露国内でプーチン氏への怒り噴出 – WEDGE Infinity

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ロシアのプーチン大統領は、クレムリンの密室政治や大統領の思考を読み解く「プーチノロジー」に長けた専門家の予想を裏切り、隣国ウクライナへの全面攻撃に踏み切った。キエフ政府は反ロシアのファシスト政権であると国民に煽り、「自衛のためだ」と開戦の大義を語っている。しかし、今回の武力行使の余波は、これまで曲がりなりにも成功を収めてきたプーチン流支配の様相と大きく異なっている。国父であるはずのプーチン大統領を「恥ずかしい」「妄想に取りつかれている」と嘆く多くのロシア国民がいる。

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ウクライナへの全面的軍事作戦を決行したことを踏まえ、多くの人々がグローバル化が進んだ21世紀の現代にありえない蛮行であり、プーチン大統領の判断を全く理解できないと思ったはずだ。敵対する勢力との間に緩衝国(地帯)を置いてモスクワを守ろうとする過剰な国防意識と、冷戦時代に頭の中にこびりついて離れない対米感情がプーチン大統領を開戦に踏み切らせたということが考えられる。

これまでの軍派遣とは全く異なる

ソ連時代、国境線を乗り換えて軍部隊を派遣する武力介入事件は何度もあった。

象徴的なのは、1956年のハンガリー動乱、68年のプラハの春(チェコ事件)、91年のリトアニアの血の日曜日事件だろう。それぞれの国で起こった出来事の背景は異なるものの、クレムリンが民主運動のうねりを力でねじふせたことは一致している。

ハンガリーも、チェコスロバキアも、そして当時はソ連内にあったリトアニアはもちろん、こうした民主派のうねりはいずれ、ロシア本国に押し寄せるというクレムリンの国防意識があった。米国が背後に暗躍していると考えていた。

当時、それぞれの市民が聞いたソ連軍戦車のキャタピラの音や犠牲者を出したことへの恨み・憎しみはその後もずっと残り、東欧諸国の革命やソ連邦解体へと導く市民の原動力となった。

今回のウクライナへの軍事侵攻が持つ重みはそれらの事件をはるかに上回る。プーチン大統領はかつての同胞に本格的な戦争をしかけ、政権転覆をはかろうとしている。2月24日以前のロシア・ウクライナ関係に決して後戻りはできない一線を越えてしまった。ウクライナ人の怒りは振り切られた。民間人の犠牲者も多数出ており、ウクライナ国民の多くは、プーチン大統領への恨み、憎しみを末代まで抱えることになるだろう。

そして、たとえ今、プーチン大統領がキエフの政権を一時的に抑え込んだとしても、その恨みは後に逆流して、クレムリンの主に打撃を与えることになるのではないか。それは東欧諸国での民主運動のうねりと、ソ連崩壊に向かう歴史が雄弁に物語っている。

ロシア国内で起きていた三つの分断

ロシアでは今、ウクライナ侵攻をめぐって、これまであった社会の「分断」がますます浮き彫りになっている。分断は米国社会でも深刻化しているが、ウクライナ開戦を機に、一枚岩であったはずのロシア社会に綻びの萌芽が見える。

水と油のように相いれないロシアでの分断には三つのタイプがある。一つ目の境は「ソ連時代を知っているかどうか」だ。91年にソ連邦崩壊後に生まれた世代は、米国と覇を競った栄光の時代を全く知らない。プーチン大統領がいくら大国ロシアの復活を訴えたとしても、ソ連を知らない若者の心には響かない。

二つ目の分断は「スマホを使いこなし、自由な情報に触れているか否か」だ。ロシアは今、情報統制を強化しており、国営メディアが政権に都合の良い情報ばかりを流し続けている。当然、国営放送のテレビやラジオしか見聞きしていない層は、すっかり政権がコントロールする情報に洗脳されてしまっている。

三つ目は「今のウクライナを知っているか否か」だ。ウクライナは独立後、政治・社会の混乱が続いたが、自由な空気に触れ、ソ連時代とは全く違った国になった。ロシア語を話し、同じ文化圏であるはずの「きょうだい」たちが実はすっかり違う精神社会で生きているのに、その変化を読み取れていない人たちがロシア国内にいる。

プーチン大統領はすべてを織り込み済みで、今回のウクライナ侵攻に踏み切ったはずだ。しかし、この三つの分断で自分たちとは異なる層、つまり、「ソ連時代を知らず、政権がコントロールできないネット上の言論空間に触れている人たち」の行動を読み誤ってはいまいか。

日本で人気のフィギュアスケートのエフゲニア・メドベージェワさんに代表されるようにロシアのスポーツ界からも相次いで反対の声があがっている。ロシアのスポーツ界はプーチン大統領の支持基盤でもあったはずだ。さらに、相手がウクライナであるが故、ソ連人であり、国営メディアしか見ていない人でも、かつての絆や同情心から「戦争をやめて」と訴えている。

取材すると、今、ロシアでは家族内や友人同士でも今回のウクライナ侵攻に関する意見が食い違っている状況が起きている。ウクライナ侵攻がテーマになると、口論が起き、場合によっては絶交状態に陥ることもあるという。

世論の動向が今後の情勢を占う

今後、戦争が長期化し、犠牲者が増えれば、反戦、厭戦機運はさらに広がる可能性はあるだろう。

断言できるのは、2014年クリミア半島併合の時はプーチン支持率が一気に高まったのに、今回、ウクライナ侵攻で国民の支持が同等に得られることはないということだ。それだけロシア人にとってクリミア半島は特別な地域であったという証左だが、ロシア国内の情勢は明らかに8年前と異なっている。

今後、制裁が国民の痛みとなって現れ、プーチン大統領の周辺だけが金儲けできる特異な国内事情への不満と直結すれば、それは反プーチン運動に転化する可能性はあるだろう。ただ、現段階ではそれは一つのシナリオでしかない。国内で政敵を追い出したプーチン政権の支持基盤はまだまだ強固だからだ。

ウクライナの国民はウクライナ語もロシア語も話せる。むしろ、近年はロシア(ソ連)のくびきから外れようとして、ウクライナ語の普及を徹底させていたが、いま、ウクライナ国民はロシアの一般庶民に語り掛けるため、ネット空間を利用して、多くの人たちがロシア語で「戦争をやめてほしい」と訴えている。

制裁強化など国際社会のロシアへの圧力は、ウクライナでの戦闘継続に一定の効果をもたらすだろう。それと同時に、ロシア国内の世論動向やそれを抑え込もうとする治安部隊との押し引きが今後の情勢を占うキーポイントとなるはずだ。

ロシアの国内世論でかすかに起こる変化の兆しが見える。ウクライナ、ロシア両国の怒りのマグマがどこに向かい、プーチン大統領がどう対処するのかという「プーチノロジー」の分析がますます重要になるだろう。

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