年のはじめにはいつも思うことだけど、少しでもいい年になってほしいね。その為にも、ああいう不正は許せない、世の中もっとこうあってほしい、そう感じたことを俺なりに伝えていけたらと思う。
俺が日頃から気に掛けているのが介護の問題だ。俺は聖徳大学で20年以上、介護職志望の学生を相手に講義をしている。若い人がお年寄りと接する際に、どんな言葉をかけたらいいか、どう振るまったらいいか、どんなことを注意すればいいかなどなど、俺の経験を元に色んな話をしているよ。
介護職希望の学生が大幅に減った
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今、俺の講義には学生が70人ぐらいいる。だけどそのすべてが介護職志望ではないんだ。保育だったり音楽だったり、違う志望を持った学生も講義に参加している。純粋な介護職志望は6~7人しかいない。10年ほど前は介護職志望が100人ぐらいいたんだよ。この10年の間に介護職志望の学生がそれだけ減ってしまったんだ。
理由はひとつ。仕事の内容に対して報酬が少ない。待遇が良くない。それに限るよ。もし、仕事がハードでもそれに見合う報酬がもらえれば働きがいのある仕事になる。だけど実際はそうじゃない。学生たちが自分の将来を考えた時、わざわざ待遇の良くない場所を選ばないよ。
それでも、「この仕事をしたい」と介護職の道を選ぶ学生もいる。介護職は人材が不足しているから就職率は100%だ。だけど、いざ現場で働き始めるとその多くが3年以内に辞めてしまう。離職率が異様に高い。理由は単純。仕事の内容に対する待遇が良くないと聞いてはいたけど、それを実際に経験してみて、本当にこのままでいいのか、もっと条件のいい仕事に転職したほうがいいんじゃないか、と考え直すからだ。
人の為に、高齢者の為に、という理想だけでは現実は続かないんだな。そうして介護職は働き手が集まらない負のループに陥ってるよ。介護職の不足は日本が抱えるシビアな社会問題だ。何年後に何万人足りてないって数字が出てるよね?
編集部)――厚労省の推計(2021年)によりますと、今後、介護職員は2025年度までに約32万人、2040年度までに約69万人が追加で必要とのことです。
介護職、看護師、保育士・・・、我々の暮らしに欠かすことの出来ないエッセンシャルワーカーはどれも人手不足。介護職は欧米だと職員1人で要介護者を2人見るとか、それぐらいだとすると、日本の場合1人の職員で見るのが3人とか4人とかになる。
そうなれば1人あたりが見てもらえる時間はおのずと減って、介護の質は悪くなる。介護職が不足すればするほど受けられるサービスは低下する。長生きしたら地獄だよな。よほどお金を持ってれば人よりもいいサービスを買えるだろうけど、それはほんのひと握り。多くの人が公的な福祉に頼らざるをえない。
人手が不足しているのを解決するには賃金を上げて条件をよくするしかない。ここにきて岸田総理がこの問題に取り組んでいる。介護職、保育士、福祉職の給与を引き上げるぞと。暮れに伝わってきた報道では、介護職は収入の3%を引き上げて「月額9000円」アップさせるという話なんだよな。
少なすぎるよ!
そもそも介護職は他の職業に比べて著しく賃金が低いんだから。それがわかる数字はある?
編集部)――2020年度の賃金構造基本統計調査(厚労省)によりますと、介護職員の平均賃金は 23万9800円。保育士が24万5800円。全産業平均の賃金が30万7700円という数字があります。
これ、若い人が学校出て介護職に就いて貰える手取りの金額になったら、実際は14~15万とかって話だよ。ホントに安いんだから。だからみんな離れていっちゃうんだ。そこに月額9000円アップは焼け石に水だよ。最低でも一般的な賃金と同じレベルまで引き上げなきゃ。
編集部)――ちなみに岸田総理にとって、介護職、保育士、福祉職、看護師の賃金をアップさせることは最優先課題と言われています。そこから派生して民間企業の賃上げにつなげたい方針があると。
それにしてはチマチマしすぎだよ。賃上げに関わる手続きや経費を考えると、逆に効率わるいんじゃないの? この問題の核心は、不足する介護職をいかにして増やすかってことだろ。もっともっと大胆に手を打つべきなんじゃないの?
頑張れば年収がきちんと上がる仕組みを
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「SOMPOケア(ソンポケア)」って介護サービスの企業があるだろ、「そんぽの家」って介護付きの有料老人ホームを全国で300ぐらい運営しているところだよ。そこの遠藤さんって社長(元会長)と会って色々と話を聞いたんだ。
そしたらね、2022年は離職対策で介護職員の給料を年額で約50万円アップさせるんだってね。知ってた? ちょっと調べてごらんよ。
編集部)――SOMPOケアの大幅な年収アップは日本経済新聞を始め新聞各紙で取り上げていました。『介護事業を手掛けるSOMPOケアは、2022年4月に従業員の賃金を引き上げると発表。介護職リーダーにあたる1000人の年収は50万円増の450万円に、施設長などのマネジメント職にあたる1200人の年収は55万円増の約555万円に引き上げる。リーダー職やマネジメント職の給与水準を高め、若手社員が将来の展望を持ちやすくする。』――と。
そうなんだよ。結局ね、若い人が途中で辞めてしまうことは、人材育成に充てた費用や時間がゼロになってしまうことだから経営的には損失なんだって。それに、もしも知識と経験のあるベテラン職員がひとり辞めると、そのレベルの職員をゼロから育てあげるのには1億円もかかるって。しかも時間だってたっぷりかかる。
だから、経営全体で見れば若い人が「がんばって続ければ年収がきちんと上がる」「いつまでも働きたい」という環境にして、誰もが辞めずに働く職場にすることがプラスなんだって。まったくそうだよな。そのほうがサービスのクオリティも保てるし、保てるだけでなく、職場全体に知識と経験が蓄積されていけばいくほど、企業全体のクオリティが上がるってことだからね。
働く人がどんどん知識と経験を得ていくことが会社の財産になる。そのために何をするべきか。答えはシンプル、働きがいのある待遇にすること。民間でわかってる人のほうが、今ある危機感に対して大胆に手を打ってるよ。
将棋に例えれば、岸田さんは「歩」ばかり動かしてて、SOMPOケアのような民間は「飛車」「角」をドーンと打ってる、そんなふうに見えるよな(笑)。
ジジイババアの面倒をジジイババアの予備軍が見る
あと、これは前にも提言したけど、介護職や看護師不足の対策に、もっと経験者を登用できるように考えるべきだよ。例えば、介護はね、自宅で親の介護をしていたとか、そういう私的な経験だって人材としてはとても大きいんだよ。大事なのは経験なんだ。そういう人には介護職員や介護福祉士に関する資格を取るための道を優遇するべきだよ。例えば、資格を取得するのにかかる費用をグンと下げるとか、いいアドバンテージを与えたりとかね。
一般の仕事はさ、歳をとればとるほど、職種も狭まるよな。でも介護みたいな仕事は年齢よりも経験だからさ。60歳過ぎてからだって体が動けば即戦力なんだ。
定年後にまだまだ働きたいという人向けに、新たに法律を整備して「介護職のシニア資格」を新たに設けるのは実践的な案だと思うよ。ジジイババアの面倒をジジイババアの予備軍が見る、そういう仕組みを作るのに、俺に必要なことがあればいつでも力を貸すよ。介護に関しては酸いも甘いも色んな人達の経験談が俺の頭にはあるからね。
介護職はね、実は人が死に向かう時間にもっとも近くで寄り添う「死」に一番近い職業であって、それは神に仕える神職だっていう人もいるよ。働く環境にやりがいを持てれば、それはそれは素晴らしい職業なんだよ。そういうことをね、もっともっと伝えていきたいね。
(取材構成:松田健次)