北海道・東北の家庭の漬け汁の配合を聞きました
北海道の秋の味覚、いくら。
すでに漬かっている既製品を買うのではなく、生筋子の状態から調理して漬けるのが北海道民の流儀というものだ。
とはいえ、食べたことがあるのは自分の家のいくらだけで、ひとの家で漬けたものをいただいた経験はない。いわゆる「各家庭の味」がある割に、その味が家庭の外に出ることは滅多にないのだ。
「いくら食わしてくれ」と家を訪ねて回るのがベストなのかもしれないが、このご時世が許さないであろう。僕の友人たちに、家庭でつけているいくらの漬け汁の配合を聞き、そのレシピで漬け比べてみたい。
道民は家庭でいくらを漬ける
そう、道民にとっていくらは食べるものでもあり、漬けるものでもあるのだ。
もしかすると「いくらって自分で漬けるものなのか?」という方もいらっしゃるかもしれない。まずは漬け方を紹介しようと思う。
9月末から11月にかけて、北海道のスーパーにどっさりと並ぶ生筋子。例年だと100グラム数百円のお手頃価格で買うことができる。価格はどれほどかわからないが、本州のスーパーにも取り揃えがある店もあるらしい。
今年は赤潮の影響で歴史的な不漁らしく、めちゃくちゃ値上がりしていておののいた。100グラム1000円くらいする店もあった。ひえー。みなさんも安い日を狙ってご準備いただきたい。
開講!いくら漬け方教室
漬け汁の味を決めるのは、しょうゆ、酒、みりんのみ。このバランスがいくらの美味しさのほぼ全てを決めるといっても過言ではない。この秘伝の割合を友人たちから聞き出すことがこの記事の肝である。
これらの調味料のバランスに加え、もう一つポイントが存在する。酒とみりんを煮切ってアルコールを飛ばすか否かである。
この工程を行うかどうかも流派が分かれるところだ。しょうゆ・酒・みりんを混ぜるのみのワイルドな漬け汁の流派と、アルコール分を飛ばした丁寧な漬け汁の流派に分かれ、いくらを漬けた味わいもきっとだいぶ違う。その辺りを確かめたい。
漬け汁が用意できれば、あとはひたすら地味な下ごしらえ作業で、筋子をバラしていくらの状態にしてゆく。そこで登場する便利アイテムが焼き網やバトミントンのラケットである。
といった具合で焼き網に筋子を押し付ける。そうするとみなさんが思うよりも潰れずに、気持ちよくほぐれてくれるのだ。「無限いくら」というおもちゃがあっていいくらい気持ちがいい。バンダイさんいかがですか。
幼い頃、おもちゃのバドミントンラケットをこの用途に使われて「ああっ……」となったことを思い出しながら、ひたすらいくらをほぐしてゆく。皆さんは任意の思い出で遠い目をしてください。
ほぐしが完了すると、「もう旨そうじゃん」な生いくらができあがるが、まだ道は半ば。
この中身をごそごそ探ると「さてはお前可食部じゃないな!?」という部分がたっぷり出てくる。これは味にも食感にもよろしくないので取り除く必要がある。
複数回塩水を替えつつ、可食部じゃない部分をひたすら取り除き、水が濁らなくなったら下ごしらえ完了である。この工程がなかなかに面倒だが、がんばるしかない。
あとはこれを用意した漬け汁に漬け、冷蔵庫で一晩置けばおいしいいくらの出来上がりである。
途中のちまちました作業は面倒だが、トータル作業時間は1時間弱。これといって難しい作業もない。おいしいいくらが待っているので、この作業、けっこう豊かな時間だと思う。
漬け汁発表!漬け比べ!
いくら作りの全体像が見えたところで、満を持して今回漬ける漬け汁の配合を発表しよう。
今回は4人の友人に協力してもらうことができた。うち3人は道民で、1人は宮城県出身である。
この割合をもとに漬け汁を用意した。左から①〜④と並んでいる。
ちなみに①T家の漬け汁は酒・みりんを煮切るタイプ、②I家と③K家は煮切らずそのままのタイプとのことだ。
特にエッジが効いているのは宮城の④S家の漬け汁だ。漬け汁を見てほしい。
というのも、宮城の郷土料理「はらこめし」のつゆをいくらの漬け汁に用いるからだ。
しょうゆ・鮭・砂糖で鮭を煮て、その煮汁をいくらの漬け汁として再利用すると聞いた。鮭の煮汁をいくらに……どのような味わいなのだろう。
下処理した生いくらを4つに分け、いくらが浸る程度にそれぞれ漬け汁をそそぐ。
そして冷蔵庫で一晩。どのような味の違いが生まれるのだろう!
これが各々全く違う味わいに
一晩寝かせてできあがったいくらがこちらだ。参考までに市販品のいくらも並べてみた。
道民の自分でさえ、一皿にこんなにいくらが並んでいるのは見たことがない。圧巻である。これをひとりで全部食べていいのか……。味への期待と痛風への不安で武者震いがしてきた。
これらをひたすら食べ比べてレビューしていこうと思う。今回はお相手としてほかほかのご飯にお越しいただいた。
まずは基準として市販のものを食べてみる。
普段はもっぱら自家製のものを食べるので、市販のいくらはどんなものかと期待したが、これはパック寿司の味だ。上品っぽいような、主張の弱いような、よく知ってる味。食感もいわゆるパック寿司のもので、プチプチ感はほぼゼロだ。これはこれでうまいけれど。
続いて4つのいくらを食べ比べてみた。ぜんぜん味がちがう……!
絵面はほとんど変わらなかったので、違いを書き連ねてみる。
①T家はしょうゆの割合が少なめで、酒とみりんのアルコール分をしっかり飛ばしている。おだやかな色合いと同様、味も非常に上品で、バランス型の味わいだ。ご飯に「なじむ」感じ。いくら初心者におすすめしたい。
②I家はしょうゆと酒の割合が多め。アルコールは飛ばしていない。ひとくち食べて「おお、ストロングだ」と感じた。ご飯と一緒に食べても、負けずにしっかり主張してくる。食べすぎるとちょっと酔っぱらっちゃうかも。
③K家は②I家と似た配合で、かつアルコールを飛ばしていない。ほぼ同じ味になるかと思ったが、若干こちらの方が甘く感じる。やはり主張は強めで、ご飯が何杯でもいけるやつだ。
④S家の漬け汁は鮭の煮汁。鮭のうまみや香りがガツンと加わっていて、親子の結束を感じた。うまい。いくらだけを食べても、ちゃんとはらこめしの味がしておもしろい。これが味の奥行きというものか…。
味の他に、食感にも大きな違いが生まれた。アルコール分を含んだものはプチプチ感がかなり強く、アルコールを飛ばしたものはやわらかな食感となった。僕はやわらかな方が好きかも。これは完全に好みの範疇という感じだが、おもしろい。
最後にいくらチャートをつくってみた。調味料の配合を変えただけでほんとうにこのような違いが生まれたのだ。いくらの世界は奥深い……。
スーパーで生のいくらを見かけたら、お好きな配合でぜひ一度、その後配合を変えてもう一度漬けてみてほしい。感動するはずだ。
道民を集めていくら漬けパーティーをしたくなった
当たり前の存在すぎて自分の家のいくらについての言及がおろそかになってしまったが、うちの家庭のいくらは市販でふつうに売っている だしつゆで漬けたお手軽いくらだ。だしのうまみが加わって、これもまたうまい。
こだわりがあっても、なくてもおいしく漬かってくれるのがいくらのいいところだ。
今度は友人たちと家で集まって、それぞれの味でいくらを漬け合う「いくら漬けパーティー」をしたい。いくらは早ければ数時間で漬かるので、仕込んでから映画を数本見ればおいしいいくらにありつける。きっと楽しい会になるはずだ。