エレベーターを待つあいだ、扉の窓からついつい中を覗き込んでしまう。扉の中に広がるあの空間。上階にいるとき、そこに広がっているのはただただ深い闇なのだけれども、自分が1階にいるときには、床下が見える。
あの床下が好きだ。床下が好きというか、たいていの床下には工具だのオイル缶だの、何か物が置いてあって、誰かが入った痕跡がある。その光景が好きだ。
※2009年1月に掲載された記事の写真画像を大きくして再掲載しました。
探偵か考古学者気分でめぐるエレベーターの床下
僕があの光景に惹かれる理由は、人がいた匂いがするからだ。僕は入ることができないあの場所だけど、最近誰かが入って、何か作業をしたあとがある。その人たちが何をしたのかはわからないけど、今では道具の一部だけが残されている。
誰もいない部屋に手がかりだけが残されているこの状況は、密室ものの推理小説に近いのではないか。あるいは、遺跡に残された道具だけを元に当時の暮らしを推測する考古学に近いのではないか。そんな思いもあって、とても知的好奇心を刺激されるのだ。
そんなエレベーターの下の光景を味わうべく、いろんなエレベーターを見て回った。特に発見も情報もない記事ですが、なんとなく謎の漂う雰囲気を、みなさんも味わっていただけたらと思います。そしてここでいったい何が行われたのか、一緒に想像してみてください。
東京メトロ豊洲駅
最初に訪れたのは、東京メトロ豊洲駅のエレベーター。東芝製。(メーカーは情報として書いていますが、必ずしもメーカー=メンテナンス会社ではないので、床下に物を置いた人がその会社の人かどうかはわかりません)
床下の様子は、見下ろし図にして説明しよう。
※図中にある二重丸は、緩衝器。エレベーターの機械の一部。
(1) 隅に雑多なものが積まれている。ほうき、ちりとり、そしてたくさんある灰色のものはなんだろう。持ち手がついている。重り?黄色い器具(マスタードのチューブのようなもの)は、おそらく機械部分にオイルを差すための器具だろう。
(2) 金属製のなにか。部品なのか、道具なのか。
(3) 角にはオイル(?)缶が置かれている。手前にひとつと、陰になっているがその奥にもひとつ。
にじみでる几帳面さ
いろいろなものが置かれているが、すべて部屋の隅にまとめられ、きれいに整頓された印象を受ける。
特にたくさんある重り(?)をきれいに整列して立てかけているあたり、管理者の几帳面な性格が読み取れる。
このエレベーターは階ごとに扉の方向が違うタイプ。とはいえ、あとから出てくるほかのエレベーターと比べてみても、扉の数によって道具の置き方が違うということはなさそうだ。
こうやって図に描き下ろしてみると、密室殺人と考古学の他にもうひとつ思い出すものがあった。ロールプレイングゲームの攻略本についてくる、ダンジョンマップだ。ゲーム抜きでただ眺めているだけでおもしろかった(そのせいでどんどん読み進めてしまって、ゲームの結末がわかってしまったりするのだ)。探偵、考古学者、ダンジョン探検と、思い思いの感情移入で楽しんでいただければと思います。
ゆりかもめ豊洲駅
ゆりかもめ豊洲駅のエレベーター。FUJITEC製。
道路をはさんでエレベーターが2つあり、どちらも同じ配置で置かれていた。
(1)脚立。
几帳面よりさらに几帳面
ガラス越しに見たところ
シンプル。物がない。エレベーターのメンテナンス作業には、オイル差し、ボルト締め、各部の点検、消耗部品の交換などいろいろある。脚立以外にもメンテに必要な道具というのは必ずあるはずで、それらがここに置いていないということは、すべて持ち帰られているということだ。整頓された床下は几帳面さを感じさせるが、物がないというのはそれ以上に几帳面な印象を受ける。
ゆりかもめ新豊洲駅
ゆりかもめ新豊洲駅のエレベーター。FUJITEC製。
同じゆりかもめの豊洲駅からは歩いても数分程度ですむ距離なのだが、エレベーターの床下を比べるとずいぶん印象が違う。
(1)脚立。
(2)脚立の足元に、なにか針金でくくられたコンクリート板のようなものが置かれている。これもなにかの重りだろうか。
(3)壁面の一部にくぼんだ部分があり、そこが道具置き場として使われている。置かれているのは四角いオイル缶と、丸い方の缶はペンキ缶のようだ。そして手前で巻かれているケーブルは、照明器具。
(4)端に穴が開いている。穴の奥まで確認することはできなかったが、わざわざ空けられているということは、何かがあるのだろう。
物置と謎の穴
物が多いにもかかわらず、壁面に物置に使えるスペースが存在しているため、整理された印象を受ける。
床に開いた穴についてはまったく謎だが、壁のくぼみと同様、何かを格納するためのスペースだろうか。あるいはあの奥にも機械があり、メンテするための作業口である可能性もある。
ゲームだったら(2)の重りを穴に投げ込むのが正解なのだが、現実ではたぶん不正解だ。
ゆりかもめ新豊洲駅
ゆりかもめ新豊洲駅にはもうひとつエレベーターがある。道を挟んで2つの出口があるからだ。ゆりかもめ豊洲駅の例もそうだったが、同じ駅のエレベーターの床下は、なんとなく雰囲気が似ている。メンテナンスの担当者が同じだから、その性格が現れるのだろうか。
(1)塩ビ製と思われる、謎の棒が2本。どちらも先端(写真手前)がゆるく曲がっており、二股に分かれている。
(2)蓋をガムテープで補強された缶で、ペンキの付着がないところを見るとおそらくオイル缶。ガムテープは、貼り方を見るに、蓋を缶にとめるためではなくて、さび付いた蓋自体の補強のために貼られている。(あるいは識別のための目印?)
(3)青い金属製の箱は、間違いなく工具箱だろう。一方、隣の紙製と思われる細長いもの、これはただのゴミである。写真には写らなかったが、「ゆりかもめ豊洲・ゴムクッション」と書かれたラベルが貼られていた。ゴムクッションのパッケージのゴミだろう。
(4)脚立。
塩ビ棒が謎
こちらも、物置スペースのおかげでいくぶん整理された印象を受ける。
この床下の最大の謎は、なんといっても2本の塩ビの棒だ。ただの棒であれば交換部品とも解釈できそうだが、先端が二股になっている点、また、棒自体がすでに使い込まれた感じであることから、どうも道具であるように思う。形状から察するに、なにかマジックハンド的な使い方をするものだろうか。たとえば手のとどかない機械の奥からケーブルをたぐり寄せるためとか。
東京電力のオフィスビル
ゆりかもめ新豊洲のすぐ隣にある、東京電力のオフィスビルのエレベーター。メーカー不明。ガラス張りでオシャレなエレベーターである。
これまでのエレベーターとは少しエレベーター自体の構造が違い、巻上機が床下に置かれていた。
(1)角にたくさんの缶がまとめられている。オイル缶に加え、一部はペンキの付着が見られるため、ペンキ缶と思われる。小さな缶はいくつかまとめて紙が巻かれている。整理のためか、一緒に使用するためにまとめられているのかは不明。
(2)ほとんどのエレベーターに置かれている脚立だが、ここでは脚立ではなく踏み台が置かれている。作業箇所の高さの違いなのか、それともメンテナンス会社の方針によるものなのか。
(3)缶がまとめ置きされているスペースの上には、照明器具が引っ掛けられていた。
雑然とした舞台裏
巻き上げ機が床下の大きな面積を占めている上、缶の多さ、そして踏み台の存在感も手伝って、ずいぶん雑然とした印象を受ける。エレベーター自体はガラス張りのスタイリッシュなデザインであり、それとのギャップが「舞台裏」感を強調してくる。
やはり気になるのは缶の多さ。巻き上げ機のメンテナンスにいろいろな種類のオイルや液剤が必要となるのだろうか。ただ単に予備や在庫品のストックということも考えられるが。
お台場、メディアージュ1
お台場、メディアージュの1F~3Fを結ぶエレベーター。メーカー不明。
こちらもガラス張りで、スタイリッシュなエレベーターだ。
(1)隅に置かれた缶。おそらくオイル。
(2)エレベーターに乗り込む際、隙間から落ちたと思われるパンフレット。同エレベーター内に2枚確認できた。
(3)機械の一部からオイルが垂れており、それを受け止めるためのトレイが置かれている。中を覗き込める位置から遠く、細部まで見ることができなかったが、オイル意外になにか金属片のようなものが入っているようにも見える。
(4)照明。いつ点灯するのかは不明。
エレベーターのライトアップ?
ここで特徴的なのは照明だ。これまで見てきた床下にも作業用の電灯はあったが、この照明は明らかに用途が違う。床下に据え付けられており、エレベーター自体を照らす方向を向いている。ライトアップ用の照明と思われるが、はたしてエレベーターの内部(といっても人間の乗るカゴの中ではない)をライトアップすることなどあるのだろうか。
お台場、メディアージュ2
同じくお台場のメディアージュ、こちらは3F~6Fを結ぶエレベーター。メーカー不明。
(1)オイル缶と思われる缶。プラスチックの蓋からは黒いチューブが伸びているが、どこへつながっているのかは確認することができない。
(2)こちらにもオイル受けのトレイがある。先ほどのエレベーターよりは近くで見ることができたが、特に金属片などが入れられている様子はない。
自動給油システム疑惑
一つ前のエレベーターと同じ建物だが、こちらの方が格段にシンプルだ。
ここでひとつ、考えられることがある。オイル缶からチューブが伸びていることと、オイルの受け皿の関係だ。もしかしたら、このエレベーターには自動給油の仕組みがあるのではないだろうか。それなら機械が多めに給油してしまった場合の対策として、オイル受けの皿が置かれているのも納得がいく。ちなみに先ほど紹介したもうひとつのメディアージュのエレベーターでも、オイル缶からチューブ&オイル受け皿の組み合わせが見られる。
撮影の苦労
ここで少し休憩して、撮影の苦労話を。エレベーターはどこにでもあるようだが、その床下を見るのは実はあまり簡単じゃない。エレベーターの中は、基本的に真っ暗だからだ。
見るだけなら暗闇でも目を凝らせば何とかなるが、写真となるとそうもいかない。フラッシュを炊いたりいろいろ試行錯誤してみたけど、結局暗いところではうまく撮影できなかった。
ガラス張りエレベーターを探せ
それでは今回の写真はどうやって撮影したかというと、壁がガラス張りになっているエレベーターを探して撮影した。日光で中までよく見えるからだ。
なんで急に豊洲から始まったかというと、たまたま透明のエレベーターをたくさん見つけたからである。
それでも、写真ではガラスのこちら側がけっこう反射している。ここまでの写真を見返すと、反射の像だけで、僕がチェックのコートを着て白いスニーカーをはいていることがわかってしまうと思う。
フェイントもあり
ガラス張りのエレベーターを発見!とおもって喜んで近づいても、一筋縄では行かないこともある。
実は今回の記事でゆりかもめ沿線のエレベーターが多いのは、ゆりかもめにガラス張りのエレベーターが多かったからだ。
エレベーターなんてどこにでもあるよね、と思っていたら、床下観察向きのエレベーターは実は稀少。意外に足を使う取材になってしまった。
ゆりかもめ汐留駅
さて床下の紹介に戻ろう。ゆりかもめ汐留駅のエレベーター。ESTEM製。
ちょうど前ページでフェイントとして紹介した、地上はガラス張りのエレベーターだったのに地下はそうではなかったパターン。ちょっと写真も暗いが、今回の調査中でここだけにしかない特徴が見られたので、掲載したい。
(1)脚立。これまでの他のエレベーターと違い、壁に立てかけられている。上には雑巾のようなものがかけられ、白い色のためにエレベーターの外からも目立つ。
(2)暗いため確認できなかったが、なにか青い箱のような物が置かれている。その脇には黄色が見えるが、これは黄色い箱が置かれているか、あるいは青い箱に黄色い札がかけられているようにも見える。
雑巾
今回の調査中で唯一、雑巾の置かれた床下だ。最下階がガラス張りでなく、通行人から見られにくいために油断したのだろうか。しかし白い雑巾は窓のこちら側の光をよく反射して、ずいぶん目立ってしまっている。
ホコリの積もり具合を見るに、ここに雑巾を広げておくのは得策ではない。あえて広げているのは、濡れていたのを乾燥させるためか、あるいは下の脚立にホコリをためたくなかった(?)からだろうか。
羽田空港第2ターミナル1
羽田空港第2ターミナルのエレベーター。メーカー不明。
今回の調査中唯一の円形エレベーター。扉の位置も、階によって異なる。
何もない
なにもない。明るい位置にあり、ガラス張りで内部も見えやすいエレベーターのため、景観に配慮してのことではないか。
また空港という場所柄を考えるに、防犯上の理由でそうしている可能性も考えられる。残された道具だけでなく、ホコリも他のエレベーターよりもきれいに掃除されていると感じた。
羽田空港第2ターミナル2
羽田空港第2ターミナルの、また別のエレベーター。メーカー不明。
(1)黄色い金属製のポール、4本。用途は不明だが、何かの交換用部品だろうか。汚れが目立つので、交換済みの旧部品の可能性もある。
(2)金属製の何か。台車の手押しの部分にも見えるが、先に台車はついていない。これも何かの部品なのだろうか。
部品からはよくわからない
部品(のようなもの)がいくつか置かれているが、工具類が置かれていない珍しいパターン。
工具や道具類についてはあるていど用途を推測する楽しみがあるのだが、機械の部品となるとエレベーター自体の構造がわからないため、まったく推測できない。やはりおもしろいのは、人が直接握った道具のある場所。人の匂いのする場所だ。
羽田空港第2ターミナル2
羽田空港第1ターミナルのエレベーター。三菱製。
何もないのは味気ない
先ほどの丸いエレベーターにつづき、こちらもなにもない。やはり空港という場所柄がなにか関係しているのかもしれない。
しかしこれまでいろいろなエレベーターを見てきた後に見ると、きれいに片付けられた床下というのも、それはそれで面白みのないものである。
人の活動の匂いを感じるおもしろさ
以上が、今回調べたエレベーターのすべてだ。あのくらい空間の中で、内容はよくわからないけど「メンテナンス」という作業が行われていて、いろんな道具が残されている。残していく道具も人によってまちまちで、その結果、同じように見えるエレベーターにも舞台裏にはこんなふうに個性が生まれているのだ。
そんな、人の活動の残り香を感じること。それがなんとなくおもしろいなー、という、それ以上でもそれ以下でもない記事なのだけれど、楽しんでいただけていたら嬉しいです。