「安いニッポン」から脱却せよ – ktdisk

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アメリカに住むわが家にとって夏の日本への一時帰国は一年の最大のイベントだ。コロナ禍で日本への一時帰国がしばらくできていないが、日本に住む家族と一緒に時間を過ごし、日本の美味しい料理の数々を堪能することを、家族全員がとても楽しみにしている。渡米間もない頃は、アメリカでは3倍ほどの値段をつける日本の食事などを適正な値段で楽しめることに安心感や満足感を感じていた。が、最近一時帰国する時に感じるのは、「これは安すぎるんじゃない」というお得感を超えた違和感だ。

職人が経験と技術の粋を詰め込んで丹精込めて作ったラーメンが700〜800円というのは異常とも感じる安値であるし、500円以内で食べることができる昼食のバラエティもとても先進国とは思えない。アメリカでは低所得者層向けのファーストフードと位置づけられるマクドナルドですら500円以下でセットメニューは食べることができない。

そんな経験があったので、本日紹介する『安いニッポン 「価格が示す停滞」』は私の問題意識を的確に、色々な事例と共に示してくれた。

安いニッポン 「価格」が示す停滞 (日経プレミアシリーズ)

  • 作者:中藤 玲
  • 日経BP

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話題になった本なので既読の方もいると思うが要点をまとめると以下のような感じである。

  • ディズニーランドの入場料やダイソー製品などを複数の国に渡って価格比較してみると日本が最安値であることが非常に多く、これは日本の国際的な購買力の低下を表している。
  • 日本の安さの大きな要因はその人件費の安さにあり、労働生産性の低さや旧態依然とした人事・雇用慣行がその原因にある。結果として、海外からの人材獲得できず、さらに優秀な人材の国外流出してしまって、日本の競争力を下げる要因となっている。
  • 優秀な人材だけでなく、観光地、製造業の技術などのその割安感から海外から「買われる」状況が続いており、日本国内のマーケットも日本にやってくる海外の方に向けた「高いサービス」と日本の消費者に向けた「安いサービス」に二極化が始まっている。
  • 「政策的に労働者の賃金を上げる」、「価値があるものにはその対価をきちんと払うよう消費行為を改める」「雇用慣行を是正し、労働市場を整備し、より労働生産性を高める」、などの施策を実施し、「安いニッポン」から脱却しなければ、未来は明るくない。

全体的に、このコロナ禍での閉塞感を助長する論調で、あまり元気のでる内容ではあったが、丹念な取材に基づき、日本の問題点をリアルにえぐり出していると思う。一方で、内容に問題はないのだが、「危機感を煽るだけではなく、もっと日本の良いところに目を向けようよ」という感想を覚えた。日本の状況は決して「安かろう悪かろう」ではなく、むしろ「安かろうに良かろう」という状況なのだ。

提供する製品やサービスの質が悪いのであれば、かなりの重症と言えるが、製品とサービス、そしてその支えとなる人は未だ一流なのだから、そういう点をもっと強調して欲しかった。そこで、筆者に変わってアメリカ在住8年ほどの私が感じる日本のサービス、製品、質の素晴らしさをいくつか紹介したい。

「おもてなし」が日常の日本

この夏に日本に一時帰国できないので家族でオーランドのディズニーワールドに行った。そのアトラクションの質、作り出された世界観は、流石という感じではあるが、やはりパーク内、ホテルの個々の従業員のホスピタリティの高さにはいつも驚かされる。そこには「もてなし」の精神があり、普段もてなされていないアメリカの方々の心に潤いを与えてくれ、それが人気の要因の一つであることは間違いない。勿論アメリカにも「もてなし」の精神を感じることもあるが、正直ムラがかなりあるし、無いところには干からびたように徹底的にないのだ。

翻って日本に目を向けると、「もてなし」が非日常ではなく、日常なのだ。勿論、旅館やホテルに泊まって、はずれくじをひくことだってあるけれども、それはまれであるし、カスタマーサービスや行政サービスというアメリカでは「もてなし砂漠状態」のエリアにすら、自然と「もてなし」の潤いが溢れているのは、日本の素晴らしいところだと思う。「もてなし」の気持ちはお金では表せない、という思い込みを捨てて、是非サービスの価値に見合った対価を胸をはって請求して欲しいし、消費者も気持ちよく支払って欲しい。

日本はグローバルで活躍できる人材の宝庫

手前味噌になるが、私はアメリカに来て8年くらい経つが、頂いているお給金は何度か昇進したこともあって8割ほど上がっている(余談ではあるが労働時間は3〜4割は減っている)。以下の日本人の感覚としては普通のことをやっているだけなのだが、そういうことを息を吸うように普通にできるということは、アメリカではものすごい強みなのだ。

  • 小さな仕事から大きな仕事まで、約束した期日はきちんと守って完了するし、完了が難しい場合は、その旨と事情を期日前に連絡をする。
  • 自分がミスを犯したら、そのミスを認めミスが発生した理由説明や再発防止策の提示を必要に応じてする
  • 自分個人の都合だけを言うのではなく、チームや組織全体のことを常に念頭においた上で発言をする。
  • 小学生レベルの算数であれば、息を吸うようにできる。

こちらで生活をしていると、日本人コミュニティのボランティアなどで日本企業の駐在員と一緒にファンドレイズの活動をさせて頂くことが多い。海外駐在の機会が与えられるということで、できる方が沢山きているのだろうが、体系的に物事をまとめる能力、ふわっとした議論をアクションまでちゃんと落とし込む力、既定路線に流されず新しい見方を提示する視点などを持ち合わせている素晴らしい方々とご一緒させて頂く機会に恵まれている。

そんな方々が、日本時間にあわせたこちらの深夜まで電話会議にでたり、土日も通常のごとく仕事をしている姿を見てると「あなたなら、今の半分の労働時間で、もっと高い給料もらえるから、こっちの企業に勤めちゃいなよ」と言いたくなる。少し話がそれたが、日本には世界で十分に通用する人材が多いのだから、政府主導でそういう方々が、本当にやるべき仕事にフォーカスでき、能力に見合った給料がもらえるような雇用慣行と労働市場を整備してあげてほしい。

落とせる質は勇気をもって落としてしまおう

きりがないので、この辺りにしておくが、最後に質が良いのはよいことであるが、過剰品質を企業も消費者も求めすぎなので、その点は是正して、もっと労働生産性をあげたほうが良いと思う。以下参考までに、2点ほど渡米当初は気になったのだが、慣れてしまえばそれ程気にならないことをあげてみたい。

  • 置き配
    これは日本でもアマゾン主導で進んでいるが、アメリカでは置き配が標準だ。受領確認をしないので、配送ミスに気付きにくくなるというのがデメリットで、今年に入って誤配や未配は3回ほどあって、その度に面倒な思いはしているが、全体の効率が圧倒的にあがるので、消費者が許容すべきことだと思う。
  • 他人の返品物を再配達
    アメリカではオンラインショップが主流であり、気に入らなかったら気軽に返品できるのが良い。が、企業側は返品された商品について、意外と箱の上のテープを張り直すくらいの手間しかかけずに、他の注文者に発送をしている。正直、大きな金額のものほど、「誰かが一度は開けた感」があるものを送ってくる傾向にある。はじめは気になったが、一度使い初めてしまえば、その後は気にならないので、あまり余計な手間をかけないほうが良いと思うようになった。

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