「三人っ子政策」転換も中国苦戦 – 日本財団

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(リベラルタイム 2022年4月号掲載)
日本財団理事長 尾形武寿

中国政府は1970年代末から四十年近く続いた「一人っ子(独生子女)政策」を2016年に正式に撤廃、「二人っ子政策」を経て昨年8月には「三人っ子政策」に転換した。しかし、期待した出生率の上昇は見られず、20年の合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子どもの数の平均)は1.3と日本の1.34より低い数字となっている

一連の報道を見ながら、日本船舶振興会(現日本財団)の笹川良一初代会長に随行して初めて中国を訪問した1984年当時を想起している。当時、中国を訪問するには中国政府の招待状が必要で、この時は政府機関「国家計画生育委員会」の王偉主任の招待だった。人口問題を担当する大臣クラスの要人で、笹川会長が途上国の妊産婦と女性の生命を守る国際協力NGO・ジョイセフ(JOICFP)を支援していた関係で、人口問題に関する意見を聞きたいということだったと記憶する。

中華人民共和国が成立した49年の中国人口は五憶四千万人。子どもが多いほど幸せとする「多子多福」文化を背景に農村部を中心に高い出生率が続いた。「大躍進政策」を発動した毛沢東が「人口増加は国の生産力を高める原動力」と評価したのに対し、「過剰な人口は生産力の発展を防げ、工業化社会の実現に影響する」とする警戒論が台頭。文化大革命の混乱の中で論争は下火となったが、毛沢東の死(76年)後、最高実力者となった鄧小平の下で一人っ子政策が一段と強化された。

78年憲法で「国家が計画出産を提唱、推進する」と定め、82年憲法では計画出産を義務付けた。一人っ子家庭を学費や医療費の減免など優遇する一方、違反した家庭には罰金を科すなど“飴と鞭”の対策が取られた。しかし2010年に日本を抜き世界二位の経済大国に発展すると「世界の工場」を支えた豊富な労働力の不足が深刻化し人口政策の転換に踏み切った、というのがこれまでに大きな流れだ。

20年、65歳以上の高齢者人口の割合は、世界最先端を行く日本が28.7%、中国13.5%。65年には日本が38.4%、中国が30%になると推計されている。約四十年後には中国も現在の日本とほぼ同様の“老人大国”になる計算。日本はGDP(国内総生産)の二倍を超す国の借金も加わり、年金や医療など基幹システムの手直しが避けられない状況に陥っている。中国も少子高齢化の進行で同様の事態が間違いなく深刻化する。

三人っ子政策に転換したとはいえ、都市部を中心に高止まりする不動産価格や厳しい競争社会の中での教育費の高騰など、家庭に圧し掛かる金銭的、心理的負担は大きい。女性の社会進出が進み価値観が多様化する中、女性の晩婚化・非婚化も進んでいる。一人っ子政策で男児を望む傾向が強かったことから、現在は女性より男性が多い世界でも珍しい人口構成となっており、結婚できない男性も増えている。

一人っ子同士が結婚し双方の両親が健在であれば、まずは親四人の面倒をみる必要があり、政府が望む複数の子供を設けるのを避ける傾向は一層、強まろう。出生率を上昇させるのは、共産党政権の力をもってしても容易ではない。中国国家統計局の発表によると21年の中国の人口は十四億一千万人。今後、この数字をどう維持していくかが最大の課題と聞く。

日本では古来、「子供は神様からの授かりもの」、「国の宝」とされてきた。人口は国の要であり人口政策はもちろん必要である。しかし、政策に従わなかったからと言って罰金を課すような過度の強制策はどう考えても自然の摂理に反する。中国の人口政策、とりわけ一人っ子政策が、今後の歴史の中でどのように評価され、位置付けられていくのか注目したい。(文中一部敬称略)