インターネットの父であり内閣官房参与としてデジタル庁にも関与する村井純さん、そして「日本という方法」を提唱する日本研究の第一人者であり、超書評データベース「千夜千冊」を発信し続ける知の巨人、松岡正剛さん。私が知る限り、日本一デジタルに詳しい人と日本一日本に詳しい人である。
新型コロナのパンデミックがデジタル後進国など日本の本質的課題を炙り出している今、いちばん話を聞いておきたいお二人だと思い、超多忙な中、2021年4月から10月まで計4回、9時間におよぶ対談をお願いした。
この話を材に、若い人も年配者も、在郷の人も都市の人も、保守派も革新派も、右脳派も左脳派も、さあ目を開いて次の日本を話し合おう。(全3話)
(聞き手・合いの手・編集:井芹 昌信、協力:安藤昭子、土田米一、カメラ:寺平賢司)
日本とデジタル――新型コロナパンデミック、デジタル庁始動に寄せて
松岡 正剛
編集工学者。1971年、工作舎を設立、オブジェマガジン「遊」を創刊。1987年、編集工学研究所を設立。情報文化と情報技術をつなぐ方法論を体系化し「編集工学」を確立、企画・編集・クリエイティブに応用する。日本文化研究の第一人者として「日本という方法」を提唱、文化創発の場として私塾やサロンを主催してきた。膨大な書物と交際し、読書の可能性を追究した経験を軸に、書店や図書館を編集するプロジェクトを手がける。現在、編集工学研究所所長、イシス編集学校校長、角川武蔵野ミュージアム館長。
村井 純
慶應義塾大学教授。工学博士。1984年、日本初のネットワーク間接続「JUNET」設立。1988年、WIDEプロジェクト発足。インターネット網の整備、普及に尽力。初期インターネットを、日本語をはじめとする多言語対応へと導く。内閣官房参与、デジタル庁顧問、各省庁委員会主査等多数務め、国際学会でも活動。2013年、ISOCの選ぶ「インターネットの殿堂」入りを果たす。「日本のインターネットの父」として知られる。
井芹 昌信
インプレスホールディングス主幹、インプレスR&D取締役会長、編集工学研究所取締役。1958年、熊本県生まれ。1981年、アスキー出版入社、第一書籍編集長としてパソコン書の企画・編集を務める。1992年、インプレスの設立に取締役として参画。できるシリーズ、インターネットマガジン、Impress Watchなど創刊。現在、出版のDXとしてNextPublishingを推進中。
村井さんとのご縁はアスキー時代に初著の編集者を務めたことから。松岡さんとは編集工学研究所の役員もさることながら、編集の大先輩として長年のお付き合いをいただいている。
COCOAはなぜうまくいかなかったのか?
井芹:ところで、厚生労働省の新型コロナ接触確認アプリ「COCOA」は再三のトラブルでちゃんと機能しませんでした。これはどうしてでしょうか?
――政府主導で作っているから
村井:COCOAがうまくいかなかったのは、政府の視点で作られたからだと思います。どんなサービスだって、受け手のことを考えないで作ったものはないと思うけど、日本の政治・行政がやるサービスはとくに提供側の論理で作っています。提供側だけの論理で作ったものはなかなか使ってもらうという意味でうまくいきません。
それには、長い歴史の中で、公務員法とか国有財産法も絡んでいると思いました。学生時代に驚いたのは、データベースをインターネットにつないでみんなのために共有しようとしたら、国有財産法は国のお金で作ったものは国民が直接使っちゃいけないとなっている。つまり、公務員しかアクセスさせてはいけないんです。
調べてみたら、国鉄用の特別法(日本国有鉄道経営再建促進特別措置法)とか国会図書館用の特別法(国立国会図書館法)という法律を作って、誰でも使えるように例外的に穴を開けた歴史がある。この国の官と民の関係で、国で作ったものに対する国民のアクセスに対しての考え方がとても厳しく作ってあったことを学びました。ネットワークや情報の時代になって、それが現状とずれた部分があると思います。この考えでは、官が民のためにオンラインサービスを作るのがうまくいかなくて当たり前、という気すらしますね。
松岡:松本清張が明治官僚はタテ割りを作るためだけのものだったと書きましたが、ということはヨコに使えないオペレーションばかりに熱心だということです。
井芹:村井さんは前に、行政はオペレーションができない、とも言われてましたね。
村井:オペレーション(運用)はうまくいかなかったら修正しなければなりませんが、失敗してから修正して改善するというマインドは役人にはない。失敗するわけにはいかないから、スタートしたら別の部署に異動、の繰り返し。予算を取って作るけど、システムができたらそれで終わり。オペレーションをしながら、利用者の声を聞いてシステムを直す体制そのものが作りにくかったのです。
井芹:設計と運用が分かれたっきりなんですね。
――中国は勝手にやらせている
村井:うまくやらせてるのは中国でしょう。中国は、何でも国が主導でやってるように思うでしょ、違うんです。アリババのジャック・マーとも話したことがあるけど、いわば政府の目の届かないところでいつのまにか成功したそうです。
アリババがやってたのは、購入者が通信販売で買い物したら、品物が購入者に届くまでお金をロックして、品物到着後に販売者に支払うという仕組みなんです。それまでは、品物が先に来たらお金は払わない、お金を払ったら品物は届かない、代引きの金は持ち逃げする、だから絶対に通信販売はできない状態だったそうです。それを1つの銀行と組んでうまくいったら、たちまち8つの全国レベルの銀行が乗ってきて大成功したそうです。
その話を日本で金融関係者にしたら、それは日本では金融法違反になるのでできないとのことでした。次にジャックと話したとき、日本ではだめらしいと言ったら、そりゃそうだろうね、中国でも金融法違反だもん、と(笑)。
彼は二度、逮捕されてるんですよ。今は相当、政府の手が入って、政府主導のビジネスに見えるけど、こんな背景があったんです。言いたいことは、テンセント(ソーシャル・ネットワーキングサービスなどを手がける中国企業)もそうだけど、彼らは勝手に作ってて、成長したんですよね。中国は、今ではまったくインターネットサービスへの認識が変わったわけですが。
脅威のデジタル先進国? 中国
――あの中国船団はみな衛星通信デバイスを持っていた
村井:海警法という法律が中国にできましたよね。海上保安庁が武器を持っていいという話。
井芹:怖い話ですね。
村井:そう。ところで中国の船が持っているデバイスって、中国が打ち上げている衛星電話を使ってるんです。電話用で電波が細いからデータのやり取りは少ないはずです。昔のアナログモデムの通信速度レベルかな。ところが中国に行くと、衛星と通信できる手作りのデバイスが深圳あたりで安い部品で作られいろいろ売ってるんですよ。それは全部Android(グーグルが運用している携帯用基本ソフト)で動くんだけど、まぁ9.6kbpsで動く、のろーいAndroidという感じだと思います。
ちょっと前に、東シナ海に80隻の漁船が並んでいることが話題なりましたね。漁船はそのデバイスをみんな持ってるそうです。衛星通信なので海の上でもどこでもつながってる。それで、どこに行けとか、帰れとか、動けとか指令が出せるわけですよね。アンカー打ってるたくさんの船が一斉に移動すると、なんと海底ケーブルは切れてしまうのです。日本とシンガポール方面にいっている幹線ケーブルが、今20%も切れることがある。
井芹:意図して切ってるということですか?
村井:それは分かりません。さらにすごいのは、その指示に従うとWeChat Payなどでお金が振り込まれるそうなんです。港に戻ったら、それで魚買って帰れるんですね。
日本では衛星電話は高価なサービスですが、中国では独自のサービスですし、漁船は整備が義務だそうです。日本でも海上保安庁に武器を持たせるべきかどうかを検討しているようだけど、中国では漁民が海の守り手となって、いつでも動くことができる可能性がある。このように、これらのことはテクノロジー側から見ると別の景色として見えるということですね。
松岡:日本の海底ケーブルを守ってるのは村井さんたちだと思ってたけど、中国の漁民がそこまでとは思わなかった。空からもあるとなると両側だね。「電子のスエズ運河」がいっぱいあるということですね。
――通信サービスの代わりに潜水艦港を
村井:もう1つ怖い話があります。南の島では、ケータイ事業はあまり重要だと思われていません。それで中国がそこにやってきて、通信事業をやってやるよと持ちかけている。そうなると、ケータイだけでなく、経済から教育にも広がっていくじゃないですか。
松岡:ワクチン全部やってあげますよ、と同じですね。
村井:最近のニュースによれば、中国はアジアの途上国に対して通信技術を面倒みてあげる代わりに、潜水艦のための港を作ってほしいと言ってるそうです。日本も含めた、それこそ経済安全保障の議論が始まっているのはそのためもあると思います。確かに、これはもうテクノロジーだけの話じゃないですね。潜水艦と衛星とかになると。
松岡:国際取り引き政治。
世界的視点、国防という観点
――低軌道衛星で地球規模のインターネットができる
村井:面白いけど危ないこともいっぱい起こってます。最近、低軌道衛星を1500基も打ち上げて、地球を宇宙から包んで、インターネットを提供するサービスが始まりました。この低軌道衛星という技術は、イリジウム(1987年に米国モトローラ社の構想で始まった衛星電話サービス)など前からあったけど、当初の電話の用途では特別な用途だし、インターネットにはあまり役に立たなかった。
松岡:LEO(Low Earth Orbit)ね。衛星コンステレーションを切り替えながらやってますね。
村井:イリジウムのときは、固定の周波数を決めて世界中で合意しなければならなかったけど、今のデジタル技術だと、日本列島に来たらデータベースを参照して日本の割り当て電波に切り替えて、中国に入ったら中国の割り当て電波に切り替えて、というような切り替えが瞬時にできるデジタル電波技術が発達した。そうなってくると、誰のインフラが地球全体を握れるかという話が出てくる。たとえば、イーロン・マスク(低軌道衛星スターリンクを運営するスペースX社のCEO)がその重要なインフラを握っていいんだっけ、というような議論がこれから出てくることになります。
――トランプになってインターネット空間へのインパクトが強い
松岡:国防という観点からの問題もありますね。本当に日本を守っているのは誰か。ITで日本を守っているのと、神社で日本を守っているのは、僕から見ると同じなんです。でも今はぐちゃぐちゃで、仏教で誰、企業で誰、ITで誰、衛星で誰というふうになった。タテ割りだから、ものすごいインチキが多い。村井さんはそこを本気で国防している、そんな気があるでしょ?
村井:そうですね。僕の領域ではコンピュータサイエンスの中の日本、サイバースペースの中での日本はいつも気にしています。この4年間、トランプ政権になってインターネット空間へのインパクトがとても強くなってきて、中国との関係も含めて、本当のナショナルセキュリティ(国家安全保障)の中でどうすべきか考えなければなりませんでした。
井芹:かつて村井さんから、世界に13あるDNSのルートサーバーの中で、アジアは日本に1つだけ、と聞きました。このことはあまり知られてないと思いますが、DNSのルートサーバーはドメイン名とIPアドレスを変換してくれてるDNSというインターネットの最重要機構の親玉です。それが、今でも中国ではなく日本にあり、国際的な政治圧力に負けずインターネットの中立性を守り続けているのはすばらしいことだし、みな感謝しなければならないことだと思います。
――サイバーテロは日本もアタックされている
松岡:今、日本は、サイバーテロはどのくらいのアタックがあるんですか?
村井:すごくありますね。
松岡:それに対してはどうしようとしてるんですか?
村井:防衛省と警察はちゃんとした部隊があり、頑張ってると思います。問題は国を挙げた議論の場が明確でないことですね。まあ、安全保障関係は秘密すぎて、あまり多くの人でオープンには議論できません。経済、通信、インターネットに加えて、警察と防衛が冷静に、正しく、集める必要があります。これをまとめられるのは官邸の一部の人ですし、判断するのは最終的には総理しかいません。
デジタル庁の担当大臣を、NSC(国家安全保障会議)の環の中に入れてもらうのがいいと思ってます。そこでデジタル関連のことは相談が来るようにしておくべきです。
松岡:亡くなられたシスコの黒沢保樹さんは、サイバーテロやアラブの春が日本に起きないとは限らないから、それをどう予防するかを案じてました。
それと「デジタルでレースをやったら」と言ってた。コミケや角川のカクヨム(投稿できるWeb小説サイト)など、日本はそういうものに挑戦する人はすごく多いよね。なので、大レースを開いてそれにハメていけばいいじゃないか、と黒沢さんは言ってましたね。
日本人・日本文化はデジタルと相性が悪いのか?
――目に見えないものに弱い
井芹:世界と日本を比べると、日本は目に見えるモノ作りは上手にできたけど、金融とか情報とかソフトウェアなどの目に見えないことへの適応が上手じゃないと思うんです。デジタルに対してはマスコミもそうです。ITで、ソフトウェアからサービスになるという概念もまだ理解されてないところが多いように思います。日本は無体物に対してはっきりハードルがあるように感じるんですが、どうでしょう?
松岡:まさにそこですね。それなのに、蒲田の工場よりもデジタル情報のほうが重宝だとか、銀行の窓口の仕事がATMに置き換わるとか、全部が情報化されていくと思いすぎたのではないでしょうか。
日本人のメンタリティはフラジャイル(壊れやすく繊細)です。もともと地震が多く、長らく木と紙でできた家に住んできたので、いつ焼けても壊れてもおかしくない。建て替えたり、作り直せばいいんですね。初音ミクも作ったのは日本人ですよね。そういう作り替え可能のフラジャイルな感性が裏にあって、日本社会を支えていると思います。
――富の源泉はやっぱりモノにあっていい
松岡:日本の社会や文化力、場合によっては富の源泉はやっぱりモノにあっていいと思う。モノと情報とセンスというのは別ではありません。でもそれが、うっかり、そんなことは古いと言われてしまう。僕は、日本的なモノと情報や組織を捨てないほうがいいと思うし、今後も考え直し続けたほうがいいと思います。
その理由は、日本のモノにはスピリットという意味が半分以上あるからです。そこから、「もの悲しかったり」「ものすごかったり」するんです。ゲゲゲの鬼太郎(水木しげるの妖怪漫画)の妖怪は、すべてモノから出てきていますよね。
今リモート時代になって、オフィスは要らないんじゃないかと思われているかもしれませんが、空間はそんなに多くなくていいけど、ある種のモノと共存している空間やコミュニケーションは蓄えておかなければならないんじゃないかと思うんです。
井芹:村井さんはモノについてはどう思われてますか。デジタルがどんどん進化してオールデジタルでいけそう?
村井:それはない。学者としての目線で言えば、学んでいくことが大事です。モノがどうしてこんなにいいんだろうとか、それがどうして起こるのかを分かっていくというプロセスが大事だと思っています。たとえば、3次元の空間としてモノの形を理解するということもあるし、物性として何であるか、人間が触ったときの感触的に柔らかいとかはどういうことかなどはデジタルデータで分析できそうです。それがどこまで再現できるのかは、学びだと思います。
井芹:今、感触という言葉が出ましたが、私は前に脳科学者の養老先生とお話ししたことがあり、AIの時代に人間にとって大事なものは何ですかと聞いたら、それは「感触・感覚」だと教わりました。
松岡:感触は手の感触とは限りませんね。たとえば、目の感触も大事です。「アフォーダンス」と言われているものですが、たとえば超高速ジェット機を操縦しているパイロットは風景を感触として捉えます。何にアフォードされて知覚が拡張するか、その根底にあるのは広い意味での感触だと思います。
五本の指で何を感じているかとか、道を歩くときに何を察知しているかとか、電車に乗って車窓と自分の速度の違いをどう感じているかとか、今日の自分の体調をどうやって感じているかとか。今後、自動運転になっていったり、音や振動数が大幅に抑えられたり、ファジーなブレーキがもっと発達していったりする中で、感触のエンジニアリングが大きな変化を見せてくると思います。スマホの画面をタップしていじるようなことは人類史上なかったわけで、これからは感触そのものもデジタルが引き取る可能性があるのではないでしょうか。
――スポーツは世界に通用している
井芹:ところで、経済では失われた30年ですが、今回の東京五輪では過去最高のメダルを取り、金メダル数は世界第3位でした。日本のスポーツは立派に世界に通用しているんじゃないでしょうか?
松岡:スポーツは、限定された時間とメンバーシップによって、ルール(規則)・ロール(役割)・ツール(道具)を完璧にマスターすることで成り立つものです。そこにレフェリングもある。フリーライダーをうまく禁止する仕組みとしてオフサイドというルールがありますが、これは天才的な発明ですね。たとえばサッカーではゴールのそばで待ち受けてはだめとか、ラグビーではボールより相手側に出てはいけないとか、してはいけないことが細かく設定されています。これらの制約によってゲームはがぜん面白くなる。この全体の厳密なルールに、日本はうまく適応できていると思いますね。ただしパワーではひけをとっているけど。
井芹:日本では政治・行政がそれほどコミットしてきたわけではないのに、民活で発展してきましたね。ルールがオープンに厳密に決められている世界であれば、日本人はワールドワイドな命題でも適応できるといういい例だと思っていいでしょうか。
松岡:そう思います。でもスポーツと国の関係については、日本の政府がまったく関与してなかったわけではないですね。明治政府が運動会を小学校に作ったときに、スウェーデン体操などの世界中の近代的スポーツを研究しているので、政治も頑張ってきた部分もあります。
井芹:そういえば、国体も力を入れてやってきてますね。
松岡:あと、マスコミですね。マスコミがとにかくスポーツを報道する。政治や文化活動の報道は限定的ですが、スポーツは試合に至るプロセスも含めて共有されていますよね。勝ち組がカッコいいという価値観は日本があまり得意とするところではないですが、スポーツは勝敗のドラマを成立させました。若い子たちはこれに奮起するんじゃないでしょうか。
井芹:ルールがよりオープンになってくれたほうが日本は力を発揮できるように見えます。オープン化は、日本は得意じゃないという見解もあるけど、ルールがガラス張りになっていて、こと細かに決まっているものを、ちゃんと解釈して上手にやる力を日本はたくさん持っているように思います。
村井:柔道の話だけど、ルールがよく変わってますね。あれはどこで決めているんでしょう?
井芹:柔道の国際的な委員会で決めていると聞いてます。
松岡:柔道は体重制とか「有効」とか、ルールを国際基準に合わせすぎました。
村井:そういうところで力を発揮できる人がどれだけいるかも大事ですね。技術の領域で言えば国際標準作りになるけど、良い提案をしたり、時には、相手を説き伏せて自分の言うことを説得するなど、国際的ルール作りで元気にやっている人が少ないのには不満がありますね。
デジタル庁への提言と期待
――政策への直接関与が大事
井芹:世界の景色はデジタルで大きく変わってきてるわけですが、日本では今年デジタル庁が始動します。村井さんはデジタル庁の創設ではいろいろ関与されたと聞いていますが、どんなアドバイスをされたのですか?
村井:今は、内閣官房参与 デジタル政策担当というのを菅総理に任命されてやっています(注:菅内閣当時。現在は岸田総理に任命され再び同職を務めている)。これは、デジタル政策に関連することを総理にアドバイスするパートタイムの公務員という立場です。通常、公務員だとほかのビジネスや政治活動ができないなどの制約があるんですが、それも自由にしながらという立場です。
松岡:スナイパーですね。
村井さんが政策に直接関与できることはとても大事だと思うんです。なぜ大事かというと、僕は民主党時代に一度、失敗してるんですよ。電子内閣も含めて電子投票などもやろうとして。すずかん(鈴木寛さん)とかが頑張ったし、前慶應義塾大学塾長の安西祐一郎さんも協力したけどだめだった。メインの人がいなかった。
井芹:松岡さんは当時、民主党にずいぶんアドバイスされたと聞いてました。鳩山さんも、よく松岡さんところに来られてたんですよね。
松岡:そうでしたし、細野、前原、松井さんとかみんな来てましたけど、うまくいきませんでした。デジタル庁はうまくいきそうですか。
――50センチくらい高い部署に
村井:デジタル庁(以下、デジ庁)の議論が本格化してきたときに、デジ庁はほかの省庁より50センチくらい高い部署にしたほうがいいと提案しました。どうしてそう思ったかというと、9.11のときにニューヨークに閉じ込められたんですが、その際に米国政府が慌てて、DHS(Department of Homeland Security)という法律を作ったのを見てたんです。それはまさに50センチくらい上に作ってあって、全部の役所に「ホームランド(祖国)を守るから言うことを聞け」と書いてあったんです。デジ庁もこれじゃなきゃうまくいかないと思いました。
松岡:50センチくらいというのが面白い。完全に自立するんじゃなくてちょっとね。
村井:この表現はアメリカでは評判悪いので、今は言っていませんが。具体的には、デジタルに関しては医療だろうと教育だろうと、予算は全体的にデジ庁が見ることが法律化されました。
松岡:でもデジ庁のメンバーは結局、各役所から寄せ集めるしかないですよね。
村井:役人人事はとても大事だと思いますが、今回は片道キップと聞いています。今だめなのは、各役所から来ると、出身の役所がどうやって得するかという話になることですが、片道キップだとそれがなくなると期待されてます。それと総理直轄ということが重要ですね。
しかし、最も重要なことは、民間の専門家を多数雇用する仕組みが導入されたことです。国民の目線でサービスも作るためには、民間の専門家の経験がとても重要です。役所にはこのような経験をした人材がいなかったわけですから、両方の人材がチームを組んだら最高のパフォーマンスを期待できます。
――国際的な議論の場に日本がいない
松岡:役所にデジタル知財に強い人っていますか?
村井:少ないですね。国境なきジャーナリスト(Reporters without borders)という組織がEUにあります。そこに、Webのアーキテクチャーが重要だから教えてくれと呼ばれました。いろんな論点があって、たとえば出版物がデジタルになったときの本当の著者は誰なのかとか、広告の仕組みとか。
問題の1つはRTB。RTB(Real-Time Bidding)は広告とコンテンツをベストマッチする仕組みで、リアルタイムでマッチングをやる。たとえば海賊版のサイトで問題になった漫画村へアクセスしたときに、その瞬間「3/15までに納税してください」という国税庁の宣伝がついていた。つまりこれは、犯罪サイトなのに日本国政府が広告をつけているという状況。これは仕組みから考え直す必要がありますね。
でも、このような国際的な議論のバックグランドにいる人を見ると、日本人が全然いない。37カ国で議論してても日本はいない。理由の1つに、コンテンツの監督官庁がないことがあるかもしれません。
井芹:新聞もないし、出版もない。メディア業には監督官庁はないんです。第四の権力としてメディアに監督官庁がないのはいいことだし、私もそちら側の生業なので誇りでもあり、緊張感も持ってます。でも、こういう新しい問題への対処、特に国際的な場面だと課題がありますね。
ちなみにテレビは監督官庁があります。電波法があるからかな。
村井:その通り。
――チームとプロジェクトが形成されてほしい
松岡:デジ庁は、村井さんがさっき指摘された、作りっぱなしみたいにならないことを心から願いますね。そのためには特別チームが形成されるのがいい。地位とか肩書じゃなくてチームができてほしい。
村井:まったくそうですね。大事なのは、チームとプロジェクトだと思います。
井芹:私も同感です。私が所属しているインプレスグループには十数社の企業がいるんですが、グループ全体にかかわるような命題ではホールディングスが音頭取りになり、プロジェクト形式で立ち向かってます。プロジェクトだと組織や人事が柔軟にできるのでスピードが出せるし、予算を付けることもできるのでとても使いやすく、成果が出せています。
――地球省プロジェクト
村井:僕が今、一番関心があるのは、これまでインターネットは地表で作ってきたけど、それを宇宙まで含めて全部作り直すぞ、というのがこの2021年に始まることなんです。すでに恐ろしい数の衛星が低軌道で地球を覆っていて、これらを使うと新たな通信インフラができます。すると、地表がすべてインターネットにつながるだけでなく、海の中でもつながることになってきます。その元年が今年なんです。これが人類にとって、文明的にも一番大きなトランスフォーメーションのときだろうと思っています。
この問題をどう捉えればいいのか? 無数の衛星が連携してインターネットのインフラを作ることを誰がやるべきなのか? 安全保障の問題も出てくるでしょう。海もあるので水産物や環境の問題でもあるでしょう。これまでとまったく違うことができるから、解かなければならない問題として、電波から始まって、水産物の管理から、サプライチェーンから、通貨から全部を考えなければならなくなります。
この統括は、デジ庁が音頭取りするしかないのではと思ってます。そこに、地上だけじゃない全地球的な視点を持つノンテレストリアル・ネットワークプロジェクトを立ち上げて、外務省も入る、防衛省も、経産省も、農林水産省も、総務省もみんな入ってもらう。そんな役所ないですよね。例えれば、地球省。各専門家が力を合わせて立ち向かえたら素敵だし、こんな役所ができたら面白いと思います。
松岡:そこが狙いどころ。日本の政治組織と役人組織を変えるチャンスかもしれません。やれないとまた内閣府が出てきますから、なんとかデジ庁側が、各省や各県や各国を含めて手を出すのがいい。小さくても、最初からそういうチームがあってプロジェクト化されるのは大賛成です。
一方で、学会やメディアもそれを語れる学習をする必要がありますね。じゃないと、説明できなくなってしまいます。僕は今、天動説・地動説のような言い方でいえば、電動説というところまで来ているじゃないかと思ってるんです。電動説をどうやったらみんなが享受できるのか。メディアへのレクチャーも必要だと思います。
「第3話 人類とデジタルと日本」(10月29日掲載予定)に続く
日本とデジタル――新型コロナパンデミック、デジタル庁始動に寄せて