深刻化する“偽情報”問題に事業者はどう取り組むか、「自由な言論」と「対策」を両立させる論点をまとめた報告書のポイント Twitterやヤフーも参加する「ディスインフォメーション対策フォーラム」が発表

INTERNET Watch

 一般社団法人セーファーインターネット協会(SIA)は3月28日、Disinformation(ディスインフォメーション)対策フォーラム報告書を公表。偽情報・誤情報の定義や議論のスコープを設定するとともに、事業者らによるファクトチェック、ユーザーのリテラシー向上の2つの取り組みについて、課題や論点をまとめた。

悪意ある「偽情報」だけでなく、悪意なき「誤情報」も議論の対象に

 Disinformation対策フォーラムは、偽情報・誤情報流通の実態を正確に把握し、対応について多面的に検討することなどを目的として、2020年6月に設置された。報告書は、2022年1月までの同フォーラムにおける議論をまとめたもの。

 一般に「Disinformation」は、何らかの悪意を持って作られ、流される情報である「偽情報」と訳される。しかし、同フォーラムでは、悪意のない単なる「誤情報(Misinformation)」も含めた、「あらゆる形態における虚偽の、不正確な、または誤解を招くような情報で、設計・表示・宣伝される等を通して、公共に危害が与えられた、又は、与える可能性が高いもの」をDisinformationと定義している。

 その上で、同フォーラムでは偽情報・誤情報の生成・拡散およびそれによる被害について、「正しくない、ある種の病理現象」としてのみ捉えるのでなく、自由な言論の中で一定程度必然的に生じる誤解や誇張等を含めて、世論形成のエコシステムの中で起こりうるものとして捉え、広い視野から検討することで、中長期的な対策や改善につなげることが意識されている。

Disinformation対策フォーラム

 Disinformationの一例としては、新型コロナウイルスワクチンに関する偽情報・誤情報が拡散され、政府機関や医療専門家が繰り返し対抗する情報を発信するなどして、偽情報に対する危機感や警戒感が高まったことがあった。

 また、同フォーラム設置前の2016年4月には、熊本地震の際に「動物園からライオンが逃げた」とのデマが写真付きで拡散されたことがあった。報告書ではDisinformationの典型的な事例として、このことにも言及されている。

 一方で、2022年2月に発生したロシアによるウクライナ侵攻を巡る情勢は踏まえられていない。「国家機関が情報操作を試みる場合、これを見抜くことは民間の自主的な活動だけでは著しく困難」と、国家機関による情報操作については同フォーラムのスコープの範囲外であり、今後の各方面での議論を待つとしている。

「情報の誤り」を論ずるのでなく、「情報が拡散されて生じる被害」の防止や回復が目的

 報告書では、議論の前提として、議論のスコープや偽情報・誤情報対策の目的を次のように設定している。

議論のスコープは「SNSにおけるデマ」を中心に

 インターネット上のSNSなどで個人ユーザーが発信する「デマ」の類を対象とし、情報そのものや情報がやり取りされる情報環境の信頼性が損なわれる問題、さらには結果としてプラットフォーム事業者そのものの信頼が棄損される問題を、議論の中心とする。

 「国民の知る権利を支える報道の自由にまで議論が及ぶことを避ける」として、報道機関などは議論の対象としていない。また、インターネット外のクチコミなども対象としない。

偽情報・誤情報による被害の対策が目的

 情報の誤りそのものを問題とするのではなく、誤った情報が拡散され、信じられ、信じた者の行動が変容し、その結果、個人、社会、経済に被害が生じることが問題であるとして、そのような被害を抑制・防止・回復することを目的としている。

表現の自由に配慮し、誤情報の流布も一定程度許容する

 同フォーラムの議論による、個人の言論・表現活動に対する委縮効果に留意し、「自由な言論・表現活動が守られる社会においては、誤った情報が発信され流布されることも、結果として一定程度許容されると考えられる」としている。

多様性を理解し、多様な対策を検討する

 偽情報・誤情報は、その分野、手法、専門性、拡散の仕方、影響など多くの要素が非常に多様であり、その性質を十分に理解し、対応した多様な対策が必要となる。同フォーラムではファクトチェックとリテラシー向上の取り組みを軸として議論しているが、一方で、それらのみで被害を一掃できるわけではないとの認識を前提に、幅広い対策が必要であるとしている。

詳細な実態の把握を重視する

 日本における対策を検討する土台として、日本語圏における偽情報・誤情報をめぐる実態を、抽象的なものに留めることなく、一定のコストをかけて収集したエビデンスやデータをもとに分析し、議論することが重要であるとしている。

SNSなどの事業者の役割に期待する

 SNSなどのサービスを提供するプラットフォーム事業者が、インターネット上に言論空間を生み出す大きな役割を果たしているとし、「自サービスの利用者を中心に、持続的な対策を講じていくことが期待される」としている。

アーキテクチャ上の工夫の検討を期待する

 正しい啓発を受けリテラシーが向上したユーザーも、関心が低い分野の情報については、時間と労力をかけて正しい知識を得ようとせず、SNSなどに流布され目についた情報を信じてしまう可能性は高い。

 そのような認知的制約が存在することを前提として、ファクトチェックされた情報に接触するコストを下げるなど、偽情報・誤情報の拡散を防止し、正しい情報が広がりやすくなる仕組み=アーキテクチャ上の工夫が検討されることを期待するとしている。

「国際ファクトチェックネットワークの5原則」を意識した活動を期待

 事業者によるファクトチェックの取り組みとして、フォーラムの構成員であるMeta、Google、Twitter、ヤフーの4社における事例を挙げている。

 Metaは、FacebookとInstagramにおいて、国際ファクトチェックネットワーク(International Fact-Checking Network:IFCN)に認定されたファクトチェック機関・団体とパートナーシップを結び、そのチェック結果をもとに、ニュースフィードの記事にラベリングを行っている。

 Googleは、日本語のウェブ検索結果にファクトチェック結果を表示するほか、YouTubeでは自社の審査チームおよび人工知能によるチェックを行っている。また、IFCNとも提携している。

YouTube 公認報告者プログラム」。プログラムポリシーに違反したコンテンツの報告に関して貢献度の高いユーザーを公認報告者として組織している。

 Twitterでは、日本のファクトチェック推進団体であるファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)に広告枠を提供しているほか、トレンドのキーワードに対して、ファクトチェック記事を取り上げるなどしている。また、IFCN認定団体であるThe Associated Press社、Reutersの2団体と提携している。

 ヤフーでは、偽情報・誤情報に対する検証記事を積極的に掲載するほか、啓発コンテンツの掲載や、特定キーワードの検索結果において公的機関の情報を上位に掲載するなどの取り組みを行っている。また、新型コロナウイルス感染症特設サイトでは、FIJとの情報連携を行った。

 取り組みにあたっての留意点として、事業者が提供するサービスに精通しつつ、専門性が異なる各分野にアプローチ可能で、中立的なガバナンス体制を持つ機関・団体によるチェックの充実が図られることが望ましいという。そして、事実上のファクトチェックに関する世界標準を提示しているIFCNが掲げる5項目の原則との整合性が重要であるとしている。

IFCNのウェブサイト

 IFCNが掲げる5項目の原則は以下の内容で、これらを遵守する機関・団体にIFCNが認証を行なっている。2022年1月1日時点で世界で102の機関・団体が認証されているが、日本国内に認定を受けた機関・団体はないという。

IFCNが掲げる5項目の原則(IFCN Code of Principles)

  1. 非党派性および公平性(A commitment to Non-partnership and Fairness)
  2. 情報源の透明性 (A commitment to Standards and Transparency of Sources)
  3. 資金源および組織の透明性 (A commitment to Transparency of Finding & Organization)
  4. 方法論の透明性 (A commitment to Standards and Transparency of Methodology)
  5. 明確かつ誠実な訂正(A commitment to Open & Honest Corrections Policy)

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IFCN Code of Principlesの解説動画

 具体的なファクトチェックの取り組みにおいては、限られたリソースを効果的に用いるため、以下の点を踏まえることが望ましいとしている。

  • 実施機関・団体は、情報の収集、対象の選定、検証、結果の記事化、拡散といった一通りの作業を自ら行う。加えて、ガバナンスの適正性について外部に検証可能な形で監督される
  • ファクトチェックの対象には、即時性が求められるもの、回復困難性が高いものを優先的に取り上げる。具体的には、災害や犯罪などの社会的不安を増幅されるもの、差別を助長するものなど
  • 実施機関・団体は、可能な限り多様な主体からの財源により支えられるようにし、中立性と公平性を担保する。また、手法を公開し、第三者によるレビューを定期的に受けるなどして信頼性を保つ
  • プラットフォーム事業者は、そのサービス等を通じてファクトチェック結果をユーザーに提供する
  • 報道機関や学術研究機関と可能な限り協力し、情報交換を行う。また、情報収集やチェック結果の拡散のため、関連分野のインフルエンサーや教育機関、ほかのファクトチェック団体などとも広く連携する

リテラシー向上のため事業者による啓発活動に期待されるが、効果測定に課題も

 リテラシー向上のための取り組みにあたっては、特定の理解や解釈を正解とするのでなく、多様性を理解して個人の自由な理解や解釈を尊重することに留意が必要だとしている。そのうえで、認知的制約により理想的な行動が取られない(信条に沿った情報は信じやすい、関心のない話題は十分に検証しない、など)ことを前提とするべきであるとしている。

 リテラシー向上を目的とした啓発活動では、その実施者(担い手)の役割が大きい。そして、インターネット上ではプラットフォーム事業者の役割が大きいとして、Meta、Google、Twitter、ヤフーの事例を挙げている。

 各社ともサービス内で啓発コンテンツを公開している。Metaでは、「新型コロナウイルス感染症に関する誤情報に対処するための6つのヒント」、NPOとの連携による中高生向けコンテンツ「みんなのデジタル教室」、シニア向けの「大人のためのFacebookガイドブック(要Facebookログイン)」が、その一例だ。

新型コロナウイルス感染症に関する誤情報に対処するための6つのヒント

 Googleの取り組みの例としては、外部専門家と連携した「Grow with Google「はじめてのメディアリテラシー – 情報と向き合うとき、子ど もも大人もすべきこと –」や、「はじめしゃちょー」ら有名YouTuberが参加した「Google:メディアリテラシーのために」といった動画コンテンツが挙げられている。

Google:メディアリテラシーのために

 Twitterは、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)と協力したハンドブック(PDF)「Twitterを活用した教育と学習」を配布している。

「Twitterを活用した教育と学習」のダウンロード

 ヤフーでは、大学と連携して、中学生や大学生を対象としたリテラシー講座を2021年6月から行っている。また、Yahoo!ニュースの記事「『フェイクニュース』への備え~デマや不確かな情報に惑わされないために~」のようなコンテンツも提供されている。このほか、検定形式の「Yahoo!ニュース検診」のようなかたちでもコンテンツの提供が行われている。

「フェイクニュース」への備え~デマや不確かな情報に惑わされないために~

Yahoo!ニュース検診

 リテラシー向上の今後に向けた課題として、指標の開発と持続的な把握、およびコンテンツの量的な拡充が挙げられている。前者は、詳細な実態の把握のために重要であり、後者は、量的な意味でのさらなる効果につなげるために必要となるとしている。

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