不審死も…露ドーピング問題の闇 – WEDGE Infinity

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北京五輪はまたもやロシアのドーピング禍の深い闇を国際社会にさらすイベントになった。

フィギュアスケート女子で個人戦に出場したロシア・オリンピック委員会(ROC)代表のカミラ・ワリエワ選手は昨年末の大会で、禁止薬物のトリメタジジンが検出され、出場の是非がスポーツ仲裁裁判所(CAS)の判断を仰ぐ事態となった。この問題には、ワリエワ選手や彼女のコーチのエテリ・トゥトベリーゼ側の五輪前の選手の体調管理の拙さという単純な構図ではなく、これまであらゆる競技のスポーツ界を揺るがしてきたプーチン政権下の泥沼の薬物汚染の実態ということが背景にある。

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スポーツの政治利用という悪弊

プーチン政権はスポーツを国威発揚のために積極的に活用し、世界の大国であることを示すため、極端な選手強化策を推進してきた。2014年ソチ五輪で明るみになった組織ぐるみのドーピング問題では、パラリンピックの選手までも薬物汚染に染まり、悪名高きソ連時代の諜報機関である国家保安委員会(KGB)の後身組織であるロシア連邦保安庁(FSB)が隠ぺいに関わり、告発しようとした関係者が不審死する事態にも陥っている。

高難度のジャンプとステップを次々に決め、しなやかな表現力で演技するワリエワの才能はフィギュア大国のロシアにして「史上最高のスケーター」とされ、そもそもドーピングなどに手を染めなくても、今大会の金メダルは確実な情勢になっていた。

スポーツに不正はあってはならない。しかし、誤解を恐れずに言えば、15歳の少女が金メダル欲しさに禁止薬物に手を出すことは考えられず、周りのいる大人にこそ咎めはある。そして、ロシア国内では今回もこのドーピング問題を欧米主導の陰謀によってロシアを落とし込める口実にしているとして、大きな非難が沸き上がっている。ウクライナ危機とごちゃまぜにしている論調もみられる。

個人戦を前にして「精神的にどん底に陥った」と嘆いたワリエワ。彼女は過去にドーピングに染めてきた人物たちが起こした騒動や、スポーツを政治利用してきたロシア歴代政権の悪弊に引きずられた犠牲者なのである。

ワリエワへの疑惑と裁判所の判断経緯

ワリエワのドーピング問題にはさまざまな情報や憶測が飛び交っている。事態を冷静に振り返るため、この問題のポイントを箇条書きにて整理したいと思う。

・禁止薬物は21年12月25日に行われたロシア選手権での検査から採取された。検出されたのは心臓の病気である狭心症などに使われる薬「トリメタジジン」。モスクワ市内の薬局などでも市販されており、購入することができる。

・北京五輪フィギュア団体戦終了後の2月7日にロシア反ドーピング機関(RUSADA)が国際オリンピック委員会(IOC)に報告。検査の結果通知が遅れたことが期間中の報告になった。

・国際オリンピック委員会(IOC)はワリエワ選手の大会期間中の試合への参加を禁じ、団体戦のメダル授与式も中止に。その後、RUSADAはワリエワ側の抗議を受け、暫定資格提出処分の解除を決定し、出場継続を認めた。IOCや世界反ドーピング機関(WADA)がこれを不服として、CASに提訴し、ワリエワ側に聴取をして14日に訴えを却下し、五輪出場を認めた。

・CASが五輪出場を認めたのは、ワリエワ選手がWADAの規定する16歳未満の「要保護者」にあたり、制裁が軽減されたから。この状況下で出場を禁じれば、機会を奪い取り返しのつかない損害をもたらすことも理由にした。

・今回の裁定は暫定的な処分であり、陽性反応が出たことや団体戦の結果については検証対象になる。個人戦の結果についても、変わる可能性がある。

・CASの聴取に対して、ワリエワ選手は「途中20分の休みしかない状況で7時間質問を受けた」と説明。ワリエワ選手の母親と弁護士は「昨年クリスマスに心臓病を患い、薬を服用していた祖父と同じワイングラスを使って、ワリエワが誤って口にしたからだ」と状況を説明した。

・15歳の少女が自分の意志で禁止薬物を採取することは考えにくく、WADAはRUSADA関係者や、トゥトベリーゼ氏らコーチ、さらにはチームドクターらへの聞き取り調査を行うことを発表。調査結果をその後、発表する。

・トゥトベリーゼはロシアメディアに対して、「ワリエワは過去3年間でも最高の状態にある。どんなドーピングでも4回転を跳ぶことの助けにはならないし、音楽的な演技を表現する能力を授けたりはしない」と話して、ドーピング疑惑の潔白を訴えている。

フィギュアはじめスポーツ選手と薬物の歴史

・フィギュアスケートでのドーピング違反は他の競技に比べても極端に少ない。しかし、ロシアでも違反例はあり、17年グランプリ(GP)ファイナル2位のマリア・ソツコワ氏から利尿剤に含まれるフロセミドが検出され、その事実を隠蔽しようとしたとして、RUSADAが10年間の競技出場資格停止処分を発表した。

・トリメタジジンは健常者が使うと疲労回復や持久力の向上作用があるとされ、ノルウェーの「アンチドーピングデータベース」によると、過去の摘発例は20件で旧ソ連圏が多い。国別内訳はロシアが8件、ウクライナと中国が3件。エストニアが2件。米国、カザフスタン、ジョージア、フランスが各1件。競技内訳は陸上5件、競泳4件、ボート、レスリング2件ずつなど。8人の選手が4年間の資格出場処分、4人が2年間の処分。

・トリメタジジンと同系統のメルドニウムはロシア選手の陽性事例が相次いでいる。16年にはテニス界の名選手、マリア・シャラポワ氏もメルドニウムによる陽性反応が出たことを公表している。18年平昌大会ではロシアから参加した女子のボブスレー選手と男子のカーリング選手の2人から検出された。ボブスレー選手は失格となり、カーリングチームはメダルのはく奪となった。

・14年ソチ五輪後のロシアの組織ぐるみのドーピング禍を訴え、現在は米国に逃亡しているモスクワの反ドーピング検査所元所長のグリゴリー・ロドチェンコフ氏が英紙デイリーメールの取材に対し、「トリメタジジンはかつてロシアのスポーツ界で乱用された長い歴史がある。2006年にスウェーデンで行われた欧州陸上選手権で、ロシア人選手のホテルの部屋からトリメタジジンの使用済みパックとメルドニウムの空(から)の瓶が見つかった」と指摘した。

ロシアでは「不正の域を超えた犯罪」

フィギュアスケート界のトップを走る15歳の少女の体内から、禁止薬物が検出されたことには大きな衝撃があるが、演技のレベルをあげるために意図的に採取したのかどうかについては、こうして正負の相反する情報があり、真相はなおも闇の中だ。WADAは、ロシア選手権の際に採取したワリエワの検体Bを再度、詳細に調べることも行うだろう。

この問題をめぐっては、米国オリンピック・パラリンピック委員会や韓国のフィギュアスケートのスター、キム・ヨナさんからもワリエワのドーピング疑惑について、厳しいコメントが出ている。これはロシアのスポーツ界にはソ連時代から続くドーピング禍がはびこり、14年ソチ大会で明らかになった組織ぐるみのドーピング問題の「不正の域を超えた犯罪」(WADA調査報告書責任者、リチャード・マクラーレン氏の言葉)の衝撃がなおも大きいからだ。

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