「ノーベル平和賞」はもういらない?:根源から揺れるそのシステム(倉持 正胤)

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グローバル・インテリジェンス・ユニット チーフ・アナリスト 倉持 正胤

毎秋の風物詩ともいえる話題の一つに、10月に受賞者が発表されるノーベル賞がある。

スウェーデンの発明家で実業家のアルフレッド・ノーベル(Alfred Nobel)によって遺贈された基金から毎年授与される同賞は、1895年に書かれたノーベルの遺書により、ノーベルの財産を委託された基金から各界で業績のあった人々に毎年5つの賞を授与するよう定められ、1901年から始まり、現在においては世界で最も権威ある賞の一つとみなされている。

ノーベル賞のメダル
出典:Britannica

権威ある賞といわれ続けるには、スウェーデン王立科学アカデミーのゴラン・ハンソン氏が「ノーベル賞は性別や民族性の割り当てをしないと決定した、それはノーベルの遺志に基づいている」と述べているように、受賞の基準などを含め、賞の運営において、公平性や中立性が保障されていなければならないだろう。(参考

一方で、平和賞にはその運営が欧米諸国の統治リーダーシップの「思考と行動」が如実に示される現場であるという特徴を有しており、特に、時の政治問題とも関わるだけに公平性や中立性が保たれているのかという声が付きまとう。過去にはノーベル賞の受賞を自国の指導者によって拒否することを強いられたケースも存在する。1937年、ヒトラーは、ドイツの政治犯であった反ナチスのジャーナリスト、オシエツキー(Carl von Ossietzky)に対する1935年の平和賞受賞に激怒したため、ドイツ人がノーベル賞を受け取ることを禁じた(参考)。

今年の平和賞は、ロシアの独立系新聞で編集長を務めるドミトリー・ムラトフ氏とフィリピンの記者、マリア・レッサ氏が選ばれているが、強権主義といわれる国家で活動するジャーナリストに授与されたという点で注目が集まっている。

フィリピンではこの受賞が論争を巻き起こしている。フィリピンのあるジャーナリストは、フィリピンはジャーナリストにとって最も危険な場所の一つと述べているように、レッサ氏は昨年サイバー名誉毀損の罪で有罪判決を受け、また、最長100年間投獄され、自らのニュースサイトが閉鎖される可能性のあるいくつかの訴訟に直面している。レッサ氏の弁護士は、この受賞とフィリピンのジャーナリズムに当てられた光は権威主義者や新たに芽生えてきた独裁者を尻込みさせるものだと評している。一方で、ドゥテルテの支持者の一人は、ノーベル賞の審査員たちは欧米メディアの誇大広告にだまされたという理由で、レッサ氏は受賞には値しないとする意見を表している(参考)。

ノーベル平和賞にまつわる論争は、近年、日本でも巻き起こっている。2017年の核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の受賞に関してである。同団体は核兵器禁止条約に焦点を当てた活動の功績によって受賞したのであるが、被爆国であるが「核の傘」に依存する日本は、この問題にどう向き合うのかといった問いを突き付けられた。核抑止か、あるいは核廃絶か、問題解決への進め方について、政治的な論争は消えておらず、世界の安全保障を追求する上で何が正しい手法なのかといった答えを出すことは容易ではないことが明らかになったといえる。

こうしたノーベル賞が投げかけている問題を見れば、世界において普遍的な価値観を形成し、合意を得ることは容易ではないと考えさせられる。日本にとっても、核兵器に関わる議論など、対立する政治課題で合意を得るには、ノーベル賞の歴史と同じくらい長い時間を必要とすることだけは間違いないことを、この賞は暗示しているのではないだろうか。

倉持 正胤
株式会社 原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
青山学院大学大学院国際政治経済学研究科・国際政治学専攻修士課程修了。民放テレビ報道局にて国際ニュース部門、デジタルメディア編集などを担当した後、2021年8月より現職。

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