走行データのビジネス活用を目指すホンダ
少し前のことですが、日本経済新聞に「ホンダ、走行データで稼ぐ」という記事が掲載されていました。
現在、約370万台あるホンダが販売した「つながるクルマ」搭載のカメラ、レーダー、電子制御ユニットが収集した走行データ(走行距離、時間、速度、位置情報、路面データ、周辺状況、燃料状況等々)を、これまでも社会貢献的観点から保険会社や自治体などに提供して保険料の基礎データづくりや渋滞情報などへの活用を支援してきました。
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それを今後、商業施設はじめ広く民間企業向けに有償で販売し、新たなビジネスとして展開していく、というものです。
調査機関などがデータを他者に有償で提供するビジネスモデルは別として、一般企業による自社データ販売となると、まださほど多くの企業で成功例を耳にしていない印象だったのですが、このニュースを聞いて過去に書店大手の三省堂が似たような新規ビジネスで話題になっていたことを思い出しました。
三省堂のデータ活用事業に期待感を抱く理由
ネットで記事検索してみたところ、以下のニュースにたどり着きました。2005年の記事で、三省堂書店が日本IBMの力を借りて、同社全店舗の書籍販売実績データをほぼリアルタイムで提供するサービスを開始したというものです。記事によれば、データの主な販売先は出版社です。
三省堂書店、販売データ配信サービス「本DAS-P」を日本IBMのハウジングサービスで実現 – ZDNet Japan
そこで業界関係者に取材をしてみたところ、出版社はこのデータを活用することで購買者の傾向をより正確に把握することができるようになり、出版書籍の可否検討や雑誌の編集方針を固めることに大いに役立っているとの声が聞かれました。
一方、書店業界が2000年以降のAmazonの急台頭によって大きなダメージを受けジリ貧状態が続く中で、三省堂はこのデジタルデータ販売が書籍販売、辞書等出版事業の業績低下を埋め合わせて余りある状況で、定額収入が期待できる新規事業としてしっかり定着しているようです。この事例は、一般企業にとってもアフターコロナ戦略の示唆に富んでいると感じました。
三省堂の手法は買い手・売る物・売り方を変える可能性
今やデータ収集は個別店舗のPOSレジやタブレット端末でも簡単にできる時代であり、その有効活用はDX化が叫ばれる今、もはや業種問わずの可能領域であるのは明白です。
加えて、あらゆる業種においてコロナ禍をターニングポイントとしたビジネスモデルの見直しが活発化している状況下では、デジタルデータの収集・活用の流れが今後大きな広がりを見せるのは確実であるとも言えます。
そしてまた、自社のためだけにデータを収集・活用する時代から、このデータを他者に提供することで新たなビジネスモデルを生み出すという視点での動きもまた加速するのではないかとみています。
三省堂の成功事例はその点からは大きな示唆を含んだものであり、注目に値します。特にビジネスモデルの見直し的な観点からは、「買い手を変える」「売る物を変える」「売り方を変える」という常套3手段を同時に実現したものと解釈できるわけであり、データ販売ビジネスがコロナ禍におけるビジネス転換のヒントが満載であると感じたのは、まさにこの点が見えたからに他なりません。
三省堂の場合、「買い手を変える」はすなわち仕入先を販売先に変えたことであり、「売る物を変える」は売る物を本から販売データに移行させたことです。さらに「売り方を変える」は、売り切り型から月額定額継続販売型への切り替えなのです。
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この3つの要素が実はビジネスモデル転換のカギを握る要素であり、これをどの順番で手掛けていくかによって具体的な方法論は異なっていき、結果として成果の出方も変わってくると考えます。
本業とは別のビジネスモデルを検討する場合、売る物を変えずに「買い手を変える(広げる)」のは販路拡大戦略であり、一般的には業績停滞時に経営者が真っ先に考えるビジネスモデル転換であると言えます。
経営者がその際に手段として併せて考えるのが「売り方を変える」ことであり、「売り方を変える」ことで「買い手を変える(広げる)」ことにつなげるやり方は、ビジネスモデル転換のオーソドックスな流れであると言ってもいいでしょう。