「自分が『二流市民』であるような感覚」:聴覚障がい者が直面する、リモートワークの現実

DIGIDAY

「リモートワークは辛かった…」。もしあなたがそう思っているなら、それを1000倍にした辛さを想像してみて欲しい。そうすれば、聴覚障がいを抱えるスタッフが経験してきた辛さが、あなたにも少しはわかるはずだ。

リモートワーク時には、耳が不自由なスタッフとそうでないスタッフのコミュニケーションにアクセシビリティツールが必要になる。にもかかわらず、企業の大半はそのためのツールを十分には提供していないと、聴覚障がいコミュニティのスポークスパーソンたちはいう。動画の字幕やデジタル通訳をはじめとする、これらのサービスは、オフィス環境内では簡単に利用できる。しかし、リモートワークではそうはいかない。ただでさえ、読唇術や手話に頼ることが難しいというのに。

その結果、聴覚障がいを抱えるスタッフたちは孤立感を抱いたり、脇に追いやられているような気分に襲われたりするようになっている。なかには、そのせいで仕事を辞めてしまった人たちもいるという。

ビジネスの世界では、今後ハイブリッド型ワーキングモデルの定着が決定的となっている。そんななか、アクセシビリティツールを必要とするスタッフたちは、このままでは事態は悪化の一途をたどるのではと、不安を感じている。

「二流市民」であるような感覚

フラストレーションのレベルは沸点に達している。ニューメキシコ州聴覚障がい者協会(New Mexico Commission for the Deaf and Hard of Hearing)のエグゼクティブディレクターを務めるネイサン・ゴム氏は、サポートが受けられないことに「動揺する」人を何人も見てきたと述べる。「会社は自分たちのニーズなどどうでもいい、自分たちのことなどどうでもいいと思っている。そんなふうに彼らは感じている」と、同氏は語る。このような扱いを受けているせいで、彼らはしばしば、自分が「二流市民」であるような感覚に襲われているという。

この1年間、オフィスにおける周囲との交流や、仲間意識を確かめる機会の喪失を、多くの人々が残念に思ってきた。だが、直接会って話せなくなったことの辛さを誰よりも痛感しているのは、聴覚障がいを抱えるスタッフたちだろう。彼らはビデオ会議の席での読唇術や手話、通訳サービスの利用に苦労している。「障がいを持つアメリカ人法(Americans with Disabilities Act of 1990:ADA法)」のアクセシブルデザイン基準の順守事項により、企業の人事部門は、オフィスでの会議にアクセシビリティツールを提供することに積極的だ。しかし、リモートワークにおいては、その提供は遅々として進んでいないという。

電話での会話にリアルタイムに字幕をつけるモバイルアプリ、InnoCaptionの共同CEOを務めるジョー・ドゥアーテ氏は、「部分的にしか情報を得られなかったり、多くを聞き逃したり、私たち聴覚障がい者は会議中、話についていくのに苦労している。もしそこに大きな誤解があれば、会社に直接影響を及ぼすこともある」と語る。「助けを求めるのに気まずさを感じることも多い」。

また、これによって自尊心が傷つけられたり、孤立感を抱いたりするようになったりもする。そうなれば、彼らの仕事ぶりや生産性にも、その影響は及ぶと、ドゥアーテ氏は述べる。「ビデオ通話の字幕機能や同時通訳機能といったアクセシビリティツールが利用できないせいで、コミュニケーションを取るのが困難なスタッフには、周囲とのやりとりがあまり必要ではない仕事が与えられることが多い。これでは、彼らのモチベーションや生産性が悪影響を受けてしまう」と、同氏は語る。「アクセシビリティツールを提供し、誰でも平等にコミュニケーションがとれる体制を整えて、聴覚障がい者もほかのスタッフと同じレベルで仕事に打ち込めるようにすること。どんな会社においても、これは不可欠であると考える」。

置き去りにされている

昨年の3月ころは、誰もが劣悪な環境で在宅勤務に励んでいた。Wi-Fi接続は相次ぐビデオ会議によって負荷が増し、画面はフリーズ、会話は途切れ途切れになった。とくに、一部の大手グローバル企業の若手スタッフにとっては、ある意味、在宅勤務は屈辱の儀式だった。同僚たちに自分のアパート(多くがルームメイトと共同で借りている)を見られることになるし、プレゼンの際もスペースが狭いため、ノートパソコンをベッドの端か、ぐらぐらのアイロン台(もちろん、途中で倒れる)に置いて行う。人によっては、子どもが乱入してきて、同僚やクライアントとのビデオ通話を大混乱に陥れるケースもあった。それは大変な毎日だった。

けれども最初の数カ月が過ぎると、企業からの支援で、スタッフたちはもっと洗練されたホームオフィスで仕事ができるようになった。こうして、当初の問題の多くは徐々に解消され、楽しい思い出として笑い話になっている。

しかし、聴覚障がい者たちが直面している現実は異なる。たしかに一部の企業は、リモートやハイブリッドという環境下で働く聴覚障がいのスタッフに一定レベルのアクセシビリティを提供している。しかし大半は、いまだに必要な技術投資を行っていない。また本来、企業は上司や同僚に、アクセシビリティに特別なニーズを抱えるスタッフとの接し方についての研修を行う必要があるが、そういった取り組みも見られないと、聴覚障がいコミュニティのスポークスパーソンたちはいう。

テクノロジー面の課題も

また、多くのアクセシビリティツールの表示や操作には、聴覚障がい者が話し手の唇を確認するのに必要な柔軟性が、まだ備わっていない。また、画面上で通訳者を話し手の隣に固定する(ピンニング:pinning)機能も備わっていないことが多い。

確かに、Googleなどのテックプラットフォームには、聴覚障がいコミュニティのために設計された製品もある。しかし、Zoom、Google Meet、マイクロソフト(Microsoft)のチームズ(Teams)、シスコ(Cisco)のウェベックス(Webex)といったリモート会議プラットフォーム間の格差は、さまざまな問題を生み出していると、米国の非営利団体、TDIのCEO、エリック・カイカ氏は述べる。「サードパーティのキャプショナーを使って、字幕サービスを提供しているプラットフォームはほとんどない。ASR(自動音声認識)オンリーの字幕機能を搭載しているものもあるが、必ずしも正確ではない」。また、セキュリティ上の理由から、これらのサービスをブロックするものも、なかにはあるという。

また企業は、スタッフが自宅で利用できる動画アプリやチャットアプリに対しては、不思議なほどの官僚主義を発揮する。手話で仕事中のコミュニケーションをとっているスタッフに便利なアプリのマルコ・ポーロ(Marco Polo)やグライド(Glide)などであっても、IT部門の承認がなければ使用できない。そのせいで余計にフラストレーションがたまると、ゴム氏は述べる。

インクルーシブであることの価値

「上から下までインクルーシブでアクセシブルな職場のほうが生産性は高く、一般的にいっても魅力的だ」と、ゴム氏。「職場がアクセシブルなら、生産性も定着率も向上する。そうすれば、人材採用もうまくいく。リモートワークが正しく推進されれば、聴覚障がいを抱える人も、普通の人と何ら変わらない力を発揮できる。オフィスの文化がインクルーシブであれば、多様な人が結果を出すことができるはずだ」。

TDIによれば、現在米国だけでも4800万人が何らかの難聴を患っているという。各地でロックダウンがはじまって以来、それなりの進歩はあった。しかし、リモートやハイブリッドといった労働環境におけるニーズが満たされるまでには、まだまだ道のりは長いと、聴覚障がいコミュニティのスポークスパーソンたちはいう。

モニターを追加して、通訳用のスクリーンと発言者用のキャプションを増やすなど、設備を改善すれば、問題の解決に大きく貢献できるとゴム氏は述べる。またITチームは、VPNや文書化ソフトの拡充といった差し迫ったリモートワークのニーズの先を見据え、アクセスビリティのためのさまざまなプログラムについて学び、それらを利用できる体制をつくるべきだという。

「会議中の議論やスクリーンの共有、ピンニング、通訳の手順などに関するプロトコルを用意しておけば、スタッフは重荷から解放される」と、ドゥアーテ氏は語る。

企業がアクセシビリティをコアバリューのひとつにするには、ハイブリッドな労働環境の設計段階から、エキスパートを招き入れる必要がある。これは一見大変そうに思えるが、これにより企業は優位性を獲得し、アクセシビリティに関するさまざまなニーズを持つ、優秀な人材を確保できるようになる。こうしたことの実現を、カイカ氏は望んでいる。

「アクセシビリティを怠る企業は、今後遅れを取り戻すためにアプリケーションを改良したり、廃止したりを常に余儀なくされるだろう」と、同氏は付け加えた。

[原文:‘Second-class citizens:’ Hard-of-hearing employees frustrated by lack of accessibility in remote and hybrid working

JESSICA DAVIES(翻訳:ガリレオ、編集:村上莞)

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