プレステの父・久夛良木氏が語る「知能ロボットが切り拓く未来」とは?

PC Watch

アセントロボティクス株式会社 代表取締役 CEO 久夛良木健氏

 ソニーグループにおいてソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)を設立し、代表取締役会長兼グループCEOとして「プレイステーション」の開発を指揮した久夛良木健氏は現在、アセントロボティクス株式会社の代表取締役CEOだ。アセントロボティクス(Ascent Robotics)は2016年に設立されたAIスタートアップ。マシンラーニングを活用したピッキングソリューション「Ascent Pick(アセント・ピック)」を主力製品としている。

 2018年から社外取締役として参画していた久夛良木氏がCEOに就任したのは2020年9月。アセントロボティクスからは、昨今は資金調達、業務提携に関するニュースが続いており、1月20日にはSBIグループとソニーグループ株式会社を引受先とした第三者割当増資を実施、10億円を調達し、技術者の採用を強化すると発表された。

 1月21日には東京ビッグサイトにて開催された「第6回ロボデックス ロボット開発・活用展」の中で、特別講演「作業ロボットから知能ロボットへ、ロボットが切り拓く未来」が行なわれた。久夛良木健氏は、ロボットは定型的な作業を実行する時代を経て、センセー群とAI、高速ネットワークへの常時接続される「知能ロボット」の時代へと急変貌しようとしているという。レポートする。

[embedded content]

産業革命から大量生産、オートメーションの誕生まで

 久夛良木氏はまず最初に機械の歴史を振り返った。産業革命の時代には蒸気による革新が起き、工業化が始まった。産業革命が起きた場所はイギリスのマンチェスター、リバプール周辺である。当時、蒸気の力で紡績が可能になったことは衝撃だった。歓迎だけではなく、一部の労働者たちによるラッダイト運動も起きた。

 だが大量生産の時代は始まり、さらに蒸気機関は船や鉄道を生み出す。誕生した航路により、イギリスで作られた繊維は消費地である北米へ運ばれ、南米では綿花を仕入れてイギリスへ戻って、再び紡績が行なわれるというサイクルが始まった。これが産業革命だった。

 さらに、これが後のイノベーションにつながる。1900年、ニューヨーク五番街は馬車が闊歩していた。だがたった13年後、1913年の写真を見ると、全部が自動車に置き換わっている。これは現代に例えると、ガラケーが一気にスマホに置き換わったような衝撃だったのではないかと久夛良木氏は指摘した。ライフスタイルの大きな変化だ。この変化はさらにほかの国にも波及し、マスプロダクションの時代が来る。

 世界初の大量生産自動車である「T型フォード」の時代に、新しい考え方が生まれた。1つの設計図に基づいて大量の製品が大勢の人によって作られるようになったのである。それまでの工場は手工業によって作られていたが、それが変わった。ただ、人手で作られていることには変わりなかった。

産業用ロボットの誕生と大量生産、大量輸送、大量消費の時代

 それを変えたのが産業用ロボットだ。1962年、自動車製造向けに世界初の産業用ロボット「UNIMATE(ユニメート)」が誕生する。ユニメートはゼネラルモーターのダイキャスト溶接工場で稼働、230kgの重量物に対応した。こうして自動車産業にロボットが入り始めた。

 当時は、白物家電製品群が続々と誕生する時代でもあった。久夛良木氏は「私の子供時代には冷蔵庫もなかった。もちろん洗濯機もない」と当時を振り返り、アメリカのライフスタイルに憧れたと時代を振り返った。

 日本の主たる産業は、戦前は紡績だったが、戦後は外貨を稼ぐために自動車と家電で国を復興させようと発想が生まれ、戦後日本では、家電と小型自動車が主力産業となった。

 大量生産・輸出によって、日本の自動車生産数は1980年には世界1位に躍進する。日米自動車摩擦の時代だ。ここで自動化が進歩した。自動車や家電、同じ設計図から同じものをたくさん作る工程は、オートメーション化を進めやすい。

 多関節ロボットが生まれたのは1960年代末で、70年代には今の原型となるロボットが開発される。当時のロボットもコンピュータで制御することができた。LSIを使うことでプログラム可能、つまり条件分岐などに対応可能なロボットが生まれ、極めて高い位置再現性を実現できるようになった。

 ロボットは大量にモノを作るところにフォーカスしていた。この状況が今でも続いている。生産・物流ラインではロボット活用が急速に進んだ。塗装や溶接、エンジンのような重量物の取り扱い、組み立て、検品などにロボットが使われている。「20世紀は大量生産、大量輸送、大量消費の時代だった」と久夛良木氏は総括した。

 もちろんプレイステーションの製造にもロボットが活用されている。最初は人が並んでいるラインで、つまり人手で組み立てていたが、ロボット化しないと対応できない、ROI(投資利益率)も見合うということで自動化したという。

従来型ロボットの課題

 現在のロボットのほとんどは、ティーチング&プレイバック(教示と再生)によって使われている。繰り返し作業には向いている。だが教示には時間と手間もかかるし、組み替えには時間がかかる。1つのものを何年も作り続けるには向いているが、そうではないものを作るには向かない。大量生産の時代から多品種の時代になりつつある今日にはあまり向かなくなりつつある。

 また多くのロボットはカメラなどビジョンセンサーを使わずに動いており、内部詳細は非公開。標準化もされておらず、相互互換性に乏しい。ROSのようなオープンな開発フレームワークに対応していないロボットも多く、進化があまり進まない要因となっていると指摘した。

インダストリー4.0時代の到来と新型コロナウイルス禍での需要拡大

 そんな中、2011年のドイツ政府の「インダストリー4.0(第4次産業革命)」を起点に、新たな動きが始まった。ネットワークにつながった新しい産業プラットフォームの考え方だ。

 これが新しい進化で、ロボット自体が様々なシステムから指示を受け、横ともつながり、柔軟に変化に対応する。新しいソフトウェアやデータもクラウドからダウンロードされる。コネクティビティの時代が来るという。

 さらに新型コロナウイルス禍が起きた。コロナによってEコマースの需要は激増。物流倉庫のオートメーション化は喫緊の課題となった。リモートワーク、巣篭もり需要によって品目数と発注サイクルが増大している。

 突然、大きな需要が生まれたため、各リソースが逼迫しするようになった。物流倉庫での作業は大変な労働も多く、離職率も高い。物流ロボットが動けるような倉庫は現実にはまだまだ少なく、ほとんどの作業が人手で行なわれている。

 久夛良木氏は「人とロボットが協調して作業することが重要で、社会問題として捉える必要がある」と述べ、さらに「ここに新しい市場がある」と強調した。

 世界のEC市場は500兆円あるという。ここにニーズがある。例えば物流倉庫地帯では物流トラック渋滞がは数kmになっていることもよくある。物流センターでの搬入作業が進まないため、待機している車列だ。これらの諸課題を自動化技術で解決する必要がある。

リアルとネットが融合した市場への対応は急務

[embedded content]

 また、中国ではネットとリアルが融合した生鮮EC市場が急速に発展していると紹介。現在は12.7兆円くらいの市場だが、今後、桁違いに伸びていくと見ているという。在宅勤務やECには今までなかった利便性がある。

 「人々のライフスタイルは一度変わってしまうと戻れないくらいの勢いで進化する可能性がある。日本が今までのようなスピードで時間がかかると思っていたら、今度はこの市場も取られてしまう。本当にのんびりしている状況ではない」と強調した。そして、「日本が強いと思っている市場ですら負けてしまいかねない」と警鐘を鳴らした。

 ではリアルとサイバーの融合は、どこで起きているか。久夛良木氏は、オンラインスーパーのOcado、中国ECの京東物流(JDドットコム)、またTomkins Robotics「t-sort」、Exotec Solutionsの「Skypod」など、物流ロボットの活用状況を紹介し、日本の物流センターのオートメーション化は遅れていると指摘し、適しているものから導入していくべきだと語った。

[embedded content]

 また物流現場でのピッキングロボットの活用例を紹介。ケースから細かい商品をピッキングして出荷するケースに入れていく作業(ピース・ピッキング)でのロボット活用は始まったばかりだ。

 そして圧倒的に多品種変量生産の時代がきており、それへの対応が必要だと述べた。日用品や生鮮食料品にはCADデータのような機械が読める形式のデータが存在しない。季節そのほか状況によって量も種類も変わる。これをどうやって扱うかは大きなチャレンジだ。

センサーとAIで柔軟なロボットに

アセントロボティクス「Ascent Pick」。2021年開催「第5回ロボデックス」での出展の様子

 最近、ロボットにも多くのセンサーが搭載され、活用されるようになりつつある。RGB-Dのようなセンサーは非常に精度がよくなり、小型になり、ロボット先端にも取り付けられるようになりつつある。

 だが課題がもある。まずは高価だ。透明素材、環境光ノイズにも弱い。輝度差が大きいもの、金属反射や映り込みにも弱い。感覚器官のさらなる進化が必要だ。

 まずダイナミックレンジの広さ、さらに高精度の奥行き方向精度、密集したアイテムの分離、素材を反映した計測、そして触覚、重力、モーメント、食品鮮度、糖度計測なども重要だと指摘した。これらのセンサーは存在するが、ロボット産業に入り切っていない。

 久夛良木氏は、最先端のセンサー例として、SWIR(Short Wavelength Infra-Red、短波長赤外)センサー、偏光センサー、動きのある部分だけを取り出せるセンサー、エッジ側で処理してメタデータのみを出力するため通信容量を下げられるAI搭載画像センサーなどを紹介した。

 日用品をアセントロボティクスのスキャンシステムでスキャンした様子を示し、それを使うことでデジタルツインを作り、ロボットの最適動作をAI学習させられるのではないかと述べた。例えば複雑形状、透光性、反射率などの問題で難しい素材に対して、情報空間の中で学習させられるという。

 ハンドにも進化が必要だ。温度や圧力が常時計測できるような触覚を持つハンドがいると述べて、ソニーが開発して2021年12月に発表したハンドを紹介した。

[embedded content]

 消毒ロボット、配膳ロボットなど、サービスロボットの新しい使い方も出始めている。これらにも新しいセンサが必要だ。新しいセンサーと、頭脳であるAIが、これからのロボットには必要とされている。

AIを搭載した次世代ロボットソリューションの時代が来る

 いま起きていることは人間の能力の拡張なのだと久夛良木氏は語った。かなりの部分は教えなくてもやってくれ、継続して学習し、その結果をクラウド経由でほかのロボットと共有する。そして、いろんなことができるようになる。高度な頭脳とネットワークが融合したようなロボットが、これから先に進化していってほしいと述べた。

 システム全体が繋がることで、単純な作業だけではなくもっと広い意味で進化してほしいという。人を使っていると人為的ミスは避けられない。また人を使うと3直では設備を動かせない。ロボットを使えば24時間設備をフル稼働させられる可能性がある。かつ扱う量が増えればスケーリングができる。このような時代が、すぐそこ、数年先には間違いなく来ると考えているという。

 だが、「ロボット技術にはまだびっくりするくらい新しい技術が導入されていない」とも述べた。「クラウド技術者とロボット技術者の間がつながるようなシステムが出来上がっていない。このような新しい可能性が出てきつつあるんだよということをお伝えしたい」と締めくくった。

Source

コメント

タイトルとURLをコピーしました