態である。

今こそ、欧州から遠く離れ、NATOに加盟しておらず、ウクライナをめぐる「欧米vsロシア」の対立とは一線を画すことのできる日本の出番のはずである。

しかも日本にはプーチン氏と27回も首脳会談を重ねた安倍晋三元首相がいる。

プーチン氏が2014年、ウクライナの親ロシア政権が倒れた直後にクリミア半島を軍事力で併合して欧米との緊張が高まった後も、安倍氏は欧米の懸念をよそにプーチン氏と首脳会談を重ね、蜜月をアピールした。「ウラジーミル、シンゾー」と呼び合い、「ゴールまで2人の力で駆け抜けよう」と熱烈にラブコールを送った安倍氏の姿は、ロシアのウクライナ侵攻を機に、記憶に蘇ってきた人も多いだろう。

今こそ安倍氏がプーチン氏のもとへ駆けつけ、即時停戦を説得する時ではないのか。

「27回の首脳会談」プーチン氏と個人的な親交を重ねたはずだが…

巨額の予算を投じ、欧米からの懸念を招いてまでプーチン氏と個人的親交を重ねたのだから、今こそ世界平和の回復のためにその人脈を駆使する時ではないのか――日本国民がそう感じるのは至極当然である。ところが安倍氏当人にその気はさらさらない。

安倍氏はロシアがウクライナ侵攻して間もない2月27日のテレビ番組で、こう解説した。

「(プーチン氏は)NATOを拡大しないはずだったのにどんどん拡大した米国に不信感を持っている。領土的野心ということではなく、ロシアの防衛という観点から行動を起こしている。それを正当化はしないが、彼がどう考えているかを把握する必要はある」「彼は『力の信奉者』だ。プーチン大統領を相手にする場合、最初から手の内を示すよりも『選択肢はすべてテーブルの上にある』という姿勢で交渉するのが普通ではないか」

そのうえで、持論である日本の国防力強化に話を移し、非核三原則を見直して日本国内に米国の核兵器を配備する「核共有」の検討を提案したのだった。

岸田文雄首相も安倍氏を対ロシア外交に活用する考えはなさそうだ。

3月8日の参院外交防衛委員会で、立憲民主党の羽田次郎氏が「積極外交を行う日本の姿が見えてこない」として安倍氏らを特使としてロシアへ派遣するよう提案したが、林芳正外相は「現時点で特使を派遣する考えはない。G7をはじめ国際社会と連携し有効と考えられる取り組みを適切に検討していきたい」と素っ気なかった。

派遣先はロシアではなくマレーシア

岸田内閣が3月10日から安倍氏を特使として派遣したのはロシアではなくマレーシアだった。

安倍氏は当地で講演し、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻について「われわれが目にしている危機は力による一方的な現状変更の試みであり、ルールに基づく国際秩序に対する深刻な脅威だ」とロシアを批判。「影響は欧州にとどまるものではなくアジアでも深刻な脅威だ。一致して反対の声を上げていくべきだ」と述べた。

ロシアや中国の軍事的脅威に対抗し、欧米との安全保障上の結束を強めるべきだとの立場を鮮明にした。プーチン氏に駆け寄って欧米との仲介を担う役回りを自ら封印したのである。

安倍氏は何のためにプーチン氏と個人的親交を重ねたのか。今のような重大局面でまったく役に立たない「首脳外交」とは何だったのか。

安倍外交の本質①――歴史に名を刻むという国内的動機

そもそも安倍―プーチン外交は外務省が主導したものではなかった。安倍氏は霞が関の両雄である財務省と外務省を遠ざけ、経済産業省と警察庁を引き立て、官邸主導の政権運営を進めたのである。

安倍氏は2006年から1年の短命に終わった第1次政権で首相秘書官を務めた経産省出身の今井尚哉氏と警察庁出身の北村滋氏を2012年末の第2次政権発足後も最側近として重用。今井氏を首相補佐官に、北村氏を国家安全保障局長に引き立て、内政に加えて外交も主導させた。安倍―プーチン外交は外務省を脇に追いやり、今井・北村両氏が直接指揮して進めた「官邸外交」だった。

ロシアがクリミアを併合した2014年以降、欧米は日露接近に神経を尖らせ、日米関係を最重視する外務省には安倍―プーチン外交への慎重論が強まったが、安倍氏は今井・北村両氏を押したてて外務省をねじ伏せ、プーチン氏との個人的親交を重ねたのである。

「首相官邸ホームページ」より

安倍氏の狙いは北方領土問題を解決して歴史に名を刻むという極めて国内的動機に基づくものだった。2016年12月にプーチン氏が訪日した際は、地元の山口県で首脳会談を実施。平和条約問題を議論し、北方領土における共同経済活動に関する協議開始で一致するなど、前のめりな対ロ外交が展開されていった。

この今井・北村両氏の対露アプローチは、外務省が積み上げてきた従来の路線から逸脱していた。もちろんプーチン氏に北方領土交渉で譲歩するつもりはハナからなく、安倍―プーチン外交はロシアに「G7の分断」という成果を残すだけに終わったといっていい。