ウクライナ危機で「欧州の不在」?

アゴラ 言論プラットフォーム

世界の政治学者たちは米国と中国の対立を“第2冷戦時代”の始まりと受け取っているが、スイスのジュネーブで10日、米国とロシア両国間でウクライナ危機問題について会合が行われた。米国からはシャーマン国務副長官、ロシアはリャブコフ外務次官が出席した。会議の舞台(中立国のスイス)、そして米ロ(ロシアはソ連の継承国)の顔ぶれをみれば、終わったといわれてきた第1冷戦時代の主人公たちとその書割が再現していることに気が付く。

米国とロシア両国の国旗(ウクライナ危機を巡り米ロ協議で、2022年1月10日、スイス放送協会のウェブサイト「スイス・インフォ」から)

ところで、同会合を報道していた欧州のメディアには「どこに欧州の顔があるのか」といった“欧州不在”を指摘する声が聞かれた。欧州に隣接するウクライナの危機問題について話し合う会合に、欧州連合(EU)加盟国が参加していないことに懸念と戸惑いを感じるからだ。換言すれば、欧州の外交力、軍事力が問われているわけだ。

ウクライナ危機は欧州全土に不安と懸念を与えている。ジュネーブでの会談の後、米ロは12日にブリュッセルで北大西洋条約機構(NATO)・ロシア理事会、13日には欧州安全保障協力機構(OSCE)会合で協議を続ける。同時に、EU国防相・外相会合が仏西部ブレストで行われる。米ロ会合を皮切りに今週は重要な会議が立て続けに開かれるわけだ。ウクライナ問題が危険水域にあるという認識が関係国にはあるからだ。

ウクライナ危機の構図は明確だ。ロシアはウクライナのNATO加盟を拒否し、NATOの東方拡大に強い警戒心を有している。クリミア半島の併合は主に“ロシア系住民の権利保護”という側面があったが、今回はロシアの国家安全保障問題が絡んでくる。ロシアはソ連時代から自国の国境線周辺に緩衝地帯を設け、敵国が自国の国境線に直に接することを避けてきた。ウクライナがNATOに加盟すれば、ロシアは否応なしに西側と直接対峙することになるから、ウクライナのNATO加盟を絶対に容認しない。プーチン大統領は10万人以上の兵力をウクライナとの国境線に動員し、ウクライナだけではなく、欧米諸国にも圧力をかけているわけだ。

それに対し、米国は、「どの国をNATOに加盟させるかという問題はロシアが関与するテーマではない」として、ロシア側の要求を一蹴する一方、ウクライナに対してロシアの侵攻時には軍事支援を惜しまないことを表明してきた。ロシアのクリミア半島の併合で苦い経験をしてきた欧米側はロシアのウクライナ侵攻の可能性を完全には排除できないでいる。

オーストリア代表紙「プレッセ」は社説(1月11日付)の中で、「プーチン氏もウクライナを本当に軍事侵攻するかをまだ決めていないのではないか。ひょっとしたらプーチン氏も分からないのではないか。その不確かさが欧米側を一層不安に駆り立たせている面がある」と述べている。

ウクライナ危機問題で米ロ両国が折り合いをつける妥協点はない。ジュネーブの会合を見ても、双方が自国の立場を繰り返すだけだ。それだけに欧州代表が何らかの役割を演じることができるはずだ。しかし、ベルギーの王立国際関係研究所(通称エグモント研究所)の安全問題専門家ビスコップ氏はオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「欧州は外交と防衛問題でひとつの声で話すことがめったにないので、EUは戦力的役割を演じることができない」と単刀直入に指摘している。

ブリュッセルは、「ロシアがウクライナに軍事侵攻した場合、厳しいロシア制裁を強いることになる」と警告を発してきたが、EU内で対ロシア制裁で一致した具体策があるわけではない。空警告だ。プーチン大統領はEU内の事情をよく知っているから、EUの制裁の脅しには関心を寄せていない。

EUは16年間、メルケル独首相が主導的役割を果たしてきた。メルケル氏の対ロシア、対中国政策は関与政策であり、対立を回避し、双方の譲歩を模索する政策だった。習近平国家主席もプーチン大統領もメルケル氏との会合を西側とのホットラインのように重宝してきた。その調停役のメルケル氏は政界から引退した。その意味で、ロシアも中国も欧州側の対話を誰とするかは今後、重要な問題となるはずだ。

それではウクライナ問題の解決策は見当たらないのだろうか。ロシアの天然ガスをバルト海底経由でドイツに運ぶ「ノルド・ストリーム2」の海底パイプライン建設が昨年秋に完成した。関係国の認定手続きが終われば、操業は開始される。「ノルド・ストリーム2」計画に対して米国は、「ロシアが欧州のエネルギー政策をコントロールする危険性が高まる」として強く反対してきた。

米国が同計画にゴーサインを送り、ロシア側はウクライナ国境線に配置した軍隊を撤退することを受け入れれば、暫定的だが現在のウクライナの危機は解決できる。ウクライナのNATO、EU加盟問題は今後の外交に委ねるとすればいいのだ。ドイツにとって「ノルド・ストリーム2」は重要なプロジェクトだから、米国側の認知を得られれば助かると共に、対ロシア外交で重要な役割を演じることができるチャンスとなる。

ウクライナはロシアにとって西側への緩衝国として重要な戦略的意味があるように、西側にとってもウクライナはロシアへの緩衝国の役割を果たしている。だから、ウクライナの政治的安定が重要となる。ロシアが絶対受けいれないウクライナのEU、NATO加盟問題を棚上げし、ロシアの民主化プロセスを見ながら、ウクライナに対しては長期的観点から支援すればいいのではないか。

欧州が忘れてならない点は、バイデン米政権にとって対中政策が最優先課題だということだ。ウクライナ問題を米国任せにしている時ではない。EUが世界の出来事にその影響力を行使しようとすれば、加盟国内で少なくとも外交、安全問題でコンセンサスを構築しなければならない。EU独自の軍隊創設、共通外交とラッパを吹くだけでは十分ではない。対ウクライナ政策、対ロシア政策はEUの問題でもあるからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年1月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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