ATMや暗号資産の取引所では顧客の大切な資産を保護するため、ID番号や暗証番号を用いてユーザーの身元を確認しています。ところが、ATMにスキミング用の装置が取り付けられていたり、企業のサーバーが大規模なハッキングに遭ったりした場合、個人情報が漏れてセキュリティが侵害されてしまいます。そこでカナダとスイスの研究チームが、アルベルト・アインシュタインの特殊相対性理論に基づいて、「個人情報をやり取りしないためハッキング不可能な本人確認の方法」を考案したと発表しました。
Experimental relativistic zero-knowledge proofs | Nature
https://www.nature.com/articles/s41586-021-03998-y
Experimental relativistic zero-knowledge proofs | Nature
https://www.nature.com/articles/s41586-021-03998-y
Einstein’s theory of special relativity could help create unhackable ATMs – CNET
https://www.cnet.com/news/einsteins-theory-of-special-relativity-could-help-create-unhackable-atms/
研究チームは、ATMなどにおける本人確認におけるセキュリティ侵害に対抗する上で、「個人情報を全く明らかにすることなく本人確認をすること」が有効だと考えました。そこで目を付けたのが、「ゼロ知識証明」というやり取りの方法です。
ゼロ知識証明とは、自分の持っている数学的な命題が真であることを伝えるために、「その命題が真である」ということ以外の情報を伝えることなく証明できるやり取りの手法です。たとえば、色が識別できないAという「検証者」に対し、色が識別できるBという「証明者」が存在しており、Bが「自分は色が識別できる」ことを伝えたいとします。
この場合、Aが青と赤のカードをそれぞれ両手に持って、カードをBに見せてどちらが青でどちらが赤か確かめさせます。次にAは、Bに見えないようにカードを背後に隠し、入れ替えたり入れ替えるふりをしたりして、再び2枚のカードをBに見せます。そして、「さっきとカードを入れ替えたかどうか?」を尋ねれば、色が識別できるBはカードの入れ替えがあったかを100%の確率で答えられます。この1回や2回では偶然正解することもありますが、この問いを膨大な回数繰り返すことにより、色が識別できないAでもBが色を識別できると証明可能です。
ゼロ知識証明は1980年代に初めて定式化されて以降、暗号資産関連の分野などで使用されています。ところが、数学的な仮定に基づいているといった制約から、一部の関数がデコードできないという問題や、前提となる数学的な仮定が反証されてしまった場合はセキュリティが侵害されてしまうといった問題があるとのこと。そこで研究チームは、アインシュタインの特殊相対性理論に基づくことで、ゼロ知識証明をより強固なものにしたと主張しています。
研究チームはゼロ知識証明に、「3色問題」という数学的な問題を用いました。3色問題とは、1つのノードが2つのリンクで異なるノードに接続されたグラフにおいて、接続した各ノードを3色(緑・青・赤など)の異なる色で塗り分けるというもの。膨大なノードとリンクを持つ特定のグラフにおける3色問題の解法は見つかっておらず、現実的には解くことができません。
新たに発表された本人確認方法は、事前に3色に塗り分けた巨大なマップを証明者に与えて、本人確認の際に検証者が証明者にノードの色を尋ねるというもの。3色問題は解くことができないほど複雑ですが、証明者はあらかじめ正しいマップを持っているため、どのノードについて尋ねられても正しい回答を返すことができます。また、定期的に色を「緑→青」「青→赤」「赤→緑」のように入れ替えることで、ハッカーが証明者の答えからマップを推測するのを困難にできるとのこと。現実の場面においては、現金を引き出したいユーザー(証明者)が、ATM(検証者)の装置にデバイスを挿し込むなどして、このプロセスを実行できます。
しかし、このプロセスではハッカーが答えからマップを逆算する可能性がわずかに残っており、完ぺきではないと研究チームは指摘しています。これは、2つの大きな素数をかけ合わせて非常に大きな数を生成し、これを分解するのは非常に困難であるものの、絶対に不可能ではないことと同じです。そこで、アインシュタインの特殊相対性理論の「情報は光より速く移動することができない」という原理に基づいて、さらにゼロ知識証明を強固する手法を提唱しました。
研究チームが考案した手法とは、「検証者と証明者のペアを2つ作り、検証者はマップの中から隣り合う2つのノードをランダムに選択して、2つの証明者に異なるノードの色を同時に尋ねる」というもの。正しく塗り分けられたマップでは隣り合うノードの色が異なるため、証明者が答える色は必ず違うものになります。2つの検証者間に一定以上の距離があれば、「情報は光より速く移動できない」という特殊相対性理論の原理に基づいて、検証者間で回答までに情報を転送するカンニングが不可能となり、回答の正当性が保証されるという仕組みです。
ジュネーブ大学の物理学者で論文の共著者であるSébastien Designolle氏は、「この手法の背後にあるアイデアは、2人の容疑者を別の部屋で尋問して、お互いに通信できないようにする警察官と同じです。彼らが同じ内容を語っているなら、それは2人が真実を語っていることを示すいいヒントになります」とコメント。実際の検証では、検証者と証明者の間で300万回もの質問を3秒未満の短時間で行うことで、2つの証明者の回答が偶然一致する可能性も排除されるとのこと。
実際に研究チームは、検証者と証明者のペアが60m以上離れた状態でこのコンセプトを実験したそうで、複雑で高価な技術を使わなくても実用化が可能だとのこと。また、近い将来には検証者間の距離を1mに減らすことができると研究チームは考えています。
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