米議会の下院軍事委員会は2日、ファイブアイズに日本、韓国、インド、そしてドイツを加える項目も含む総額7780億ドル(約85兆円)の22年会計年度(21年10月~22年9月)国防授権法案を承認した。今後は上下両院合同委員会で法案の条文化に向けた作業を行う。
同法案(NDAA)のうち、ファイブアイズに係る記述は「インテリジェンスおよび特殊作戦に関する小委員会」が8月25日に提案した24頁の「インテリジェンス共有の枠組み」の一部だ。先ずはその文言の要約を以下に示す(拙訳による)。
委員会は、米国が第二次大戦以来、豪加英そしてニュージーランドと長年にわたって情報を収集・共有するという特別な関係を維持強化する独自の方法を発展させていることを認識する。そして現在、状況が大きく変化し、主要な脅威が中国とロシアから発せられていることも認識している。
委員会は、この大国との競争に対抗するためファイブアイズ協定を、志を同じくする他の民主主義国に広げねばならないと考える。よって国家情報局長官に対し国防長官と協力して、以下のレビューを22年5月20日までに上下両院の軍事委員会と情報委員会に報告するよう指示する。
- 協定の潜在的な欠点を含むファイブアイズの協定共有の現状、および効率向上とセキュリティ強化のための変更提案。
- 軍事および諜報活動を含むファイブアイズ間の現在の資源共有の取り組み、および将来の資源共有機会の提案。
- 協定を日韓印独に拡大することの効用、これにはこれらの国の貢献可能性の洞察と、より緊密な共有を妨げる技術的限界を含む。この技術的限界の是正に必要な行動と協定拡大に関連するリスクの特定、および各国をより緊密な共有の枠組みに安全に組み込む方法の提案。
ここ最近のNDAAは、昨年分では中国への情報や技術の流出を防ぐべく、トランプ政権がファーウェイなど5社製品の政府調達を禁じ、対中輸出規制も強化する強硬策が取られ、また本年分の7400億ドルでは今年1月初め、既に大統領選に敗れていたトランプの拒否権が否決されもした。
22会計年度分のトピックにはアフガン関係とLGBT関係などあるが、覇権主義を剝き出しにする習近平の中国とクリミヤ併合で制裁下にあるロシアの脅威に対する予算も一層強化された。ファイブアイズの拡大もその一環に位置付けられている。
ファイブアイズは、そもそもは米英間で41年に結ばれたUKUSA協定を淵源とするシグナル・インテリジェンス(シギント:通信諜報)の同盟で、冷戦が鮮明化した46年に正式調印された。そこへ56年に加豪ニュージーランドの3ヵ国が参加して今日に至っている。
米豪ニュージーランドにはANZUS条約がある。日本が51年9月に講和したサンフランシスコ平和条約を機に、対日防衛の観点で結ばれた条約だが、後にこれに先んじた米比相互防衛条約と直後に結ばれた日米安保条約と共に、米国の西太平洋おける反共軍事同盟に性格を変えている。
日米豪印の4ヵ国には外交と安全保障で協力するクアッド(日米豪印4ヵ国戦略対話:Quadrilateral Security Dialogue)がある。19年にインド太平洋地域での中国の軍事・経済両面での脅威に対抗する仕組みとして安倍総理が提唱し、発足した。インドの登場が特徴的だ。
ナインアイズにノミネートされた日韓印独のうち韓国は、米韓同盟と日米各々とのGSOMIAで安保情報の共有化を図っており、ドイツはNATOで米国と軍事同盟関係にある。よって、ファイブアイズ=UKUSAは、ANZUS+QUAD+NATOと日米・米韓安保条約の合体シギントといえよう。
が、ナインアイズにも課題があるようだ。メルケル独首相はスノーデン事件で、NSAによるメルケルら政財界要人の通信傍受を知って米国に抗議し、ファイブアイズ入りを求めたが、オバマ大統領に断られた経緯があるという(「世界で激化する通信傍受 NSAの威信と苦悩」小谷賢日大教授)。
それでもバイデンが、昨年トランプが独駐留米軍を3分2に削減するとしたのを凍結し、むしろ500人増やすとしたし、ロシアのガスパイプラインの制裁も解除した。どちらもトランプ政策をひっくり返すためとはいえ、ドイツにとっては歓迎だ。ドイツは米の誘いに乗るのではなかろうか。
ニュージーランドは、トランプの対中強硬政策を継承するバイデン政権が「より積極的な姿勢で中国に対抗」し、ファイブアイズを「同盟国を結集するプラットフォーム」にすることに対して、「ファイブアイズの役割強化は都合が悪い」と、これに一線を画しているとされる(9月4日の朝鮮日報)。
同記事はナナイア・マフタ外相が今年4月、「ニュージーランドは最大の貿易相手国である中国との予測可能な外交関係を目指している」と強調し、中国による香港民主化運動弾圧を非難する今年1月の米英加豪共同声明にも参加せず、別の声明を発表したことを報じている。
9月2日のVOA紙も、ANZUS条約70周年を記念して1日にキャンベラで行われた式典に参加しなかったニュージーランドは、もはや米国との安全保障関係を維持していないとする。豪州に関しても、モリソンとバイデンは数ヶ月間話をしておらず、豪州はアフガンの20年間に着実に関与していたのに米国の撤退について協議されなかった、との識者の談話を載せている。
こうしてみると豪とニュージーランドの対米不信は、バイデン政権のコミュニケーション不足が原因のように思われる。コロナ禍というマイナス材料があるとはいえ、正副大統領コンビであるバイデンとハリスの、老いと無能に起因する腰の重さが災いしているのではなかろうか。
韓国はTHAADを放置した上、GSOMIAの価値も理解しない従北親中の文在寅左派政権だ。これを西側のシギント同盟に加えるのはどうかと思う。が、来年の大統領選で保守右派の洪準杓が就任する可能性もあり、西側に繋ぎ止める意味からも加入の余地を残しておくべきかも知れぬ。
民主主義の大国インドのファイブアイズ参加は、地政学上からも共産中国の抑えとして必須だ。既にクアッドで日米豪と連携しているし、英連邦(British Commonwealth of Nations)の一角を占めているのだからファイブアイズには最も相応しいともいえよう。
日本は目下、政権与党の総裁選で喧しい。折角のファイブアイズへのお誘いだが、国連憲章第51条で認められた独立国固有の権利である「スパイ防止法」一つ整えられないようでは、断られる可能性なしとしない。次期自民党総裁には、この辺りにしっかり対応できる人物を選んで欲しい。