鼻毛というのは、どうしてこうも人を恥ずかしい気持ちにさせるのだろう。体の毛という点では頭髪と変わらないし、目的があって生えているのだから、邪険にされるものでもない。にもかかわらず、つねに気まずさとマリアージュのワードである。
ところで、新潟県には「鼻毛の池」というユニークな地名がある。なんともいえない響きだが実は紅葉の穴場で、名前とのギャップもまた魅力なのだという。時季はちょうど紅葉シーズン。ぜひとも訪ねてみたいと思い、旅立った筆者が現地で見たものとは……
・風光明媚な「鼻毛の池」
場所は新潟県上越市の山中。市のホームページには「美しい景観を誇る」と紹介があるが、詳しい情報はなく、所在地も「上越市大島区牛ヶ鼻」とザックリしている。どうやら建物があるような観光地ではなさそうだ。
カーナビをセットして出発する。しかしほどなくして、ナビはピンク色の山道を指示。パナソニックのカーナビのユーザーはご存じだと思うが、筆者のナビのデフォルト設定では一般道は黄色のライン、高速道は水色のラインで指示される。
ところが、おそらく私道や山道など通常の交通ルールが通用しない道はピンク色になり、あとは自己責任ね、といわんばかりに口を閉ざす「突き放しモード」に入るのである。
道はどんどん細くなる。(※写真は安全なところに停車して撮影しています)
すれ違いは不可! 幸い数十メートルおきに待避所があるので、もし対向車が来たらどちらかがバックして道を譲ることになる。それでなくとも筆者の車はそこそこデカい。これ以上、道が狭くなったら引き返すしかない。しかし、どうやって……?
「直近の待避所はあそこ」と記憶にたたき込みながら進む。対向車が来た場合を何度も脳内シミュレーションするが、焦りの蓄積する頭には「上りと下り、どっちが優先だったっけ……?」といった初歩的な疑問が駆け巡る。
山道を上るのはほんの数キロなのだが、右へ左へのつづら折りで、永遠にも感じられる。しかしついに、ナビが目的地に到着したことを示した。
ついに来た! 看板なども見当たらないが、ナビによるとこれが……これが……
鼻毛の池である!
い、池……どこ?
水ないじゃん……!!
正確には水がないのではなく、葦(あし / よし)なのか水草なのか、植物が一面に生い茂っていて水面が見えない。全体が湿地のようになっている。
本来なら紅葉が鏡のように池面に映るのだろう。時期が悪かったのか、色づきもピークとはいえない。少し散ってしまった状態だろうか?
そして人っ子ひとりいない。ワイルドすぎる。おそらく筆者がここで池に転落しても、当分は気づかれないだろう……。
ざわざわと鳴る木々。スマホの電波まで頼りない。
………………
………………
………………
よし、キツネに化かされる前に帰ろう。
事前情報によると峠を示す石碑や、野趣あふれたキャンプ場があるとのことだったが電波状態の悪いスマホはただの板であり、見つけられなかった。かろうじて湧水所を発見したが、テンパっていた筆者は写真に収めるのを失念。
峠は「上りよりも下りの方が怖い」ということ身をもって体感しながら筆者はそろそろと山道を下った。たぶん落ちたら死ぬ。
平地が見えたときは心底ホッとした。結果として、山に上ってから下るまでのおよそ50分間、車はおろか、バイクにも自転車にも一切出会わなかった。
しかしこんな急峻な峠なのに、ところどころに棚田など、人々の営みの気配があるのには感動した。一帯は「越後松代棚田群」と名付けられた美しい棚田が点在する地域である。
・名前の由来
どうしてこんな珍妙な名前になったのか。実はもともと一帯は「鼻蹴峠」と表記されていたという。いまでは想像もできないが、往時は主要な街道だったそうで、前をいく人や馬から鼻を蹴られるほど急な峠だったことが由来だそう。
いつだれが、鼻蹴を鼻毛にしたのかはわからなかったが、もし名付け親に会えるのならば聞いてみたかった。「どうして鼻毛なんですか」「なにか思い入れがあるんですか」と。
個人的な印象だが、新潟県はここ以外にもディープなスポットが多いように思う。鼻毛の池、いろいろな意味で迷所であった。