狭まるプーチン包囲網 その行方 – NEXT MEDIA “Japan In-depth”

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樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)

【まとめ】

・プーチン大統領をクーデター、暗殺で放逐すべきという強硬論が高まってきた。

・国際刑事裁判所による訴追が、より現実的だが、実際に裁くのは困難か。

・プーチンがロシア大統領にとどまっても、外遊すれば身柄を拘束される可能性がある。

 プーチン包囲網がじわじわと狭まってきた。大統領を権力の座から排除しようと、イギリスの閣僚がロシア軍の将軍たちにクーデターを呼びかければ、アメリカの上院議員は、暗殺待望論を表明、物議をかもしている。

国際犯罪法廷の検察官はすでに戦争犯罪の容疑で捜査を開始している。ウクライナ侵攻の帰趨いかんにかかわらず、プーチン氏がロシア大統領にとどまるのは困難な状況になってきた。

■ 米上院議員「ロシアにブルータスは?」

ドキッとするような大胆な発言をしたのはリンゼイ・グラム米上院議員(共和党、サウスカロライナ州)。

氏は3月3日のFOXニュースのトークショー、ツイッターへの投稿で、「ロシアにはブルータス、シュタウフェンベルク大佐はいないのか。(侵攻を)終わらせる唯一の方法は、ロシアの誰かが、彼を引きずりおろすことだ」と呼びかけた。

ブルータスはいうまでもなく、古代ローマの独裁者、シーザーを暗殺した人物。シュタウフェンベルク大佐は、1944年にヒトラーを時限爆弾で殺害しようとして軽傷を負わせ、銃殺されたドイツの将校だ。

「暗殺」という言葉こそ避けたが、これらの人物の名を挙げたうえで、「(プーチンを)引きずりおろせ」というのだから同じ意味であることは明らか。さっそく波紋を呼んだ。

▲写真 米国議会議事堂でブリンケン国務長官、オースティン米国国防長官らと協議するリンジー・グラハム上院議員。(2022年2月3日、ワシントンDC) 出典:Photo by Anna Moneymaker/Getty Images

ロシアのアントノフ駐米大使は、自国が罪もない市民を殺傷していることを棚に上げて、「道徳で手本となるべき上院議員がテロを呼びかけるのは信じがたい」と非難した。

ホワイトハウスのサキ報道官は、議会のこととはいえ関わり合いを避けようとしたのか、翌日の記者会見で、「外国指導者の殺害や政権交代を求めるのは米国の採る方針ではない」と述べ、本音は別として、米政府とは無関係の発言であることを強調した。

しかし、同様の動きは欧州を中心にひろがりをみせはじめている。

英国のオンライン新聞「London loves Business」は、プーチン大統領が、核を含む抑止力部隊を厳戒態勢に置くことを支持した翌日の2月28日、英国の安全保障専門家の話として、「7日以内に側近によって暗殺される可能性がある」と報じた。

■ 英閣僚はクーデター呼びかけ

〝予言〟は現実にならなかったが、暗殺という違法な手段はともかく、クーデターによってプーチンを権力の座から引きずり下ろすことへの待望論は少なくない。

ジェームズ・クレバリー欧州北米担当相はウクライナ侵攻が強行された2月24日、英スカイニュースなどのインタビューで、「軍の将軍たちは、プーチンの行動を止められる立場にある。われわれは彼らに、それを計画することを求めたい」と明確に呼びかけた。

Daily Mail 紙のオンライン版、「Mail Online 」はプーチン氏が放逐された後の後継者について予測、ショイグ国防相、パトリシェフ国家安全保障会議書記、メドベージェフ元大統領らの名を挙げた。

いずれも〝プーチン亜流〟とも思えるが、Mailは、ショイグ氏について、「現実的で有能」と評価。プーチン氏から、核を含む抑止力部隊を厳戒態勢に置く命令を受けた時の複雑な表情に言及、国防相が不当な命令に対して反旗をひるがえすことへの期待感をにじませた。

武力を持つ軍がクーデターの中心になることはミャンマーの例を引くまでもなく、過去の例を見ても明らかだ。

■ 国際刑事裁判所は捜査開始

殺害、クーデターなど荒っぽい手段ではなく、より支持を得やすく、現実味があるのは、国際刑事裁判所(ICC:オランダ・ハーグ)による訴追だ。

英独仏など39カ国は3月2日、国際刑事裁判所に、告発に当たる訴追の付託を行った。2月末から職権で訴追の準備を行っていたICCのカリム・カーン主任検察官(英国出身)は、これをうけて捜査を開始する意向を表明した。

付託した各国は、ICCが訴追対象とする集団殺害(ジェノサイド)、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略犯罪のうち、とりあえず侵略犯罪をのぞく3項目があてはまるとしている。

ウクライナはICCに未加盟、ロシアは加盟の取り決めに署名したものの批准していない。しかし、未加盟国であっても、ICCの手続きを受け入れれば、その国で起きた事件の訴追が可能になる。

ロシアは受け入れを拒否するだろうから、プーチン氏を法廷に引き出すのは現実的には困難とみられるが、ICCの訴追に時効はないため、将来の政権が受け入れた場合、訴追される。

起訴されてもプーチン氏が出廷せず職にとどまっていた場合でも、外遊などで加盟国を訪問した場合、ICC検察官が発行した逮捕状によって身柄を拘束される可能性がある。外国人が日本の法令違反を犯した場合、訴追されるのと同じ理屈だ。

国際刑事裁判所はこれまで、30万人が死亡したといわれるスーダンのダルフール紛争で、当時のバシール大統領に逮捕状を出すなど精力的に活動してきた実績がある。

前身は、個別の国際法廷。1993年に設置された旧ユーゴ国際刑事裁判所では、ボスニア。ヘルツェゴビナ紛争などでの集団殺害、戦争犯罪を捜査、ユーゴのミロシェビッチ大統領を訴追(審理途中で死去)した。

■ 職にとどまっても各国から相手にされず?

プーチン氏が、暗殺、クーデター、刑事訴追いずれも免れたとしても、また、ウクライナ侵攻がどのような結末を迎えるにしても、戦争犯罪に問われ、首脳外交も不可能となったプーチン氏が各国から国家元首として遇されることはもはや困難だろう。侵攻を支持する一部の国をのぞいてだが。

プーチン氏のウクライナ侵攻は、市民だけで死者400人、200万人が難民として国を逃れるなど同国民を塗炭の苦しみに陥れただけでなく、自国、ロシア人自身にも大きな災厄をもたらした。

筆者の友人であり、日本の大学で教鞭をとっているロシア人教授は、厳しい視線を向けられ、制裁によって、ロシアへの帰郷はままならず、年老いた両親への送金もできないとあって悲痛な叫びをあげている。「ロシア人はモンスターではない。平和を愛し、世界の一員として民主国家と協力していきたい」ーと。

プーチン氏の胸の内を推しはかることなど不可能だが、いまのうちに思いなおして引き返せば、これ以上、罪を重ねることは避けられる。さもなければ、政治的にも個人的にも破滅が待つだけだろう。

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